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運命の神

維月が宮に戻ると、後ろから維心の声がした。

「維月。」

維月は振り返った。

「維心様…お出掛けであられたのですか?」

維心は頷いた。そして、維月に向かって手を差し出した。維月は、戸惑ったがその手を取った。

「少し、庭にでも出ぬか?」

維月は少し考えて、頷いた。

「はい。」

そして、二人は北の庭へと出て行った。

もう、空には月が出ている。維心はそれを見上げて、言った。

「我は、我が宮からよく月を見上げた。それがどうしてなのか分からなかったが、月を見る度に早く早くと焦る気持ちがして…今は、それが分かる。」

維月も同じように月を見上げた。自分と十六夜の本体。今は、十六夜も自分も地上に居るので、何の気配もない。

維心は維月を見た。

「維月…我は主の、今生での自由を奪うつもりはない。主が誰を愛しても、それは仕方がないと思うておる。ただ、我は主に惹かれてならぬ。ゆえ、我を愛して欲しいと望んでいる。」

維月は維心を見上げた。今こうして居ても、とても慕わしいかただと思う…本当に凛々しくて落ち着いていらして、龍なのに穏やかだ。きっと激しいのだろうけど、それを抑える事ができるのだ。維月は、きちんと話そうと思った。

「維心様…私は、初めてお会いした時から、とても慕わしいかただと思っていました。でも初対面でそれはおかしいし、何も言いませんでしたの。嘉韻が強く私を望んでくれるし…まさか、いくら運命とはいっても、維心様のようなご立派なかたが、私を望むとは思えなかったのですもの。なのに…そのようにおっしゃられて、私、とても戸惑って…。それは、誠でございますか?」

維心は維月に向き合った。

「なぜに偽りを申さねばならぬ。我は女になど興味はなかったものを、主にはこれほどに執着する気持ちを抑えられぬ。なぜにこれほど我を惹き付けるのか…我は、己でも分からぬほど、主のことばかり想うておるのだ。主を想うと苦しゅうて…我は、今も己を抑えるのに苦労しておる…。」

維心の目が、ほんのりと光った。維心は維月から目を反らし、横を向いた。維月はそれが、龍の感情が昂った時に現れるのだとなぜか知っていた。維心はとても我慢強いのだ。維月はそう思った。他の神の男は、簡単に自分を抱き寄せたり、唇を寄せたりして来た。だが、維心はそれをしない。ただ、待つのだ。維月の心が解けるのを…。

維月は、なぜそうしたのか分からなかったが、維心を見上げて頬を両手で挟んでこちらを向けた。維心は驚いたように維月を見つめた。維月は微笑んで、維心を見た。

「…維月?」

維心は維月に問い掛けるような視線を向ける。維月は言った。

「私…どうしたのかしら。あの、」維月はためらうように視線を泳がせた。「感じたことのない気持ちですわ。でも…維心様…」

維月はじっと維心と見つめ合った。そして、どちらからともなく唇を寄せ、唇を重ねた。

それが離れた時、維心も維月も驚いたような顔をした。維心はそして、維月を抱き寄せ、今度は深く口付けた。

長く続くその口付けの中で、維月は初めての感覚に心が震えるのを感じた。幸福…。そう、そんな感情のような、身の内から沸き上がるような激しい衝動。もっとこのかたとこうしていたい…。何度も色んな男が唇を寄せて来たが、こんな感覚は初めてだった。

唇が離れると、維心は維月を抱き締めて、呟くように言った。

「…愛している…。」

維月はハッとした。愛情…。そう、これが愛情なのだ。抱き締められていると、もっとこうしていたいと思う。このままこうしていたい…。いえ、もう一度口付けられたい…。

維月は顔を上げた。

「維心様…もう一度…。」

維心はその言葉に、すぐに維月の唇をふさいだ。そして、深く長く、精一杯の愛情を込めて、維月に口付けた。維月もそれに、不器用に応えた。今まで応えた事はない。されるがままだった自分を、その時やっと知った。

…どれくらいそうしていただろう。維心は、乱れた息の中、かすれた声で言った。

「維月…主も我を、愛おしいと想うてくれるのか…?」

維月は、じっと維心を見上げた。なぜか涙が込み上げて来る。

「はい。」維月は答えた。「維心様…私、初めて分かりました。これが愛情の確認の方法なのだということが…。私、こんな風に感じた事はなかった。維心様…愛してしまっておるのですわ。あの瞬間感じた気持ちは、間違いではなかったのに。否定してしまったから…。」

維月は、飛び付くように維心に口付けた。維心はそれを受け止めて、維月を抱き締めて激しく口付け合った。愛している。記憶が無くても、やはり愛している…。魂が覚えているのかもしれない。

二人はずっとそうしていた。維月は初めて自分の中に生まれた愛情に、深く沈んで心地よく溺れていた。


次の日、嘉韻との約束通り、湖で話すべく待っていると、嘉韻が舞い降りて来た。演習のあとなのか、甲冑のままだった。

「維月、待たせたの。長引いてしもうたのだ。」

維月は頷いて、嘉韻を見上げた。そして、嘉韻が横に座ったのを見て、言った。

「嘉韻…私、あなたが好きよ。でも、それが友達としてだと、昨日分かったの…。」

嘉韻は、驚いたように維月を見た。

「維月…それは、記憶が戻ったということか?」

維月は首を振った。

「いいえ。私、昨日維心様と話したの。あのかたはとても我慢してくださって…目が光っても、それでも私に手を出そうともしなかった。私の気持ちが、ないと思って…。」

嘉韻は維心を思った。確かにあれは王族の龍。礼節を重んじ、決して乱れたりしないよう、己を抑える術を身に付けている…。

維月は続けた。

「でも、私のほうが維心様が慕わしかった。そんな維心様を見ていると、とても我慢出来なくて、口付けたの。そして知ったの…あれが、愛情なのね。私、維心様を愛しているの。あのかたの苦しむ事はしたくない…。」

嘉韻は、顔を背けた。維心。強大な気を持つ龍の王族。とても太刀打ち出来る力は、自分にはない。我は、間に合わなかったのか。記憶もないまま、それでも維月はあれを愛したのか。

「維月…」嘉韻は、維月の両腕を掴んだ。「我も主を愛している。それでも、ダメなのか。正式に妻に出来ずとも良い。我は…ただ主の傍に居たいのだ。」

維月は悲しげに嘉韻を見た。今はもう、その言葉の意味が分かる。もし自分が維心から友達だと言われたら、きっとつらかっただろう。でも、嘉韻の傍にいたら維心様が…。

「嘉韻…私…」

嘉韻は維月を抱き寄せ、口付けた。維月はびっくりして身を退こうとした。維心様が見たら…!

嘉韻は維月を離さなかった。暮れて行く日の中で、嘉韻はそこに維月を押し倒した。維月は驚いてもがいた。月に、月に帰らなければ…!

急に、体が自由になった。維月は慌てて起き上がって、半分光に戻った身を起こして嘉韻を見た。嘉韻が、同じように身を起こして下を向いてじっとしていた。

「嘉韻…?」

維月はどうしたのかと顔を覗き込んだ。嘉韻は涙を流していた。

「…初めて、これほど愛したものを。」嘉韻は、絞り出すような声で言った。「我は…それすら手にすることは出来ぬのか…!」

維月は、心の底から慈愛の情がわき上がるのを感じた。これほどまでに、私を望んでくれているのに…。私、なんて心ない事を…。

「嘉韻…。」

維月は嘉韻をこちらに向かせた。嘉韻は涙を拭おうともせずに維月を見た。維月は、その頬を両手で挟み、口付けた。そして、嘉韻を抱き締め、自分の身が一つなのを呪った。


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