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ショート作品集

もしもキリンが首吊り自殺を図ったら。

作者: 大塚めいと

ショート作品になります。

「首つり」という行為を題材にしている為、青年向けとカテゴライズしてはいますが、

グロテスクな描写はありません。

気軽に読んでいただければ幸いです。

江藤ススムは自分の人生に絶望していた。




入社以来、10年間勤めていた電気会社から突然に解雇宣告を言い渡されたのだ。ススムは今年で32歳。

やり直しをするには十分に間に合う年齢であると御思いだろう。しかしススムの心をここまでにも打ちのめした要因は他にある。




それは裏切りだった。




ススムには5年前から付き合っていた女性がいた。器量が良くて、非常に深い信頼関係で結ばれていたとススムは思っていた。

が、それは大きな間違いだった。

ススムが解雇された直後、彼女は多額の預金が納められていた貯金通帳と共に風の様に去ってしまったのだ。




「ススムは私が見てないとスグ無駄遣いするから、管理しといてあげる。」




彼女にそう言われてホイホイ通帳を手渡してしまったのが間違いだった。

ススムは彼女のおかげで無駄遣いも無くなり、さらにはパチンコやタバコだってやめる事が出来た。

でも結局のところそれは全て、彼女自身の保険の為にさせていた事だったのだった。





会社に見捨てられ、恋人に裏切られ、自分の人生は、他の人間にいいように利用される為だけにあったのか?

ススムはもはや、この世界に、この次元で息をすることすら苦痛に感じていた。





「もういっそのこと…。」





ススムは高校生の小遣い程度の全財産をはたいて、長さ10mのロープと太さ十分の五寸釘をホームセンターで購入していた。

ススムは五寸釘を天井に打ち付け、それをペンチで捻じ曲げてフック状に作り上げた。

そこにロープを一本結びつけ下に垂れた先に、小さな輪を作った。新たな世界に手軽に旅立てる魔法の装置が完成した。





「死んじまおう…もう…。」




追い詰められたススムの出した答えは「首吊り」だった。

遺書は書かなかった。残す財産も言葉も何一つ残っていなかったからだ。





部屋中の雑誌類をかき集め、積み上げ、踏み台とし、ススムは眼前のリングに頭を通しいれる。

あとは足元の雑誌を蹴り崩すだけ。たったそれだけで、「生きる」ことを辞められる。





「…うっ…。」





ロープの輪に首を掛けたススムの目の前には西暦の記載が2年も前のまま放ったらかしにされたカレンダーがあった。

それはススムが行きつけの薬局で貰ったアフリカの野生動物の写真入りのものである。

『人生最後に目にする風景がこれか…。』ススムは心中でそう囁いたが、それでいいと感じた。

最後の最後に写真とはいえ、遠い異国の自由な大地を眼前に出来たのだから。

こんな自分の人生の締めくくりにしては上等な方だ。





ススムの決意は決まった。思いっきり蹴りあがって体を宙に浮かせた、反動で足元の雑誌は崩れ、体を支えるものが無くなった。

ススムの首は思いっきり天井に引っ張られ、「ひゅっ」と壊れた笛の音のような声が上がった。

目の前の風景が一瞬でボヤけた。





『ああ、終わるんだな…コレで…。』




徐々に意識が薄れて行く中、ススムの脳内に子供の頃の記憶が蘇ってきた。





『これが死ぬ直前に見える走馬灯ってやつか…。』





それはススムが小学生の頃の記憶だった。




木の匂いのする教室で一枚の紙と睨めっこをしている。ピリピリと緊張感の漂う空間。

どうやらテスト中のようだ。その当時担任だった先生が机と机の間を行ったり来たり徘徊している。

ススムはこの先生が苦手だった。

何かあればスグに怒鳴り、教科書を床に叩きつけたりして大きな音をたてた。

オマケにテストには毎回最後の最後に捻くれた問題を出すのだからたまったものじゃない。

しかもその問題は解けた所でたったの一点だけだが、毎回百点を目指している秀才達にとってはその一問の為に、何度も99点に追いやられるということで、その先生のテストを嫌っていた。





記憶の中でススムは目の前ある答案用紙をよく確認して見る。

どうやら算数のテストのようだった。しかも一通り問題を解いて例の捻くれた最終問題を残すのみという所だった。




その問題は[高さ6mの木で体長5mのキリンが首を吊ることは可能か?]というモノだった。




いかにもあの先生らしい気持ちの悪い問いかけだ。

子供の頃はそこまで変には思わなかったが、今大人り、まさに首吊りを実行中の自分にとっては笑えないモノだった。

そういえばこの先生はこの後PTAから苦情を貰っていたっけな…。




ススムは今まで片隅に追いやっていた記憶を懐かしみそして少し楽しんでいた。

そしてついに記憶の中の小学生ススムがその最終問題に答えを記入し始めた。

ススム本人はその当時に一体どういう答えを出したのか全く覚えていなかったので、過去の自分が滑らせる鉛筆の軌跡に目が離せなくなった。

リズミカルに走る鉛筆の動きがやがて止まった。その答案の解答がススムの目に飛び込んできた。





[とりあえずキリンのなやみをきいてみる。]





計算式も証明の文も一切なかった。

ただ一行、たった一文がテスト用紙に記入された。

その瞬間、ススムの脳内に眠っていた記憶が鮮明に蘇ってきた。





「確かあの解答に対して先生は…。」





テストが終わり、帰ってきた答案用紙の映像がフラッシュバックされた。

キリン問題の解答欄には一度ペケを付けた上に、思い悩んだように付けられた大きな花丸マークがあった。





「俺の答えは…

 間違っていなかった。」





突然、爆発が起きたかのような大きな音が部屋中に響き渡った。

ススムは背中に大きな衝撃を感じ、胃袋が逆流するような気分を味わった。





巨音が収まった後は夜の静けさだけが虚しく空気を支配した。





「がほっ…!がはっ…!

 …………俺……生きてる…?」




自殺は未遂に終わった。天井に打ち込んだ釘が抜け落ち、ススムは床に叩きつけられたのだった。

呆然とする意識の中で周囲を見渡す。

壁に掛けっぱなしのカレンダーに印刷されたアフリカ動物達の写真が目に入った。

そこにはよく見るとゴリラや象の他に、キリンが1頭ニッコリと微笑んでいた。














1月1日 元日




「あなた、年賀状届いたわよ。」




「そうか、どれ、ちょっと見せてくれ。」




「はいはい、ちょっと待ってください…アレ?」




「どうした?」




「変な年賀状があるわ。」




「変な?」




「ええ、今年って巳年よね?でもキリンの絵が描いてあるのよ。」




「キリン?誰からなんだ?」




「えーと…江藤ススムって人からよ。」




「…江藤ススム!」




「知ってる人?」




「あー覚えているよ、俺の教え子だった。」




「へー、よく覚えているわね。」




「まあな。俺のクラスで唯一、キリンを救った子だったからな。」
















終わり









キリンが首を吊るにはどれぐらいの高さの木が必要なのか?

とふと疑問に思ったことからこの作品を執筆するに至りました。


ショート作品ではありますが、最後まで読んでくださって、

本当にありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] にやりと出来るというか、うまく言いにくいんですが(物書きとしてやばい)良かったです 思わず「おっ」と思える発想が気に入りましたー
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