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初対面

夜に先触れを出して置いた龍の宮では、いつもは奥宮から出て来ることのない維心も出て来て待って居てくれていた。

将維は到着口へ舞い降りると、後から来た輿が降り立つのを待って、維心に挨拶した。

「父上、只今戻りました。」

維心は頷いた。

「よう戻った。で、何か宮に忘れたと?」

将維は頷いた。

「我の刀を。向こうでは軍の指南にも出ておるのです。数本しか持って行かなんだので、全て持って参ろうかと思い、戻りました。」

「そうか。たまにはこちらの軍も見てやって欲しいものよ。」

維心が言うのに、将維は頭を下げた。

「はい。では、此度も少し、軍のほうへ参りましょう。」

維心が、輿の方を見やった。

「…あれは?」

将維はまるで忘れていたかのように、振り返った。

「ああ、あれは月の宮の、碧黎殿の娘とその侍女です。こちらを見たいと申して、蒼が連れ帰ってくれるように申すので、連れて参りました。よろしいでしょうか。」

維心は興味もなさげに頷いた。

「良い。東の客間へ入れると良い。」

そう言うと、フイと踵を返して奥へと戻って行った。それに臣下達が付き従って行く。

その背を見送りながら、これは大変だと将維は思っていた。顔を見ようともしない。確かに、聞いていた母上と結婚するまでの父上は、こんな感じだった。しかし、どうやって会わせたらいいものやら…。


維月は、初めて見る龍の宮に目を輝かせた。将維は忙しくて軍のほうへ行ってしまったが、特に退屈もしなかった。何しろ、この宮は大きいのだ。見るところがたくさんあった。

庭は北と南にとても大きなものがあって、木々も年季が入っていてとても大きかった。

まずは南と維月が足取りも軽く歩いて行くと、その庭からは宮の側面が良く見えた。

「まあ、大きな宮…何階建てかしら。一…二…三…」

維月が真剣に数えていると、横から声がした。

「9階あるぞ。」

維月がびっくりして横を見ると、軍の甲冑を身に付けた、茶色の髪に赤いような茶色の瞳の神が、そこに立っていた。

嘉韻に雰囲気が似てるなあ…と維月が思っていると、その神は言った。

「我は炎嘉。主は誰か?」

維月は頭を下げた。

「私は維月。月の宮、碧黎の娘の陰の月でございます。」

炎嘉はふーんと考え込むような顔をした。

「なぜか主には、初めて会ったような気がせぬの。それにしても、月がこのように美しいとは。」と、手を差し出した。「共に歩こうぞ。話しがしたい。」

維月はびっくりしたが、おずおずとその手を取って、歩き出した。

炎嘉は、とても話しの上手い人懐っこい神だった。明るく快活で、維月もすぐに打ち解けた。なんでも炎嘉は、元は鳥だったのだという。

「転生する時に、龍になってしもうての。」炎嘉は言った。「ま、これはこれでもう慣れたゆえ、今更良いけどな。」

維月はフフと笑った。

「私は龍だの鳥だのよく分かりませぬ。前世は人であって、それが月なり、そして死したあと、また月として転生して参ったので…。」

炎嘉は驚いたように維月を見た。

「そうか、主、だから気に人が混ざるのな。どう見ても人ではないのに、なぜかと思うておったわ。」と、何かに気付いたように、顔を上げた。「…なんだ、コソコソと。出て参れ。」

維月が何事かと振り返ると、そこには黒髪に深い青い瞳の龍が立っていた。将維にとてもよく似ているが、こちらのほうが、重みのある感じで、そしてとても整った美しい顔立ちをしていた。維月が急なことに驚いていると、相手は言った。

「ここに迎えた客人に、まさか主は何かするのではないかと気が気でなくての。」

炎嘉は呆れたように頭を振った。

「何を言っておる。我は今生では女の一人も傍に置いておらぬだろうが。たまたま、珍しい気が宮の中にしたゆえに、探しに参ったらこれが居っての。興味があったので、話しておっただけぞ。」と、維月を見た。「ああ、王の維心よ。我の前世からの友人でな。無愛想であるが、気を悪くするでないぞ。」

維月は慌てて頭を下げた。

「失礼を致しました、龍王様。」と、炎嘉の手を離した。「炎嘉様、私はもう、戻りまする。侍女にもこれほど長く部屋を離れると申しておりませぬので。」

炎嘉は名残惜しげに維月を見た。

「なんぞ。主はしばらくここに滞在するか?」

維月は首を傾げた。

「将維様が戻られる時に、戻ろうと思うておりまするゆえ、時期はまだ…。もしかして、明日にでも戻るやもしれませぬ。」

炎嘉は残念そうにため息を付いた。

「そうか。だが、まあ月の宮であるものの。我もよう参るゆえ…また話そうぞ。」

維月は頭を下げた。

「はい。では、龍王様、御前失礼致しまする。」

維月は、下がって行った。それを見送る維心に、炎嘉は言った。

「おい、我が先であるぞ?ま、主に女など無縁であろうがな。」

維心がフンと横を向いた。

「後先は関係ないと思うが、我はそんなつもりはないゆえな。」維心は憮然として踵を返した。「我が宮の中でごたごたは起こしてくれるな、炎嘉よ。」

炎嘉はフンと鼻を鳴らした。

「ごたごた?我はおとなしいものよ。しかし、あの気はほんに珍しい事…将維、しばらく滞在せぬかなあ…。」

維心はそんな炎嘉を振り返りもせず歩き去った。


将維は、父からの直接の命があり、ここにしばらく滞在して軍を指南することになった。

どうやって滞在を引き延ばそうかと考えていた所だったので、将維は父のほうからそれを言って来てくれてホッとした。これで、なんとか父と母を会わせることが出来たら…しかし、今は縁が全くつながらないのだ。それで会ったところで、恐らく父も母もお互いに興味を示さないだろう。そう思うと、将維は気が重かった。特に父は、あれはちょっとやそっとでは無理だ。

将維はいろいろと考えたあげく、父を訓練場へ引っ張り出すことにした。

「え、私が軍の指南に?」

維月が客間で驚いて将維を見た。将維は頷いた。

「主は、十六夜と同じで立ち合いが出来るであろう。我が宮の軍神達にも、それを見せてやってほしいのだ。」

維月はしばらく黙った。確かに出来るけど。でも、龍の宮の軍神達なんて、手練ればかり。私など、なんの役にも立たない気がするのだけど…。

「将維様、せっかくではございまするけど、私ではお役に立たないかと思いまする。だって、龍の宮は月の宮と違って、とても手練れが居るのでしょう?私など…それに、甲冑も持って来ていないし。」

「いや、それは心配ない。」将維は即座に、言った。以前作らせたものが、絶対に宮の中にある。「こちらにあるゆえ。主のような動きをする軍神は居ないので、良い刺激になろうほどに。是非に、来てもらいたいのだ。」

維月は、仕方なく渋々頷いた。仕方がない。ちょっと立ち合って、駄目だとわかったら戻れるだろうし。

「分かりました。では、明日の朝準備して、訓練場へ参ればよろしいのですね?」

将維は頷いた。

「恩に着るぞ、維月。では、甲冑は後ほど届けさせるゆえに。」

将維は上機嫌で出て行ったが、維月は気が重かった。どうしてこんな気の揉めることを受けてしまったのかしら。でも、まあ、ちょっとだけだから…。


誂えたようにぴったりの甲冑に驚きながら、維月は訓練場に立っていた。将維が、珍しい立ち合いですのでと食い下がって、やっと連れて来た維心が、横に立っている。維月はため息を付きながら、将維を見た。

「私は誰と立ち合うのですか?」

将維は、刀を抜いた。

「我が」回りの皆が、維心も含めて驚いた顔をした。「維月、相手をせよ。」

維月は頷いて、刀を抜いた。将維は思っていた…きっと、この立ち合いを見たら、父上なら黙って居れないはず。立ち合いをさせれば、お互いを嫌でも見なければならないので、女も男もない。とにかく、お互いの顔だけでも見るのが、今回の目的なのだから。

将維は、いきなり斬り掛かって行った。

「参る!」

維月は、事もなげにそれを避けた。やはり、将維が記憶している前世の通り、ひらりと身をかわして、舞っているかのような動きをする…体が柔らかく見えるのは、女ゆえであろうが、それにしても、維月の動きは美しかった。

将維がどんなに斬り込んでも、維月に入ることはなかった。維月はどんな動きも見ていて、スッと避ける。当たりそうで当たらない。そしてこちらが業を煮やして来た時に、思いも掛けない角度から突いて来るのだ。

将維は、回りが見えなくなって来た。最初は回りの反応も頭に入って来ていたが、もはやその余裕はない。どんどんとスピードは上がり、もはや見えているのは炎嘉と維心ぐらいのものだった。

維月が背を反らして上へと宙返りした…将維は思わずそれに見とれてしまい、一瞬反応が遅れた。維月の口元が僅かに笑ったかと思うと、将維の刀は飛んでいた。

「…私の勝ちですわ。」息を整えて、維月は言った。「でも、本当に誰よりも早いこと。十六夜にも匹敵するかと思いました。」

将維は大きく息を付いた。

「少しは上達したかと思うたが、我もまだまだよ。」

皆の割れるような歓声の中、下へ降りて行くと、炎嘉が駆け寄って来た。

「ほんに主は!大したものであるの!我でも将維には勝てぬのに!」

維月は微笑んだ。

「私が女であるから…見たことのない動きであるのでしょう。それに、正式に訓練を受けたのでもないのですわ。型がきちんとしていないので、読めないということもあるかと。なので、勝てただけですわ。」

じっと黙っていた維心が、傍の軍神に手を出した。軍神は慌てて、維心の刀を渡す。

「…我と、立ち合うてみよ。」維心は言った。「我にも、主は勝てようか。」

維月は維心を見た。そして、頭を下げた。

「そのような…お許しを。私には無理だと思いまする。」

維心は刀を抜いた。

「将維に勝ったのであるから、一度試してみよ。無理なようなら、手加減するゆえ。」

炎嘉が呆れたように言った。

「こら、維心。無理だと言っておるではないか。なぜに主はそのように…」

「主は黙っていよ。」維心は言った。「さあ、来るが良い。」

維月はじっと維心を見ていたが、刀を構えた。

「参ります。」

そして、最初からすごい速さで斬り込んで行った。

そこに居る者は呆然とした…何も見えない。その速さは、将維と炎嘉にしか見えなかった。維心の速さも並ではないうえ、それにぴったりとついて行く維月の速さもまた並ではなかったからだ。

将維はそれを見ながら言った。

「…父上は、手加減しておられぬな。」

炎嘉がふくれっ面で言った。

「ふん、一度負ければ良いのよ。ほんにこんなことには強引であるのだから…ここに見に来るのはあれだけ渋って居った癖に。来たらあれよ。」

将維は苦笑しながらも、二人を見た。そして思った…母上のほうは、意地なっているようだが、父上は…薄っすらと笑っている。あの立ち合いを、楽しんでいるのだ。

キンとひと際高い金属音が鳴り響き、刀が宙を舞った。維月がそれを追って行くのを、維心が後ろから腕を引いて引き寄せ、刀を首筋に突きつけた。

「…我の勝ちであるな。」

維心が満足げに口元をゆるめている。将維は驚いた…ここ最近の父上は、笑ったことなどなかった。

炎嘉が言った。

「こら維心!いつまで腕に抱いておる、離さぬか!」

維心はその声にびっくりして手を離した。そんなつもりでは…ただ、刀を突き付けようと…。

「…私の負けでございまする。こんなにも素早く動くかたがいらっしゃるとは…思いも掛けぬ動きでございました。」

頭を下げる維月に、維心は言った。

「我こそ初めて見る動きであった。ところで主、名は…?」

将維はびっくりした。そこからだったのか!そう言えば、我は知っているものと思うて、名は言っていなかった。

「維月と申しまする。」

維月は言って、地上へ降り立った。炎嘉がすぐに走り寄って、何やら話している。将維はじっと父を観察した。何も知らない父は、一体この母を見てどう思ったのだろう…。

「維月…。」

維心は、小さくつぶやいていた。

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