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記憶再び

その夜、維心は長い夢を見た。

目が覚めて、その天井を見た時、月の宮の十六夜と維月の部屋の、寝台の上であることがわかった。隣りを見ると、維月が自分に寄り添って寝息を立てている。維心は、それを見て頬を緩めた…維月。どれほどに愛おしいものであるものか。

我は成人してすぐに父を殺し、そしてたった一人、龍族を背負って生きた。逆らう者全てを滅し、争いのない世の中を作ることに心血を注ぎ、己を顧みる暇もなかった。そんな我が唯一初めて愛し、生涯掛けて想い続けたのが、この、維月だった。それからは、維月以外は何も要らなかった。全てを維月と共に居ることを中心に考えるようになった。そして、死したのちも、共に居て、維月が転生することを聞かされた時は、迷わず共に転生することを選んだ…後にまた会えるよう、十六夜と共に記憶を指輪に封じて。

転生した後も出逢い、惹かれ合ってお互いを求めた。しかし、龍という激しく強い気性の前に、維月を傷つけてはならぬと、再び記憶を封じて、離れていることを選んだ…。記憶がなくとも、自分は必死に己を御する術を学び、身に付けた。これはひとえに、維月に再び会いまみえるためだったのだ…。

維心は、自分が焦りから人の30代にまで成長した前世と同じ姿に育ったにも関わらず、維月がまだ神の一般と同じように、年齢に見合った20代の外見であるのに苦笑した。維月には焦りはなかったのだろうか…?それとも、待つには気が長いほうがよかったのであろうか。

維心は、ソッと維月の頬に唇を寄せた。

維月が、目を覚まして維心を見た。そして、驚いたように掛け布団を引き上げると、頬を赤く染めて下を向いた。

「維心様…私、なぜだか恥ずかしゅうございます。」

小さな声でそう言う維月に、維心は微笑した。維月の記憶は、まだ戻っていないのだ。

「そのように隠すことはない。」維心は言って、布団を少し下げて顔を見た。「主はもう我が妃。これよりは我と共に過ごすのであるからの。我が龍の宮へ帰る時、共に参ろう。」

維月は頬を少し染めて、頷いた。

「はい、維心様。」と、少し瞳を曇らせた。「でも、私…。」

「良い。」維心は、維月の額に口付けた。「主は何も案ずることはないぞ。我が良いようにするゆえ。待っておれ。」

維心は起き上がると、着物を羽織り、帯をサッと締めた。そう、行って来なければならぬ場所がある。

「維心様…?」

維月が問いかけるような視線でこちらを見ている。維心は微笑むと、維月に歩み寄って軽く口づけた。

「主の懸念は、あの龍であろう?」維心は言った。「我に任せよ。」

維心は、そう行ってその場を後にした。維月は維心がどうするつもりであるのか分からなかったが、しかし、あの維心が、昨夜休む前の維心より格段に落ち着いて重みのある物腰に代わっていたことに気付いていた。きっと、維心様に任せておけば大丈夫な気がする…。

維月はそう思って、ただ維心が去って行った辺りを見つめていた。


維心が湖の方へ飛んで来ると、思った通り、あの金髪の龍が畔に立ってじっと水面を見つめていた。

この龍が、暇を見つけてはここへ来て、ずっとこうしていたのを維心は知っていた。維月を求めて、しかし宮へ会いに来ることは身分柄出来ず、ただずっとここで待っていたのだ。

維心は、そこへ降り立った。

相手は、維心を見て驚いた顔をしたが、すっと横を向いた。

「…何の用ぞ。我になど会いたくもないであろうが。」

維心は頷いた。

「確かにの。我の顔など見たくもないであろうが、辛抱せよ。」と、維心は嘉韻をじっと見て言った。「昨夜維月を、妃に迎えた。我が帰る折り、連れて帰る。」

嘉韻は、維心を振り返った。そして、視線を下へ向けると、言った。

「…そのようなことを、わざわざ言いに参ったのか。」と維心に背を向けて飛び立とうとした。「ではもう、用は済んだであろう。失礼する。」

維心は声を厳しくさせた。

「まだ用は済んでおらぬ。」

嘉韻はビクッとして動きを止めた。今の声には、驚くほどの威厳と、力があった。これが王族…。嘉韻は維心に向き直った。

「では、手短にせよ。我も、これより任務があるゆえ。」

維心は頷いた。

「邪魔をする気はない。」と、維心は湖のほうへ視線を移した。「維月は皇太子妃となり、龍の宮へ入る。これよりは、我の妃として誰をも近寄ることは許さぬ。宮では、我の居らぬ所で話し掛けることすら禁じられる。もちろん、じっと顔を見ることすら禁じられる…鳥の宮や月の宮ではこうではないの。龍の宮は、そのような厳格な決まりがあるのだ。」

嘉韻は、それを知っていた。龍の宮は神の世で一番大きく、またそれゆえに厳格な決まりの元に動いている。礼儀を重んじるので、他の神の宮から龍の宮へ行くには、かなりの教育をされてからでなければ無理だと言われていた。維月がそこへ入ってしまえば、おそらく顔を見ることも叶わなくなる…。

「…知っている。」嘉韻は答えた。「我が維月の回りをうろうろとすると思うておるのなら、間違いぞ。維月を妃にしようと思うたら、あれの同意なくば無理であったろう。あれは月であるからだ。維月は間違いなく主を選んだ…我は、これ以上付き纏うことはない。釘を刺そうと思うておったなら、お門違いぞ。」

維心はチラと嘉韻を見た。そして、考えるように視線を下へ向けた。

「うむ」維心は言って、嘉韻を見た。「主がそう申すなら、案ずることはないかの。あれは、数か月に一度一か月ほどこちらへ里帰りする。十六夜が居るためだ。こればかりは前世より変わらぬし、我も許さざるを得ぬのでな。」

嘉韻は、維心を見た。なぜ、わざわざそんなことを?それに、前世と言った。この維心は、前世の龍王、維心の記憶が戻ったというのか。嘉韻が戸惑っているのに、維心は構わず言った。

「その間、あれはあちらの宮で窮屈であったのを、こちらでのびのびと過ごす…それこそ、今の維月と変わらぬ。ふらふらと一人出歩いては、あっちこっちで珍しいものを見つけては喜んでおるのよ…十六夜はそういう所に寛大であるゆえの。我は、毎回案じて、三日ほどで追い掛けてこちらへ来ておったわ。それゆえに、蒼は宮に我の対を作ったのだからの。」

嘉韻は目を見開いた。間違いない。維心は、記憶を戻したのだ。嘉韻は頭を下げた。

「龍王殿。戻られたのですね。」

維心はため息を付いた。

「なんだ、不甲斐ないの。中身が何であれ、我は主の恋敵ではないのか。そのように頭を下げる必要などないわ。あれはもう死んだ。龍王は将維。我はその記憶を持った、ただの皇子よ。」と、視線を空へ向けた。「…維月が、主を案じておる。ゆえ、我にも会えぬと部屋に篭っておった。そこへ我が押しかけて行って、妃に迎え、我のほうは記憶を取り戻した。維月はまだぞ。しかし、あれの懸念は分かる…何しろ、前世から月は慈愛の象徴での。あの二人は寛大で我にも付いて行けぬ時がある。此度はしかし、我も折れたわ…もしかしたら、我のほうが主の立場であったやもしれぬからな。」

嘉韻は意味が分からず、維心を見た。

「それは…どういう意味ぞ。」

嘉韻が戸惑っているので、維心は眉を寄せた。

「主、鈍いの。いくら我でもここまで言うたら分かったと思うぞ。」と、嘉韻に背を向けた。「あれが里帰りの折り、我は三日もすればここへ来る。その間は十六夜に任せておるゆえ、我は預かり知らぬこと。維月が何をしておっても我には分からぬが、主、あれを無理に手籠めになどしてはならぬぞ。」

嘉韻は固まった。それは…里帰りの時の三日間、我が維月と共に過ごしても良いということか?

「維心殿、しかし…」

維心は飛び上がった。

「我の目に付くことは許さぬ。」維心は言った。「そのような状態が嫌であるなら、早よう別の女を見つけよ。我もそのほうが気苦労が無くて良いわ。まあ、維月が同意すればの話であるがな。ではの。」

「維心殿!」

維心は高く舞い上がって、宮のほうへ帰って行った。嘉韻は呆然とそれを見送った。


維月は、指輪を見ていた。

指にさしてから、なぜかとても馴染んで手放したくないと思えたもの。自分が、握り締めて転生して来たもの…。

同じように指輪を握り締めて転生して来た、維心を思った。これは、結婚指輪なのだという。転生する時、どうしても離したくないと思って、お互いに握り締めて来たのだろう。つまり、それほどに強い想いを持っていたということだ。

維月は、内側に書いてあった名のことを、ふと思った。自分達と同じ名だが、思えば、これは転生前の名。この名は、前世でどんな生き方をしていたのだろう。

維月は立ち上がると、学校の図書館に向けて飛んで行った。

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