三話:柿本英子の鍛錬 後編:天才の成長
圧倒的な体格差経験の差、そんな圧倒的な不利を目の前にして柿本英子は笑顔になる。
マットの上で向かい合う2人、女子総合格闘技ブームの昨今、誰もが知るブラジルの強豪女性ファイターそれに
相対するのは日本から来た細身な美少女だ、しかもカリームは頭に血が完全に昇ってしまい想像できる最悪の
未来を案じてるかのような剣呑な表情をしている。
俗に言う喧嘩は先に相手を殴った方が大概勝つ、この考え方は大方正しい、大半の人間は殴られなれてない生き物だ
格闘家とは言え顎などの急所を不意に脳を揺さぶる形で殴られたら結構な可能性で意識を飛ばしてしまうだろう、
ただしお互いの距離が一定以上有り戦う意思が有る状況では話が変わってきてしまう
自分が先手を取り相手に殴りかかったら?相手がカウンターを合わせてくるかもしれない、
それよりも相手が自分の頭部へハイキックを打ってきたら自分はどのように対応するのが一番リスクは低い?
自分はグラウンドでの寝技が得意だ、それならやはり相手の拳なり蹴りなりに合わせてテイクダウンを?
それとも接近戦に見せかけて抱きつきからの投げ技でグラウンドを取る事も可能だ、しかし相手は手足が長い
クリンチが得意なタイプだったら次の瞬間自分はマットに沈んでしまうかもしれない。
このような不安猜疑心と戦い、そして対面した相手を観察し身体的な情報を取捨取得して最善の手を相手より先に選ぶ、
準備を整えてからの戦いとは情報戦から始まるのだ、情報を制しその情報に適した行動を迅速に的確にこなせる身体能力
こそがファイターとしての最低条件だ、カリームは英子という相手を測りかねていた
フェザー級だと思われる細身な身体、カリームに優るとも劣らない日本人離れした手足の長さ、そして不敵な笑顔、
しかしどう見ても打たれ弱そうな彼女に対して序盤はフィジカルで押して行きスタミナ切れを感じた所で先ほど
断られたブラジリアン柔術の怖さを教えてやろうと自分の中で試合の流れを決めたのだ。
試合が動いたのはカリームの素早いローキックから左ジャブへと繋いだ一連の動作だった、対する英子は中国拳法を
思わせるような流れる動きでローキックは狙わた足を浮かして流し横への勢いで身体を反転させジャブを躱し
バックブロー、裏拳をカリームの顔に叩き込むが、これをカリームが右腕でガードをして間合いを取りながらの
ミドルキックこれには英子もたまらず一旦後へと距離を取る、そして再度情報戦が行われる、
ワルキューレ所属のファイターとして生きると言う事はこれの繰り返しを意味するのだ、
少しのミスが戦力不足が敗北に繋がる。
柿本英子は歓喜していた、自分に対して明確な敵意を剥き出しに襲いかかってくる攻撃に、
相手は並の男性よりも遥かに鍛えあげられているブラジル人だ、それが敵意を剥き出しにして拳を蹴りを繰り出してくる
それが意味する所は一発でもまともに喰らえば喰らった場所は当分使い物にならなくなる、最悪骨折だってありえる
顔に貰えば鼻血をまき散らしマットに自分は倒れるのだろう、上手く相手の攻撃を受け流した左足には
小さいが鈍い痛みが走った、同階級の選手相手なら問題にならないような攻撃のやりとりでもウィトの差はそのまま
打撃の威力になって自分に襲いかかってくる、そんな白刃の上を歩くような緊張感が英子に充実感を生み出してくれるのだ
、自分が不利になればなる程その不利を跳ね返すために自分は努力が出来る、それは何一つ不自由をした事が無い
人生を過ごしてきた英子にとって今を生きる証明に他ならない、自分より強い人間と戦う時、そしてその戦いの中で
努力し成長し不利な立場から相手を倒し生還した時に英子は涙が出る程の安心感と幸福感に包まれるのだ、
確かに今回カリームに対しての挑発行為は行き過ぎた所も有ると自覚している、
しかし英子は今年開催される全国女子総合格闘技大会ワルキューレUー18に豊蘭高校の代表選手として出場し
結果を残さなければいけない、その使命感が彼女を挑発行為に走らせたのだ、けして自分のためだけでは無く
自分を支えてくれ協力してくれている恩師と親友のためにもカリーム相手に成長し、
このジムを出る時にはカリームより強い自分で無ければ今日大金を動かしてまでここに来た意味が無いのだ。
試合は情報戦とそれに合わせたスタンドでの打ち合いに終始していた、しかしカリーナが常人では考えられない
低空のタックルで英子の片足を捕まえグラウンドへと持ち込んだ、英子は長い手足を使ってガードポジションへと
持って行くが、相手は打撃よりグラウンドの攻防と関節技にも重きを置くオールラウンダーな柔術家だ油断したら極められて終わる、
勝ちを確信し勝負に出得たカリームは素早く英子の足関節を固めようとした、しかし固めようとしたカリームの
腕の関節を押し潰すかたちで空いていた英子の左足がのびたのだ、腕の関節を蹴りつけられた痛みで
カリームの力が緩んだ瞬間に英子は既に何事も無かったかのように立ち上がっていた、再びスタンドでの打ち合いを
カリームが予想した時、このマットに上がって初めて英子が口を開いた。
「やっと越えた」
その言葉と同時に英子はガードしていた両手を下げ腰の所で脱力したのだ、それを見たカリームが馬鹿にされたと
思い左ジャブ、右フック左ジャブ、左ジャブ、右ストレート、左ハイキックとラッシュをかける、そして
ラッシュを仕掛れば仕掛ける程にカリームの顔色もスタッフの顔色も青くなって行くのだ、それは本当に
有り得ない事だったカリームから見たら悪夢以外の何者でもなかっただろう、攻撃が当たらないのだ、ガードを下げ
だらしなく手を下にたらした英子に対して息もつかせえないラッシュを繰り出すが一切当たらないかすらないのだ
、英子は上半身を軽く動かしてるだけにも見える、そして英子が上半身を軽く動かした事で生じた空間に
カリームが必死に拳を突き出し蹴りを繰り出してる、はたから見たらできの悪いヒーローショーみたいだと思うに
違いない、しかし現実はいつだって敗者にとっては残酷な物語で勝者にとっては幸運を産む奇跡だ、
カリームが英子の存在を認識し、右の拳で英子の左頬をフックで貫こうと思い右拳を繰り出す、繰り出すと同時か
むしろ少し速いぐらいの動きで英子が身体を斜め後に逃す、そうすると拳は英子に触れる事なく空振りをする、
蹴りもそうだったローを出そうと右足を出すと、出した場所に相手の左足は存在しない、ボディを狙えば相手の
身体は斜めに捻った状態に既になっておりその場に英子のボディは存在しない、焦ったカリームが距離を見誤り
英子の間合いに深入りしてしまった瞬間、英子の身体が空を舞い膝が顎に埋まったカリームは糸が切れた人形のように
その場に倒れふせた、途中まで五分と五分…むしろフィジカルの差でカリームが優勢だったとは思えない程に圧倒的な
幕切れだった。
「ありがとうミス・カリーム、おかげで勉強になった、貴方のおかげで私は強くなれた感謝するわ」
意識が戻ったカリームに先程までの慇懃無礼な態度が嘘のような親しげに英子は喋りかけてきた、そして契約通りの
金額が書かれた小切手をカリームに手渡し手早く更衣室で私服に着替え颯爽と帰路についたのだった。
そしてカリームはこの日を境にファイターを引退しトレーナーとして余生を過ごす事を決意したと後日語っている
柿本家プライベートジェット機内
新入生予定の子供達の情報をリストアップしたノートパソコンを見ながら彼女が呟いた
「去年は個人戦しか参加出来なかったけど、今年のワルキューレは団体戦も行けそうね…」
デスクトップに写っていた新入生の情報が桜庭加奈と花川紗綾で有った事は言うまでもない
2話使った柿本英子編はこの話で一旦終了です、次回からは「じょしかく!」
本題の再開です