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愛してるのは

そこは、本当に広かった。嘉韻は序列が上なので、とても広い続き間を与えられているのだ。

そこの回廊を嘉韻に抱き上げられて進んでいると、男ばかりの宿舎のその回廊を、女が歩いて来るのとすれ違った。薄物一枚のその女は、嘉韻と維月が部屋に入るまでこちらを伺っていた。

中に入ると、嘉韻は維月を寝台に降ろした。維月は言った。

「嘉韻…?私は眠らなくていいわ。あなたは休んで。」

維月が起き上がって寝台から降りようとすると、嘉韻は首を振った。

「主がここに居るのに、とても眠る事など出来ぬ…。維月、我は、ここに初めて女を入れたのだ。良いであろう…?」

維月は口付けられて、これはもしかして、十六夜がダメだと言っていた、アレでは…とじたばたした。嘉韻の手は十六夜がいつもするように、するすると腰ひもを解いて着物を開く。やっぱり!と思った維月は首を振った。

「ダメなの、嘉韻。十六夜に、確かに決めてからしかしてはダメと言われているの。これは、決めてからするものなのでしょう?私、まだ決められないの…。」

嘉韻はじっと維月を見た。もしかして、維月はあまりこのような教育はされていないのかもしれない。あまりにあっさりここへ来ると言うから、おかしいとは思ったが…。それに、あまり緊迫感がない。嫌なら、もっと抵抗するものではないのか。だが、そういう感じが全くなかった。断れば、それでしないと思っているような風情だ。

「維月…男はの、こういう事に抑えは利かぬ。断って終わりではないぞ?このように押さえ込まれて、このまましたらどうする?」

「月に帰るわ。」維月は答えた。「これはエネルギー体なの。私の本体は月。光に戻ったら、地上の者はこれは出来ないでしょう?」

不思議そうな顔だ。維月は月。そういうことだったのか。この体をこのままにするのも、光に戻すのも、維月次第なのだ。

嘉韻はため息を付いた。

「そうか、困ったの。」と、維月の横に寝ころがった。「我はおさまりが付かぬではないか…せっかく主を抱けると思うたのに。」

維月は下を向いた。

「ごめんなさい…そういうつもりだったの…。」

あまりに素直に悲しげなので、嘉韻はかわいそうになって、襦袢の前合わせを閉じてやった。

「もう良い。待とうぞ。このまま共に眠ろう。何もせぬゆえ…」と、横から抱き寄せた。「結界も鳴らぬしの。静かで良い。」

嘉韻は、目を閉じた。維月はしばらくその寝顔を見ていたが、いつの間にか眠ってしまった。


次の日の朝、誰かが控えめに呼び掛ける声で目が覚めた。

「…嘉韻。嘉韻…起きてるか?」

友の明人の声。戸の外からだ。

嘉韻は久しぶりによく寝たと寝台を降りて戸を開けた。

「…何ぞ?我は昼からの任務であろうが。」

そこには、共に龍である、友の明人と、慎吾が立っていた。

「邪魔をするのは悪いと思うたが」慎吾のほうが言った。「その…水臭いではないか、我らにまで隠して、いきなり妻を迎えるなど。で、誰であるか?」

二人は戸の中に入って、後ろ手に閉めて辺りを見渡した。

「何の話だ?」

嘉韻は訝しげに言う。明人が手を振った。

「何を言ってるんでぇ。今さら隠さなくてもいいよ。女の気がする…居るんだろうが。」

嘉韻は眉を寄せた。…維月か!

「いや、あれは別にまだそんな仲では…、」

「嘉韻?」と、寝ぼけた声が寝台から聞こえた。「あら、明人と、慎吾。」

二人は凍り付いた。確かに嘉韻の寝台から起き上がったのは、維月だったからだ。二人は慌てて作り笑いをすると、嘉韻を引っ張って戸の外へ出た。

「おい、あれはまずい。十六夜の嫁じゃねぇか!」

明人が戸に背を向けて小声で言った。

「そうよ。主なら他に居ったろうが。確かにもう一人夫がどうのと聞いた事があるが、月の宮に仕えてて月の妃をシェアはまずい。」

慎吾も言う。嘉韻は呆れたように言った。

「何もしておらぬわ。ただ寝ておっただけよ。」

明人は嘉韻を小突いた。

「じゃあいつも夜明けには起きてる嘉韻が、何だって今頃まで寝てたんでぇ。」

「あれがおったゆえ結界が鳴らなんだからの。久しぶりによう寝れた。だいたい、あれの同意なくどうの出来ぬのだ。月であるからの。無理にすると、月に帰ると言いよるゆえ。本当にただ寝ておっただけよ。」

明人と慎吾は顔を見合わせた。すると、横から声が飛んだ。

「それは、誠であるな?!」

三人は驚いて振り返った。そこには、維心が立っていた。

「…維心殿。」

後ろから十六夜が追い付いて来る。しかし、会話は聞こえていたようだ。

「そうか、あいつは言い付けを守ったか。確かに月に帰れるわな。」

維心は険しい顔をして、嘉韻を睨んでいる。嘉韻は睨み返しながら、言った。

「確かに真実であるが、なぜに主に断らねばならぬ。我の王は蒼様よ。主ではない。」

維心はまだ嘉韻を睨んでいたが、十六夜が言った。

「ま、とにかく維月を連れて帰る。世話掛けたな。あいつは何も知らねぇだろう?」

明人が口を挟んだ。

「十六夜…それが、そうもいかないんでぇ。」

十六夜は、明人を振り返った。

「どういうことだ?」

慎吾が口を開いた。

「我ら、なぜに知っておったと思うか?昨夜、ここへ忍んで参った者に、見咎められておるのよ。嘉韻が女を連れて入るなど、前例の無いこと。忍んで来る者はおってもの。ゆえに、大騒ぎになっておるわ。師団長が婚姻であるから…本日は任務も免除すると通知が来た。」

嘉韻はハッとした。そうだった。忍んで来た女が勝手に一夜その辺で寝ていただけでも、責任を取ってめとる世の中。自分から連れて入れば、何も無くてもこうなるのは必然のこと…ゆえに、我は結界を張っておったのに。

十六夜は首を振った。

「別に責任取る必要何てねぇよ。あいつはほんとに何も知らねぇんだ。オレがそんなことまで教えてねぇからな。何もなかったんだから、その必要はねぇ。」

維月が気遣わしげに戸を開けた。

「十六夜?私…十六夜がダメって言うから、何もしてないわ。昨日、嘉韻に会って、結界が鳴ってうるさいって言うから、来ただけなの。」

十六夜は頷いた。

「わかってる。お前は何も知らねぇからな。」と、ため息を付いた。「しかし、嘉韻の立場もある。それにオレの立場もあるしな。これは想定してはいたが、許容範囲じゃねぇ…オレはあくまでも、決められている運命に逆らうつもりはねぇってだけで、誰にでも維月を許すつもりじゃねぇしよ。まして維月が確かに嘉韻に決めたんならまだしも、こんな事故みたいなことで娶るってのも納得いかねぇ。」

維心は険しい顔で横を向いた。しかし、知らぬでは済まない。ここは略奪の世…連れ去られてこうなる可能性もあったのだ。嘉韻は言った。

「…我は、責任を取るつもりだ。維月を娶りたいと思う。」と、維月を見た。「我の妻に。」

維月はびっくりした顔をした。寝てただけなのに?

「…だから、オレが許さないって言ってるだろうが。」十六夜は言った。「とにかく、一度連れて帰る。親父にも話さなきゃならねぇ。それに維月には、龍王からも話が来てたんでぇ。ことは公にしない方がいいぞ。蒼の立場があるからな。」

嘉韻はハッとした顔をした。そう言えば、龍王はよく維月に会いに来ていた…。そこで王と龍王の間でそんな話になっていても、おかしくはない。それを臣下が娶るとなれば、王のお立ち場がない…。

嘉韻は頷いた。

「王がお困りになるのは本意ではない。昨夜は維月はここに来て、月へ昇ったことにするゆえ。」

十六夜は頷いて、維月を連れて戻って行った。明人と慎吾は、その話を軍神筆頭の李関にするため、そこを後にした。



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