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忍ぶ

維心には、その想いを抑える術はなかった。

龍の激情を抑えられる維心が、溢れる想いに翻弄されて、どうやって抑えたらいいのか分からず、途方に暮れていた。

一人になると、維月のことばかり思い出されて、それは日に日に強くなり、あの夜の唇の感触を思い出すと、身が焼かれるかと思うほどに、苦しく湧きあがる気持ちが維心を包んで捕えて離さなかった。

十六夜は友。その妃であるのに。

維心は毎夜、身の内を焼くその想いに耐えられず、眠れずのたうち回るほど苦しんでいた。なぜにこれほどの想いが湧きあがって来るのか分からない。他の男の物ではないか。元々、女になど興味はなかった。忘れてしまえば良いではないか…。

維心は必死にそう思おうとした。だが、忘れるということもまた辛く、せめてそっと離れて想っているだけでもと考えてしまう自分が居て、それもまた維心を苦しめていた。

なんとつらいのだろう。誰かを想うということは、これほどにつらいことであるのか。

維心は、ただ一人、その想いに耐えていた。


「父上は、奥の間に篭りがちであるとのこと。」将維は言った。「気の補充が上手く行かず、おやつれになっていると聞いた。なぜにこんなことになっているのか、臣下達にも分からず困っておるという。どうしたものか…このままでは、父上も母上も辛くなるばかりであろう。」

十六夜と、碧黎が共に頷いた。

「縁はますます強くなっておる。」碧黎が言った。「驚くほどぞ。我らにはどうしても繋げなかった縁をあのようにしてしまえるとは。もしかしたら魂から繋がっておるのやもしれぬの。十六夜と維月がそうであるように。だとしたら、あやつは今、魂を引き裂かれるような苦しみを味わっておるだろう。せっかく出逢って一つになろうとしたのに、それを引き千切ろうとしておるのだから。」

大氣が申し訳なさげに言った。

「我になんとか出来たら良いが…我のせいであるし。我はそのように苦しめようと思うたのではないのだ。ただ、あれがつつがなく王としての責務をこなせるようにと思うただけで…。」

「結果がこれよ。」碧黎は言った。「これでわかったであろう。我らが安易に決めてしまってはならぬのだ。これらには、これらの気持ちがあるゆえな。」

大氣は頷いた。十六夜がため息を付いた。

「せめて元の縁が戻ってくれたら…記憶が戻るかもしれねぇだろうが。そしたら、また三人でやって行けるんだしよ。オレは慣れちまって忘れていたが、ここまで来るのにいろいろ大変だったんだもんな。それを乗り越えて、オレ達があったのに。このままじゃ…。」

それを聞いて、蒼が悲しげに下を向いた。その過程を、自分はじっと見て来た。ここまでやっと来たのに…すべてを無くしてしまうなんて。

十六夜は、同じように塞ぎ込んでいる維月を思った。きっと呼び合っているんだ…オレと維月がいつもそうだったように…。


維心は、意を決した。そう、月の宮は結界に守られ、自分でさえも気取られずに中へ入ることは出来ない。だが、一目でもいい。例え十六夜に気取られて消されても、封じられても、このまま会わずに消えて行くぐらいならば、我は行く。

そう思うと、維心はもう、飛び立っていた。会いたい。ただ一目でいい。姿を見たい…傍に行きたい。

維心の気は少なくなっていたが、それでも月の宮へ、維心は真っ直ぐに飛んだ。

段々と見えて来る宮は、全てがよく見渡せた。しかし、自分の目には見えるが、ここに結界がある。

維心は、その結界を破って、十六夜に気取られ、そして見付かるまでに維月に会える事に賭けた。きっと出来る…自分の全ての力を使って、真っ直ぐに必死に飛べば。

維心は息を一つ付いてその結界に触れると、その部分だけ何もしていないのに結界が消えた。維心は驚いた…どういう事だ?

罠かも知れない。だが、維心はその穴を見た。良い。罠でも。

維心はそこを難なくすり抜けると、維月の気を辿って、真っ直ぐにその部屋へ向かった。

維月は、空を見ていた。

窓辺で、空を見上げながら、じっと何かを考え込んでいる。維心は、維月の目の前に降り立った。

「維心様…?!」

維月は、小さく叫ぶと、回りを見た。

「なぜ、ここへ?」と、少しやつれた頬に触れた。「どうなさったのですか?このように…やつれてしまわれて。」

維心は、堪え切れずに維月を抱き締めた。

「おお維月…主を想うと我は苦しくて、ついにここへ来てしまった。いけないのは分かっているのだ。主は友の妃。だが、我は抑えられぬ。まるで身を焼かれるようで…苦しくて…。なぜにこれほどに主を求めるのか、我にも分からぬ。我はもう、主無しでは…。」

維心は、いきなり維月を抱き上げると、夜空へ飛んだ。維月はびっくりして言った。

「維心様、駄目ですわ!きっと十六夜には分かってしまう…」

維心は、維月を力を込めて抱き寄せた。

「良い。我はこれが知れて消されようとも構わぬ。ただ、主と共に居たいのだ。我の妃に…維月。否と申しても、我はもう抑えられぬ!」

維心は、湖の向こうにある森の、その中にある東屋の前に降り立つと、その中へと入って行った。維月はじっと維心の腕に抱かれながら、おとなしくしていた。維心は維月に口づけて、そのまま奥にある狭い寝台の上に維月と共に沈んだ。

「維月…我の妃に。このひと夜だけでも良い。」

維月は涙ぐんで、維心の背に手を回した。

「ひと夜だけなど…イヤでございまする…。」

維心は維月を抱き締めた。

「では…永久に共に。愛している…維月…。」

維心は維月の腰ひもを解いた。

このまま死しても、悔いはない。

十六夜がいつ追って来るかも分からないが、維心はそんなことは良かった。それまで、こうして傍に居られれば、我はもう、良い…。


十六夜が顔を上げた。

「…結界の中に、維心の気がする。」

蒼は驚いて十六夜を見た。

「え、維心様は結界を破れたのか?」

十六夜は首を振った。

「いや、そんな感じはなかった。どうやって中に入ったんだ…だが、維月と一緒に居る。あいつはきっと、命を掛けて来たんだ。オレにすぐ気取られるのは知ってるはずなのに。」

蒼は同情したように眉を寄せた。

「十六夜…」

「分かってる」十六夜は言った。「朝になるまで待つさ。それであいつに、維月を許してやろう。それで元通りだろ。…完全に元通りにはならねぇだろうがな。」

大氣と碧黎が顔を見合わせた。取り返しは、もうつかないのか…。


維心は、眠らなかった。

いつ十六夜が来るかも分からず、そして、維月をその瞬間まで見ていたかったからだ。

維月は、維心の腕の中で眠っていた。理屈ではなく、自分の命の奥底から維月を求めて止まない事が分かる…なぜこれほどにと思ったが、きっと運命なのだ。出逢うべくして出逢った…維心はそう思っていた。

十六夜は、来ない。こうして朝の光がこの東屋に射し込んで居るのに、十六夜は来ない。維心は身を起こして、もしや十六夜が自分に維月を許してくれはしないだろうか…と祈った。しかし、そんなことなどあるはずはない。もしも自分なら、絶対に許すことは無いからだ。

維月が、目を覚ました。維心は微笑んで維月を見た。

「…目覚めたか?」

維月は、維心を見て頬を染めた。

「おはようございます、維心様…夜が明けておりますのね…?」

維心は頷いて、維月に口付けた。

「なぜか十六夜は来なんだの。こちらから参らねばならぬか。」

維月は、維心を見上げた。

「維心様…十六夜は、いつも私に維心様を愛しているなら良いと言っておりましたの。でも…きっと無理をしておるのだと思って、私は取り合いませんでした。でも…もしかしたら…。」

維心は、維月に襦袢を着せかけた。

「維月…我はもう、思いを遂げた。なので思い残すことはないのだ。何が起ころうとも、悲しむでないぞ。」

維月は維心に抱きついた。

「そのような…どこまでも共に行きまする。もしも滅しられると申すなら、私も共にお連れくださいませ。維心様…命を司っておられる神であられるのですから。」

維心は、ためらったような顔をした。

「維月…そのような。我は…」

「共に。」維月は、維心の刀を拾って、渡した。「お出来になるはずです。そうすれば、ずっと共でありましょう。」

維心は、刀を見て、襦袢を来て着物を羽織ると、腰にそれを挿した。

「約そうぞ。維月…なぜか我は前にこれと同じことを約したような気がする…。」

維月はハッとした。

「まあ維心様…私も…。」

維月は、維心の左手を見た。

「維心様?」と、その手を取った。「これは?」

維心は苦笑した。

「…なぜか外す気になれんでの。我が生まれた時に握り締めていたと言うので…」

維月は、自分の左手を触った。

「私も、これを握り締めて生まれたと…。」

維心は驚いて、それを見た。自分と同じ。これは…。

二人は指輪を抜いて、寄り添ってそれを見た。全く同じ。そして、中に刻んである文字まで…。

「永久に共に 維心・維月」

維心は、維月を見た。

「我らは、前世共だった。」維心は興奮したように言った。「維月、将維は主と我の子。それだけではない、明維も、晃維も、亮維も、紫月も、緋月も…。」

維月も頷いた。

「はい。私は、維心様の正妃だった。維心様…今生でも、維心様の妃でした!」

二人は、お互いに指輪を挿した。維心は、維月を抱き締めた。

「なんとしたこと。十六夜が我らを引き裂くはずなどないのに。あれは…共にと約した仲ではないか。なぜに…なぜに忘れておったのだ。」

東屋の外に、十六夜の気配がした。二人は慌てて出て行った。十六夜が、困ったような顔をしてこちらを見ている。

「…えーっと、あのな、何から話したら分かるんだろうな。」

維月が微笑んで、言った。

「十六夜!ごめんなさい、心配掛けて…」

維心も横で穏やかに微笑んでいる。

「ほんにのう、いったい何が起こったのやら。我らはなぜにこんなことになっておった。」

十六夜は、びっくりして二人の頭の上を見た。自分と同じ、太く強い縁が復活している。十六夜は降り立って維月を抱き締めた。

「ああ維月!なんてこった、もう戻らねぇって言ってたのによ!」

「ええ?!なに、何の事?」

維心が眉を寄せて、維月を引っ張った。

「こら、目の前ではやめよ。とにかく、しっかり説明してくれ。」

十六夜は頷いて、三人で宮へと向かって行った。

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