帰還
維心は、将維と並んで臣下達の集まる玉座のある謁見の間に立った。維月は後ろに控え、その様子をじっと見守っている。将維が維心に頷き掛け、維心は一歩前に出ると、シンと静まり返った臣下達に向かった。臣下も軍神達も集まって、皆何が始まるのかと固唾を飲んで見守っていた。
「皆に告げねばならぬことがあり、集まってもらった。主らの中には気取っておる者もおるやもしれぬ。我は、前世この龍の宮を治めておった維心。死してから20年で将維の子として転生して参り、このほど成人し、前世の記憶を戻した。我としては、このまま皇子として将維を助け、共に治めて参ろうと思うておったが、我を王座へ戻そうと将維の命を狙う大きな意思を知り、王座へ戻ることを決断した。将維から我に譲位され、我は再び龍王となる。」
龍の臣下達はざわざわとした。王が帰って来た。我らを君臨し続けた、龍王・維心様が。
将維が進み出て、皆のざわざわは収まった。将維は言った。
「我は父の記憶が戻った当初より、譲位を考えておったのだが、父がずっとそれを許さなかったためそのままで来た。しかしこの度我の命を狙う、抗うには難しい相手を知り、再び王座へ戻って頂く決意をして下された。譲位は速やかに行うこととする。この節分に、譲位して我は退位する。主らはこれよりは父に仕え、この宮を守って行ってもらいたい。」
皆が一斉に頭を下げた。それを見て、将維は安堵した…これで、我の治世は終わる。思えば父上にこの座を譲るまでここを守るため、我はこの座に就いておったのかもしれぬ。
維心が、維月に手を差し伸べた。維月はためらいながら、その手を取った。
「我が妃、維月よ。」維心は言った。「共に転生して参った。維月も前世の記憶を持っておる。我らは共よ。此度、維月を守るため、将維の妃にとしておったが、此度の事で我の正妃に再び据える。主らには、また維月共々、よろしく頼む。」
一同が頭を下げる中を、三人は歩き抜けて行った。
将維は、兼ねてからの念願通りに月の宮へ移る事にした。
今までの王は全て死してから譲位していたので、此度のように退位というのは珍しく、宮でも住む場所はどうするのだろうと言われていたが、将維の母の里であり、また同じように月の力も持つ将維が、月の宮へ行く事に反対するものはいなかった。
それを受けて蒼は、慌てて将維の対を北側の維心の対の横に増設し、退位した王に相応しいように設えた。将維の対は、北側の庭に面して東側を向き、明るい美しい物になった。
「結局こうなる訳か。」蒼が言った。「維心様が記憶を戻してこのかた、将維はずっと譲位してここに住みたいと言ってたからな。オレも王座を降りられるなら降りたいよ…十六夜が王になってくれたら、全てうまく行くのにさ。」
十六夜は笑って手を振った。
「面白い冗談じゃねぇか、蒼。オレが王の器でないのは親父のお墨付きだ。だからお前が王なんだろうが。ま、頑張りな。」
蒼はため息を付いた。そう言うのは分かっていたけど。十六夜はそれに気付かないように続けた。
「そう言えば大氣は親父にベッタリだったのが、最近はあちこち一人でうろうろしてるな。学校が好きらしいが、問題はないか?」
蒼は、あの大気だという人型を思い浮かべた。来た時は面食らったが、話し方も穏やかで悪い気は感じられないので、それほど気にせずにいた。学校でも、問題も起こさず授業を見学したり、図書室に篭ったりしているらしい。蒼は、十六夜に答えた。
「いや、悪い報告は全然聞かないよ。むしろいろいろ手伝ってくれたり、授業の後に、ああいう風にいうのならこういう風にいったほうが分かりやすいなど、いろいろアドバイスしてくれるって評判がいいんだ。ただ、やっぱり今まで個としての人や神と接したことが少ないから、びっくりするような事をさらっと言うことがあるとは聞いてるけど。」
十六夜は、眉をひそめた。
「そうなんだよ。悪気がないから、こっちから見ておいおいと思うことでも、簡単にして、気に悪いものが混じらねぇ。だから困るんだよなー…。」
十六夜は、何か考えるところがあるようだ。そこへ、維月が顔を覗かせた。
「十六夜?今日は出掛けないの?」
十六夜はパッと明るい顔をした。
「ああ、行こう。どこがいい?海辺の宿にでも一泊しに行くか。」
維月は微笑んだ。
「そうね。露天風呂がある所がいいなあ。」
十六夜は立ち上がって維月の肩を抱いた。
「ちょっとネットで探してから行こうか。」と、蒼を振り返った。「明日帰るよ。何かあったら月に言いな。」
蒼は頷いた。十六夜は維月と共に出て行きながら、言う。
「それにしても今生は、王になったら宮の仕事頑張ってるようじゃねぇか、維心はよ。維月が里帰りしてるのにもう二週間も来ねぇから、ゆっくり出来るな~。」
十六夜は上機嫌で去って行く。蒼はその後ろ姿を見送りながら、本当にそうだと思っていた。最短で当日、長くて一週間しか我慢出来なかった維心が。もしかして、転生してそういうことに成長しているのかもしれない。
蒼は、おっとりと落ち着いた月の宮の様子に、穏やかな午後を過ごしていたのだった。
大氣は、月の宮を気に入っていた。
神の世だけでなく、人の世も知ることが出来るここは、大氣にとってとても便利だった。しかも、王は自分達と同じ種類の命を持つ蒼。穏やかで邪気がなく、その気質をまた、大氣は気に入っていたのだ。
思えばいつまで経っても王位に就く様子のない維心を、王位に就けようと考えた時に、何が障害かと考えて、将維と、そして執着する維月と、この二人だと思っていた。
しかし、維月は碧黎の子であって、自分とも近しい命。絶つことなど出来ない。なので手っ取り早く将維を滅して自動的に王位に就けようと考えた。
しかし、自分達は直接手を下すことが出来ない。そうなるように持って行くことを考えて、あの蛇の女を使うことを思った。
思った通り、女は一人大層困って居た。済む所を与えて、しばし話を聞いてみると、将維に敵意を持っていて、滅したいとまで思っているようだった。
なので、必要な情報を与えた。縁も繋いでやった。自分は龍の宮と懇意だと言い、あの女からそこへ連れて行くように言うことを促したのだ。
思ったより早く、女は誘いに乗って来た。面白いと思った…こうも簡単に操れるものとは。単純であるが、それがまた面白い。そして何食わぬ顔で龍の宮へと赴いた。宮に入るなど、簡単だった。龍達の記憶を操れば済むこと。それで自分が昔から、あの地を守る神だということにしたのだ。
何もかもが単純で面白かった。しかし、思ったより簡単でなかったのは、事を成し遂げることだった。やはり、あのように単純でしかもたった一つの方法では成し遂げることは出来ない。古来より碧黎が、皆をあっちこっちから多角的に見て、どうなっても自分の思う方向へ行くようにと複雑にいろいろな事を絡めて策を練って、自分の思う方へと持って行っていたのは、そういうことだったのだ。
思ったようにはいかなかったが、結果的に碧黎が促すような形で話して、維心は地上の王へと戻った。もう、将維を滅する必要もない。
面倒だったので、碧黎がうまくやってくれているし、自分は何もせずに置こうと思っていたが、此度のことがあまりに面白かったので、暇つぶしに碧黎がやっていることを見てみようと思っていた。そしていろいろなことを知るにつけ、維心が王として今生でもそつなくやって行けるかと考えた時に、ある障害があることに気付いた。
維心は、優秀な気質と力を持つ神。それが充分に今生でも能力を発揮出来るよう、自分も力添えせねばならぬ。
大氣は、自分に出来ることなら助けて行こうと心に決めて、維心を見守っていた。
十六夜と維月が月の宮へ帰って来たのは、三日経ってからだった。
思いの外良い旅館だったらしく、二泊して海のほうを回って、人の世で買い物をして帰って来たということらしい。蒼は呆れて言った。
「あのさあ、確かにゆっくりしてもいいけど、気楽だよな、十六夜は。月なんだから、もっとしっかりしてくれよ。」
十六夜はふふんと笑った。
「維月がここに居ない時はちゃんとやってるじゃねぇか。で、維心が来てごねてるとかなのか?」
蒼はえ、という顔をした。
「来てないよ。…そう言えば、もう三週間目になるのに。このままじゃ母さんが帰る時まで来ないんじゃないか。」
蒼が怪訝な顔をしたのを見て、十六夜は顎を逸らした。
「あのな蒼、これが普通だ。里帰りに夫が付いて来るほうがおかしい。しかも一か月だと言ってるのに数日で来るなんておかしいだろうが。オレが送って行くのを待ってるのが普通なんだよ。いつでも連れて帰ってたけどな。」
維月が怪訝そうな顔をして、何か言おうとしたが、じっと考え込むように黙った。蒼は、そうだろうか、と思った。維心様に限って、こんなことは今までなかった。最後の一週間だけでも来るだろう。あの維心様が、なんの連絡もご機嫌伺いもなく、こんなに長い間放置なんて…。
「…ちょっと、また聞いてみるよ。将維が明日こっちへ移って来るし、聞いてみよう。維心様、お加減を崩されているかもしれないよ。」
十六夜は、ハッとした顔をした。
「確かに体調でも崩さなきゃ、こんなに長くはおかしいな。」と、維月を見た。「オレ、ちょっと様子を見て来るよ。ま、ぴんぴんしてるだろうけど、気になりだしたらきりがねぇ。」
維月はきょとんとした顔をして、頷いた。十六夜は、なぜきょとんとしているのかわからなかったが、言った。
「あの維心に限って、何もないだろう。将維がこっちへ移って来るから、あっちも忙しいんだろうよ。」
十六夜は、龍の宮へ向けて飛び立って行った。




