見えない何か
三人が揃って蒼の居間へと戻って来ると、蒼が駆け寄って来た。将維と碧黎、大氣が並んで座っている。
「ああ、十六夜!母さんと、維心様…。」
維心は進み出て、微笑んだ。
「心配を掛けたようだの、蒼。だが、もう大丈夫よ。」
碧黎は珍しく、驚いたような表情で立ち上がった。
「なんと。主ら…その縁は!」
維心が碧黎を見て、維月の肩を抱いた。
「十六夜から少し聞いたが、縁を切ったのだそうだな。だが、我らはそのような事で引き離されはせぬ。」
十六夜は肩をすくめた。
「はいはい、こっちは大変だったんだぞ?将維もお前と維月を会わせようと龍の宮へ連れて行って…だけど普通に連れてってもお前は会わねぇだろう。だからいろいろ考えてな。」
蒼は微笑んで、傍の椅子を指した。
「座ってください。」
皆は頷いて、椅子に座った。維心が言った。
「確かに全く興味がなかったがの、維月が庭に出た時、珍しい気が我が宮にすると思うて、我は探したのだ。先に炎嘉が維月を見つけて共に歩いておった。我は、話したいと思うたが、維月もサッとその場を辞してしまったし、長く話せなかったのだ。」
将維は驚いて維心を見た。
「なんと。父上は先に母上に会っておられたのですか?我はまだだと思うて、何とかして顔を見せようと、立ち合いを思いついたのでございます。」
維心は大袈裟にため息を付いた。
「主らしいがの、我はあれで決定的に維月が気になってしもうて、己の気持ちをどうしたものかとかなり悩んだわ。前世の片恋とは比べものにならぬ心地ぞ。前世はまだ、忍んでいられた。今生ではとても無理だった…だから、我はここへ来たのだ。こんなことをしたら、前世では間違いなく、主は我を封じてしもうたであろうが。それを覚悟して来たのだから。」
碧黎は感心したように言った。
「前世では、まだ主は維月をその身にも魂にも知らなんだからの。今生では既に両方を知っておるゆえ、激しく求めておったのであろう。だが、いくら主の力をもってしても、十六夜の結界を知らせずに破るなど無理であっただろう…どうやって中へ入った。」
維心は、目を丸くした。
「…あれは、我を中へ通したのではないのか。我が触れたら、そこだけ穴が開いたゆえ。我は最初罠かと思うたが、それでも良いと思うて入った。」
十六夜を碧黎は、顔を見合わせた。
「知らねぇ。」十六夜が言った。「オレの結界がオレにも気取られずに穴開けられるなんてよ…。」
碧黎が大氣を見た。
「…心当たりはないか?」
大氣は首を振った。
「維心が何をするかも分からぬのに。そんな事に気を回すことが我に出来ると思うか?」
碧黎はしばらく黙って、維心を見た。
「…その場所を覚えておるか?力の残像が残っておるやもしれぬ。」
維心は頷いて立ち上がった。維月を小脇に抱える形になっている。
「参るか?連れて参ろうぞ。」
十六夜が同じように立ち上がって、呆れて言った。
「維月は置いて行けよ。ちょっと行って来るだけだろうが。」
「連れて参る。」
維心は維月を引き寄せた。絶対に離さない構えでじっと十六夜を見る。十六夜は仕方なく頷いた。
「まあいい。相当つらかっただろうしな。またしばらく維月は大変だぞ~。」
結局、その場に居た全員で、維心が通り抜けたという結界の場所へと向かって飛んだのだった。
「この辺りぞ。」
維心が月の宮を臨む南側の結界の上部を指して言った。十六夜は眉を寄せた。
「ここは特に守りの強い所だ。宮に近いからな。」
碧黎と大氣がうろうろと飛び回り、何かを探しているようだ。十六夜は言った。
「おい親父、もう穴は開いてねぇよ。きれいなもんだ。」
碧黎はそれでも何かを気取ろうとして集中している。と、大氣が言った。
「ここよ、碧黎。」と、指差した。「ここに人が通れる程の範囲で力の残像がある。」
碧黎はそちらへ飛んだ。十六夜も驚いてそちらへ向かった。
「…なんだこれは。分かりづれぇな。」
蒼もそれは微かに感じた。何やらモヤモヤとした感じの、細かい力を無数に、しかも小さく感じる。将維は首を振った。
「我には何も。」
維月は言った。
「え、何かがモヤモヤと残っているけれど。」
維心も首を振った。
「我にも見えぬな。これは、恐らく主達にしか気取れないのであろう。」
碧黎は、じっとそれに手を翳して、考え込むような顔をしている。大氣もそれに倣った。
ただじっと待っていると、碧黎と大氣は同時に目を開いた。
「…やはりそうか。」
碧黎が言うのに、大氣は頷いた。
「さしずめ子の失態を親が何とかしたといったところか。申し訳ないの。」
皆が何のことか分からずに居ると、維月はハッとして自分の左手の指輪を見た。
「まあお父様!私の指輪が…。」と、維心の手も見る。「維心様の物も!」
それは、十六夜達の目から見ると、結界に残る力と同じ力が残って薄くキラキラと光っていた。それを見た碧黎が、頷いた。
「大氣があんなことをしてしまって、必死に我らが何とかしようとしておるのを、放っておけなかったのであろうて。此度は、助けられたの。礼を言わねばならぬ…我らの親に。」
蒼がびっくりしたように碧黎を見た。
「親?碧黎様達にも、親が?」
碧黎は頷いた。
「生まれた最初はよく感じたものよ。何かが我らを見守っておると。間違った方向へ力を使うと、力を奪われての…それは今でも変わらぬが。」と大氣を見た。「のう、大氣よ。」
大氣は頷いた。
「最近ではついぞこの気配を感じることは無うなっていた。いったいどんな命かは分からぬが、我らは親だと思っておるよ。その実、何かはわからぬ。気配を感じるだけで確かにその存在を感じたこともないのだ。だが、こうやって時に気配だけを残しておるので…。」
碧黎と大氣は、愛おしげにその気の残照を見守った。それはふわふわと風に揺れて、少しずつ風に散って行く。碧黎は言った。
「さ、もう良い。とにかくこれで元通りぞ。我らは記憶を操作した神達を、元に戻さねばならぬの。参ろうぞ、大氣よ。」
大氣は頷いて、碧黎に並んだ。二人はこちらに何も言わずに飛び立って行く。その背から、大氣が碧黎に話しているのが聞こえて来る。
「しかし、我は文句を言いたいの。なぜに主には片割れが居って、我には居らぬ。不公平ぞ。理由を聞いてみたいものぞ。」
碧黎が呆れたように言った。
「片割れを認識し始めたのももっと後であったし、それに居ってもどうのなかったぞ?逆にいろいろ面倒もあって、我は大変だった。」
大氣は不満そうに文句を言った。
「主にはあのように子も居るではないか。我だって家族というものを持って、もっといろいろ知って行きたい。」
碧黎は面倒そうに答えている。
「ああ、そんな話は後ぞ。とにかくやり残したことをしようぞ。」
碧黎は逃げるように飛んで行く。
皆はそれを見送って、苦笑した。
「もう振り回されるのはこりごりだ。さ、戻ろう。」
十六夜は皆を促して、宮へと飛んで帰った。
その日は、維心も交えて皆で一日中話し、そして夕方には、維心は維月を腕に抱いて、龍の宮へと帰って行ったのだった。
また、龍王、そして龍王妃として、君臨するために。




