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絶たれた絆

十六夜が飛び立ってからしばらく、神威が再び月の宮へ降り立った。

蒼は出迎えながら、また苦笑した。

「神威殿、別にいいんだが、そんなに宮を開けて大丈夫であるのか?」

神威は面倒そうに言った。

「構わぬのだ。我は存在さえしておればの。西の地は退屈ぞ。ここに居る方がいろいろあって面白い。で、大氣はまだ居るのか?」

蒼は頷いた。

「穏やかなので、皆に疎まれることもなく、まあうまくやってる。」

神威は頷いた。

「十六夜の気配がないの。では、維月に会って来るかな。」

神威は妃にしたいほどの愛情ではないにしろ、維月を気に入っていた。話していると面白いと言って、来るたびに維月が居れば話に行く。だが、毎回十六夜や維心、それに嘉韻に阻まれてうまく行かなかった。今日は一人なのを、いち早く気取ったようだ。蒼は頷いた。

「多分、今は南の庭に。だが、十六夜もすぐに帰って来るし、急いだほうがいいかもな。」

神威はすぐに踵を返した。

「そうか。では行って参るわ。」

神威は勝手知ったる月の宮の中を、迷いもせずにまっすぐに南の庭へ出る方向へ向かって歩いて行く。蒼はそれを見送りながら思った…同じ王なのに、こんなに気楽にやってる神も居るのになあ…。


十六夜は、龍の宮上空にたどり着いた。

当然のことながら、結界は全く関係ないので、慣れた様子で王の居間の窓の前に降り、中を覗いた。

維心が、難しい顔をして今の定位置に腰掛けて物思いに沈んでいるのが見える。十六夜は、窓を開けて言った。

「なんだ維心、元気じゃねぇか。心配して損したな。」

維心は、ハッとしたようにこちらを向いた。そして十六夜を見とめると、フッと息を付いた。

「十六夜。いきなり来るのは礼に反すると申しておるであろうが。で、何の用よ。」

相変わらず難しい顔で、維心は言った。十六夜は、居間へ入った。

「いや、あまりにお前が月の宮へ来ないから、どうしたのかと思ってよ。体でも壊してるんじゃねぇかって、維月が心配するから、見に来たって訳さ。」

維心は意外そうな顔をした。

「それはすまぬな。しかし我もそうそうここを出る訳にも行かぬしの。主の妃にまで心配を掛けておるとは思いもせなんだ。よろしく申してくれ。」

十六夜は、しばし黙った。オレの妃?

「…維心?オレの妃って、お前の妃はどこだ。」

維心はあからさまに眉を寄せた。

「今更何を言っておる。我には妃は居らぬ。居ったことも無い。なんでも前世には居ったらしいが、何やら我には覚えがなくての。しかし、子が居るのだからそうであろうの。そんな面倒なもの、我は要らぬ。臣下のようなことを申すな。」

十六夜は、維心をじっと見た。何か怒っていて、しらばっくれてる訳でもないようだ。

「維心…お前…」

維心は怪訝そうな顔でこちらを見ている。十六夜は首を振った。

「いや、何でもねぇ。邪魔したな。元気ならいい。」

維心はまだ訝しげに見ていたが、慎重に頷いた。

「ああ、問題ない。ではの。」

維心は椅子に戻って行く。

十六夜は飛び上がりながら思った…問題ない?大ありだ!


「維月!」

神威が息を切らせて走って来る。維月は驚いて神威を見た。

「まあ神威様。また宮を出られて来たんですの?」

神威は頷いた。

「あちらは退屈で仕方がないわ。壮健か、維月?」

維月は苦笑した。少し前にお会いしたばかりなのに。

「はい、神威様。」

神威は頷いて、言った。

「主がこうして里帰りしておっても、なかなかに話す時間がないものよな。しかし此度は維心は来ぬのか…。」

維月が少し首を傾げると、思い切ったように言った。

「あの、神威様」神威は、維月を見た。「十六夜も同じようなことを。なぜに、里帰りと申されるのですか?私はここにおるのではないのですか。それに、なぜにそのように龍王をお気になさるのでしょう。縁戚でもないと思いまするのに…。」

神威は、驚いて維月を見た。何を言っている?

「龍王…維心であるぞ?維月、維心は…」

神威は、そう言いながら頭の上を何気なく見て、固まった。無い。あの、太くしっかりした縁が、一本、跡形もなくなくなっている…あるのは、十六夜の一本と、嘉韻の一本だけだった。

「…なんとしたこと。」神威は維月の頭上を凝視しながら言った。「主、あれが消えてしもうて、もしかして…。」

維月は訳が分からないという顔をしている。神威は維月に言っても仕方ないと思い、蒼に言わねばと維月の手を取った。

「蒼の所へ参る!維月、主にはわけが分からぬだろうが、共に参れ!」

維月は頷きながら、まだ合点が行かないようだ。神威がその手を引っ張って庭を走っていると、上空から、十六夜が飛び降りて来た。

「こら神威!お前はオレがちょっと離れたらすぐ維月に…」

神威は、十六夜の顔を見て、ホッとした顔をした。十六夜はびっくりした。

「おお、良いところへ!十六夜、あの縁が消えておる!今あるのは主の太い縁と、嘉韻の普通の縁だけぞ!」

十六夜は顔色を変えた。

「そうか…そのせいか!」と、維月の手を取った。「維月、親父に見てもらうんだ!」

維月は両方から手を引っ張られて、混乱した。

「え、え、お父様に?私、何?何事?」

維月は二人に引きずられるようにして、蒼の居間へと連れて行かれた。


「やりおったな。」碧黎は言った。「余計なことはするなと言ったであろうが!」

大氣は眉を寄せた。

「なんの話だ?我は縁を消しただけぞ…維月の記憶をどうのなど、何もしておらぬ。縁が消えれば、自然に離れて行くゆえ…しかし、維月は違ったということか?」

碧黎は、不安げにこちらを見る維月の頭を撫でながら言った。

「大氣、あれはの、前世から繋がる太い縁であったろうが。あんなものを消したら、自然に離れるなど無理ぞ。なのでこうして、記憶が無うなってしもうたのだ。お互いを覚えておらねば、もはや共に居ることはないゆえに。」と、維月を見た。「まあしかし、維月にも維心にも苦痛はないの。何も覚えておらぬのだから、無かったことになったようなもの。しかし、なぜに二人を離そうと考えた。」

大氣は答えた。

「維心が、良い王になるために。あれの能力を存分に出させるためには、何も傍に居らぬ方が良いのだ。そうであろう?」

碧黎は、前世維心が世を平定して行った様を思い出した。確かに、維心はそれだけに集中していたゆえにあれだけ早く世を平定した。だが、神の心というものを知った今は、今生では安らぎも与えてやろうと思うておったものを。

維月は碧黎を見上げた。

「お父様…私、何かを忘れてしもうたのでございまするか?」

碧黎はため息を付いた。

「良いぞ。主は何も心配せずともの。父が良いようにするゆえ、安堵せよ。」

「お父様…。」

十六夜は、碧黎に言った。

「良いようにって、どうするんでぇ。記憶が戻るのか?」

碧黎は首を振った。

「これは我が成したことでも大氣が成したことでもない。縁が消えたのに伴って起こったこと。だからと言って、縁を繋いだからと元に戻るものでもないだろう。」

神威が首を振った。

「あのような縁、作り出すのはまず不可能ぞ。あれは最初に繋がった時点では普通の縁であったものを、生きて行く間に強く太くしていったものだ。しかも転生して持って参ったものであろうが…再生は我らの力では無理ぞ。本人達の想いがなければ…といっても、二人ともそんなものはなかったと思うておるしの。」

碧黎は歩き出した。

「我が皆の記憶を操作する。」碧黎は大氣を見た。「主も手伝え。神の世のことも何も知らぬくせに、なぜに勝手にこのようなことをしよるのか。我らの作った命が、不幸になることを主は望むか?このままでは混乱してしまうわ。」

大氣はびっくりした顔をした。

「なんと申す、不幸?このようなことで?」

本当に分からないらしい。心底驚いた顔をしている。碧黎は頷いた。

「大氣、維心だってそうだ。このまま何も傍に居ないということは、あれを孤独にしてしまう。それが幸福だと思うか?我らが一人でも平気だからと、神や人もそうであるなどと思うておらぬだろうな。」

大氣は、衝撃を受けた顔をした。

「そのような…知らなかった。一人であっては不幸であるのか?」

碧黎は首を振った。

「その神その神のよるがの。知らぬのに、手を出すでない。大氣、主や我とは、感覚が違うのだ。少々神の世をかじったぐらいで、わかったように思うてはならぬ。まず、何かする前に我に聞け。」と、空を見た。「さ、関係する者の記憶を我の言うように直すのだ。参るぞ。」

大氣は真剣に頷くと、碧黎について出て行った。残された蒼は、深くため息を付いた。

「困ったもんだ…悪気がないからな。碧黎様も最初あんなふうだったような気がするよ。だが、大氣はもっと素直なんだよな。それに、好奇心が強い。」

十六夜も頷いて、維月の傍に寄った。

「とにかく、お互いに忘れちまってなかったことになってるんなら、このままここで暮らすしかないな。維月、部屋へ帰ろうか。」

維月は頷いて立ち上がったが、まだ納得いかないようだった。

「何がなかったことになってるの?分からないわ…。」

十六夜は首を振った。

「いや、いいよ。気にすんな。とにかく戻ろう。」

二人は、部屋へ引き上げて行った。

明日は将維が来るっていうのに…。

蒼はせっかく穏やかに過ぎていたと思っていたのに、疲れて椅子にもたれ掛かった。

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