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魂の声

維月は、部屋にこもりがちになり、物思いに沈んでいた。十六夜がそれを気にして、維月にずっと付き、話してくれるのを待っていたが、一向に話してくれる様子がない。思い余って、十六夜は維月に問うた。

「維月…何を悩んでる?お前がどこにも出かけないから、維心は北の庭で呆けてるし、嘉韻は毎日湖で佇んでるし。」

維月は、十六夜を見た。

「十六夜…私…誰も不幸にしたくないわ。私は維心様を愛しているの。でも、嘉韻もすごく深く私を愛してくれていて…今はそれが分かるから、どうしても突き放したり出来ないの。だから、維心様に会う事も、嘉韻に会うことも、私には出来ないのよ。」

十六夜は驚いた。いつの間に、そんなことになっていたんだろう。維月は、愛情を認識したのか。

「維月…気付いたのか?お前、愛情ってのがわからなかっただろう。」

維月は頷いた。

「十六夜のことは、やっぱり変わらず愛しているの。でも、なんだか違った感じで維心様を愛していて。会いたくてたまらないのに、でも、嘉韻も私が維心様を想うのと同じ気持ちで私を愛してる。それを知って、どうしても突き放せなくて…そうしたら、身動き取れなくなってしまったの。」

十六夜は苦笑した。やっぱり前世と同じ。維月は慈愛の月。どうしても必死に自分を乞う姿には、突き放せずに居るのだ。まして、嫌いではないのだ。おそらく、嘉韻を愛し掛けていたところに、維心が現れて、一気に維心を愛してしまったのだろう。維心とは、おそらく魂の底から繋がっている。自分と維月と同じように、出逢ったら、惹かれ合わずには居られないのだ。理屈ではないのだから。

「…維月、だが、どちらか選ばなきゃならねぇな。お前は維心を愛してるんだろう。だったら、答えは出てるじゃねぇか。このまま維心も嘉韻も諦めるのか?両方手放すつもりか?」

維月はじっと考えた。維心様と離れるのは、きっとつらい…でも、嘉韻を放り出すのも、やはりつらい。

維月がまた物思いに沈んで黙ってしまったので、十六夜は仕方なくそこを出た。このままだと、維月は本当にどちらも選ばず内に篭ってしまう。

十六夜は、維心の対へ歩いて行った。前世の維心のために蒼が建てた対で、今は将維が使っているが、今回は維心が使っていた。

十六夜が入って行くと、維心は立ち上がった。

「十六夜。」

何か、考え込んでいたようだ。十六夜は、維心に、維月の様子を話した。

「…そうか。あれも必死であるだろう。もし、我が逆の立場であったなら、きっと維月に同じようにした。なので、嘉韻の気持ちもわかる。」

十六夜は、維心を見た。本当に落ち着いている。おそらく、心の中では葛藤しているだろう。だが、その落ち着いた様は、前世の維心よりも優れているかもしれないと思った。

「なあ維心、このままじゃ拉致があかねぇ。お前、今日オレ達の部屋へ来い。」

維心は驚いたように顔を上げた。十六夜は続けた。

「オレは、こっちへ泊るからよ。あのな維心、なんでも思い切りが大切な時もあるんだ。控えめでいて、お前は今回維月を掴んだのだろうが、しかし、踏み切らなければらない時もある。このままじゃ、嘉韻の方が維月に拝み倒して、維月は流されるかもしれねぇ。先に既成事実が出来ちまったら、いくらオレでもどうにも出来ねぇよ。将維でも出て来ない限り、嘉韻から維月を奪い返すことなんて出来なくなるぞ。お前、それでもいいのか。親父の権力使う訳には行かないだろう…オレの知ってる維心は、そんなことに権力振りかざすヤツじゃなかったからな。」

維心は頷いた。ため息を付いて、十六夜を見る。

「それなら最初から父上を使えばよかったこと。我はそんなつもりはない。維月の気持ち次第だと思うておった…無理強いはしたくなかった。維月が苦しむ様は、見たくない。」

十六夜は頷いた。

「じゃあ、一晩話して来いよ。それで何もないっていうなら、それでもいい。お前らの決めたことにオレは何も言わねぇし。ただ、記憶が戻った時辛くなるような決断はするな。オレも見ていてつらいからよ。」

維心は立ち上がった。

「いろいろすまぬ、十六夜。おそらく我らは、前世で仲の良い友であったのだろうな。」

十六夜は顔をしかめた。

「仲は良くなかったかもしれねぇな。何しろ、維月を挟んでたし。だが、オレは今でも友達だと思ってるよ。オレに友達は、前世ではお前ぐらいだったしな。神が嫌いだったからよ。」

維心は目を丸くしたが、頷いた。

「確かに、今思った。ケンカばかりしていたような…」と、維心は眉をひそめた。「だが、それでも我は主を頼っておったように思うの。」

十六夜は笑った。

「よく覚えてるじゃねぇか。その調子だ。オレだってお前に頼りっきりだったさ。ギブアンドテイクだ。」

維心はますます眉を寄せた。

「ギブアンドテイクとはなんだ?」

十六夜は、あーあ、という顔をした。

「なんだ忘れたのか?前世ではやっと覚えて使ってまでいたのによ。ほら、お互いに持ちつもたれつってことさ。」

維心はああ、という顔をした。

「give and take か?英語ではないか。それなら分かるわ。主、発音が得意でないのか。」

十六夜は複雑な顔をした。

「あのな維心、日本ではこんな発音でこんな使い方をするんだよ。お前、ここの学校で学んだらどうだ?嘉韻もここに住むために昔倣ってたんだぞ。そんなこっちゃ維月を持ってかれるな。人の世に明るくなれよ。」

「考えておく。」維心は言って、歩き出した。「ではな。」

十六夜はその背を見送りながら、やはり維心は維心だなと思っていた。


維月は、まだ悩んでいた。維心を愛して、会いたくなれば会いたくなるほど、嘉韻の気持ちが考えられて悲しくなった。どうしたらいいのかわからない…。

維月は、部屋から南の庭へ出て、月を見上げて考えていた。

「…月に帰ってしまいそうだの。」

後ろから、声がした。維月は驚いて振り返った…そこには、維心が立っていた。

「維心様…!」

維月は思わず駆け出して、維心の胸に飛び込んだ。維心はそれを抱き留めて、髪に頬を摺り寄せた。

「維月…会いたかった。主が塞いでおると聞いて…。」

「維心様…私も…。」

維月は維心を見上げた。維心は堪らず維月に口付けた。

維月はそれを受けながら、自分の中に湧き上って来る慕わしさと歓喜の情に流されるようだった。愛している…だから、維心様とこうして居たくて堪らない。

二人はしばらく口付けては、唇が離れて、またどちらかがそれを追い、また唇を重ねて、ずっとそうして口づけ合っていた。やっと唇が離れた時、維心は維月を抱き締めて言った。

「維月…中へ。外では落ち着かぬの。」

維月は頷いて、二人で部屋の中へ入って来た。椅子に座ろうとそちらへ向かおうと足を向けると、維心がまた維月に唇を寄せた。

びっくりしたがそれを受けて、維月も一生懸命応えていると、維心はそのまま、寝台の方向へ維月を寄せて、その上に維月と倒れ込んだ。

維月は身を震わせた。これは…もしかして、維心様は…。

だが、それはいつもと違った。十六夜との時は、いつも安心して身を任せるような感じであったのが、今は胸が早鐘のように鳴り、苦しいほどだった。嫌ではない。むしろ、待ち望んでいたかのような…だが、とても恥ずかしいような気がした。

唇を離して、維心は維月に覆いかぶさったまま、言った。

「維月…嫌ではないか…?」

維月は首を振った。嫌ではない。

維心は、嬉しそうに微笑むと、維月にまた口付けた。維月はそれに夢中になりながら、維心の手が襦袢の腰ひもに掛かるのを感じた。

愛してる…。

維月は思った。まさか、これがこんなことだったなんて。

二人は、そのまま一晩中愛し合った。


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