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青春ショートケーキ

推定トルマリン

作者: 狂言巡

 そんなことに構っていられる程、私も大人じゃないんだけどさ。


 まあ華の日曜日だから、おかしなことじゃないんだけど。朝起きたら親も姉ちゃんも弟達もいなくて、家には私一人で。誰もいない日なんてのも珍しいから。ちょっとユーガな気分で朝ご飯でも作ろっかなあとか思ってさ。

 え? ユーガって言葉の使い方が間違ってるって? いいじゃない、細かいことはいいんだよ。初っ端から話の腰を折らないで! でさ、たまには朝から甘いものもいいかなあって、ホットケーキさんを作ったわけよ。いつも朝はご飯かトーストのどっちかだし。母さんとか姉ちゃんとかがいると「朝から甘いもの食べるな」って、なぜか怒られるから。

 ほら、これってユーガってカンジじゃない? それで、せっかくだからゴーカにしようと思って、いろいろ乗っけたわけ。バナナとホイップクリームとアイスクリームとチョコレートソース乗せてさ。ツッキー手づくりホットケーキサンデーブランチスペシャルッ! って感じでね。……むう、なにさー! 別にいいじゃない、朝から甘いもの食べたって!

 モーニングセットとかでも、パンケーキとかフレンチトーストとかが多いじゃない。それとおんなじ! え? 早く話を進めろって? だからアンタらのせいで話が脱線するんでしょーが。もうっ、亨夫も誉一も理屈っぽいんだから。

 それでさ、ワクワクしながらそれ食べようと思って、テレビつけたのね。そしたらちょうどニュース番組やっているチャンネルだったわけ。それでなんとなくそのまま見ていたんだけど。……あ、なにさ、亨夫! 私だってニュースくらい見るって! 誉一までナニ物珍しげな顔してるわけ!? すっごい失礼! そんでまあ。ニュースの内容っていっても、特にいつもと変わり映えしないモノだったんだけど。

 汚職。強盗。隠蔽。詐欺。災害。殺人。暴力。この世の中には、人の数だけ不幸にあふれていて、たくさんのヤバいものがあって、汚いものがたくさんある。人が自分の人生を楽しもうとする前に、誰かの都合で死ぬことの方が多くて。

 なんかさ、改めて気付いちゃったのよね。世界には、こんなにたくさんのかわいそうな人達がいるのに、私はのん気にリッチな朝ご飯を食べているわけでさ。どうも良心のカシャクが大量生産されるのね。

 ……ところで誉一、カシャクって漢字でどう書くの? ふむふむ……それで『呵責』なわけね。ウン、覚えた覚えた! それで、良心が呵責しちゃうんだけど、それもすぐに忘れてさ。あーやっぱりホットケーキにイチゴの二粒三粒でもあった方が色どりが綺麗かなあとか、考えちゃうのよね。

 ここがわかんないわけ。自分が不思議って言うかねえ。どうして、こんなに簡単に単純に考えが切り替えられちゃうんでしょ? もしかして私ってかなり鈍感なヤツ?


「――月夜さん。それはなかなか深い問題ですよ」


 東山誉一(ひがしやま よいち)が眼鏡を押し上げながら、下半身のない二体の人形が描かれた本をパラパラとめくる。昼下がりの屋上は一日の内で最も高い日に照らされて、少し眩しい。頭上は快晴。今日は天気が良すぎるせいか、願掛けで伸ばしはじめたという京紫色の髪は根元で一つに結っている。何気なく組み替えられた足は、朧月夜(おぼろ つきよ)の想像よりも幾分か長く思えた。


「どれくらい?」

「どんどん掘り下げてくと地球の裏側に抜けちゃうくらい、かな」


 明太子パンを食べ終えてから、仁美亨夫(ひとみ たかお)が真面目な顔つきで頷いた。二人の顔は先程まで月夜の話を半分茶化して聞いていたとは思えないほど真剣なもので、話した本人である月夜の方がゴクリと息を呑んでしまった。


「誉一や亨夫にもわからない?」

「うーん……特に弁当を食べ終わったばかりで、ちょうどいい日陰で眠気を誘われる昼休みともなるとね」


 亨夫が仰ぐ空はいつの間にかすっかりと高くなって、季節が夏から秋へと移行しているのだと思わせるような、澄み渡ったものだ。時おり吹き抜ける風が強い日差しによる熱を和らげるかのように肌を撫でるのが心地いい。

 まさしく、うららかな午後である。屋上のフェンス越しに聞こえてくる、解放された体育館やグラウンドからの賑やかな声が、いかにも平和な昼下がりという風情に拍車をかけていた。そしてわざとらしく眠たげな素振りを見せる。


「だけどさー、私の良心がチクッとしても世界の情勢はなにも変わらないんだから、それならニュースも新聞も見ない方がいいのかしら」

「それは違います。少しずつインプットされたものが、いつかちゃんと形になって現れることもあるでしょう」

「そうそう。せめてチョコレートシロップまでかけるのはやめとこうって、思うくらいの形になってね」

「うわあ、亨夫、それってすっごい皮肉ねえ」


 立てた膝に突っ伏して項垂れる月夜に笑いながら、首をかしげる。


「で?」

「で、って?」

「結局、その後何か答えは見つかったの?」

「うーうん。悩んでもしょうがないからホットケーキ食べちゃった。だってアイスクリームが溶けちゃうんだもん」

「ま、賢明な判断ですね」

「月夜ちゃんにしてはね」

「もうっ、何さ! 月都も誉一も私のこと何だと思ってるわけ!?」


 しかし怒る月夜をものともせず。亨夫と誉一は顔を見合わせて意味ありげに笑った。そして改めて月夜に向き直ると、


「あのね、月夜ちゃん。すべての謎や疑問にあらかじめ答えが用意されてると思っちゃダメなんだよ。答えも幸せも運ばれてくるものじゃないから」

「だからもちろん人から聞きだそうなんて無理ですし」


 亨夫がふふっと楽しそうに笑い、誉一がその横で眼鏡を逆光に光らせる。


「『オーソドックスは知性の墓場』だと、某有名デザイナーも言っています……って、前に雑誌で読んだよ」

「仁美君、出典元は明らかに。せっかくボクが振ってあげたんですから」

「はいはい。ヴィヴィアン・ウエストウッドでしょ?」


 クスクスと笑いながら、薄っすらとその瞳を細める。そこにあるのは鋭い光ではない。何かを楽しいものを待っている子供のような、年相応の柔らかな色合いだった。


「今在るものに頼らないで自分の頭で考えるんだよ。進化の現在進行形」

「それでもやっぱりわからなかったら?」


 月夜が上目遣いで訊ねると、誉一は薄く笑った。


「その時を待ちます」

「目がくらむほどたーくさんの時間があるんだしさ」

「でもアイスクリームが溶けちゃうんだよ」

『あいすくりーむ?』


 亨夫と誉一が大仰に肩を竦めながら声を合わせた。そしてわざとらしくニヤリと笑うと、


「アイスクリームが溶ける間に出来ることなんて」

「恋をすることくらいだよ」


 二人の胡散臭い笑顔に思わず月夜は鼻白んだ。インテリ美男子と金髪美少年は、相変わらずの怪しげな笑みで。ニヤニヤと笑いながらこちらを見つめている。

 ……やっぱり、この二人って最強かも。十年先のことはわからないけれど、今の環境は決して失いたくは無いし、大事にしたい。無意識に嘆息しながらも、胸につかえていたモヤモヤとしたものはほんの少し和らいでいた。だからやっぱり悪友とも言える策士な友人達と過ごす時間を愛しいと思うのだ。


「わーかった。問題が難しければ難しいほど自分で考えなきゃいけないってコトだね」

「そう言うこと」

「ま、焦らずにね」

「うん。そうねっ」


 グッと伸びをした月夜は、満面の笑みを浮かべると、


「アイスクリームは溶けても私は、私たちは残るんだから」


(すぐたべられるようなせかいはいらないの)

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