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指輪

思った通り、立ち合いは他の軍神の将達に辛うじて見える程度の速いスピードで進み、前世と同じく勝負はつかなかった。維心はぜいぜいと肩で息をして十六夜を見た。

「…月か。ほんに思いもよらぬスピードぞ。」

十六夜も同じように座り込み、言った。

「くそ、少しは上達したかと思ってたのに!お前はしつこいんだよ、どんなに斬り込んでも受けやがって!」

「こっちのセリフぞ。」維心は言った。「もうひと勝負だ、十六夜。」

「おお、望むところだ!」

十六夜が勢いよく立ち上がると、蒼が割り込んだ。

「待て。今日はこれまでぞ。軍の訓練が出来んではないか。また明日にせよ。時はあるわ。」

蒼に追い立てられるように闘技場を追い出された二人は、仕方なく並んで飛んで、宮へと向かった。


維月と嘉韻は、まだ二人で居た。

というよりも、嘉韻が維月のお守りをしている状態だったのだが、今は鬼ごっこという人の世の遊びに付き合わされていた。

しかし、動きは人の世のそれとは程遠く、維月のすばしこさは並みではなかった。軍神の将で、今や序列第3位の嘉韻が、維月に触れることもできないでいた。思えば、立ち合いは月としていた…月同士なのだから、当然なのだが。

維月は楽しげに笑っていたが、嘉韻はそれどころではなかった。これは、軍神の名誉に関わって来る。ここで自分が捕まえられないとなっては、我が軍の名折れになってしまうではないか。しかも、維月はまだ230歳ぐらい、自分は340歳。負ける訳には行かぬ。

ここは森の中なので、木々が生い茂っていて、頭上にはいくつか枝が出ていた。嘉韻はそれを利用しようと考え、維月を追って、右や左に回り込んだ。

維月はくるくると身を翻してそれを避けていたが、宙返りしようとして、何かを感じた…木の枝があって、鳥の巣がある。

それを避けようと身を捻った先に嘉韻が居て、またそれを避けようとしたのでバランスを崩して下へ落ちた。

「きゃ!」

嘉韻は維月の腕を掴んで引っ張り、身を回転させた。地に突っ込んだが、維月は嘉韻に抱きかかえられて無事だった。

「まあ!嘉韻!嘉韻、ごめんなさい!大丈夫?!」

維月が、嘉韻の上で身を起こして顔を覗き込んだ。嘉韻は、しこたま背を打ち付けたが、別に骨に異常はないようだ。なので、頷いた。

「大丈夫だ。我は軍神であるので。主はどうか?」

維月は頷いた。

「私は大丈夫。月だから少々怪我しても一瞬で治るのに。ただ痛いだけで。」

嘉韻はプッと噴き出した。

「その、痛い思いをしてもよかったと申すのか?ならば放っておけばよかったの。」

維月はふて腐れて横を向いた。

「まあ、意地悪ね。痛いのはイヤよ。当然でしょう?だから、ありがとう。私の代わりに痛い思いをしてくれて。」

嘉韻は変わった礼の言い方に、ついに堪え切れずに笑い出した。

「おおなんと!我にそのような礼の言い方をする者など初めてぞ。助けてくれてありがとうと言われたことはあるがな。」

維月はあまりに嘉韻が笑うので、不機嫌になって言った。

「だって、私は死なないんだもの!助けてもらった訳じゃないじゃない。まさかの時は、私があなたの命を守るし。」

嘉韻はびっくりした。我の命を?

「なぜにそうなるのよ。」

維月はあら、という顔をした。

「だってそうでしょう?龍には寿命があるじゃない。戦場で刺し殺されそうになったら、月から結界を張ってあげる。だって、私達、お友達でしょう?」

嘉韻は確かにその通りかと思ったが、なんだか複雑だった。

「…普通は男が女を守るもの。我は主に守られるのか?…どうも解せぬが。」

「月なんだから仕方ないじゃない。」維月はさらっと言った。「そんな力関係のプライドはこの際捨てるべきよ。でなきゃ友人関係は成り立たないわ。そうでしょ?」

嘉韻は維月をじっと見た。維月からは月の癒しの気がする…傍に居るだけでもこの気に酔いそうになったものを、こうして密着していると、余計に自分を包むようで癒された。嘉韻は、維月の背に腕を回した。

「嘉韻?」

維月がじっと嘉韻の目を覗き込んで来る。嘉韻はその頬に触れた。

「…解せぬな。」

維月は眉を寄せた。

「何が?さっきからそればっかりじゃない。」

嘉韻は笑った。

「いや、今わかったのだ。」と維月を抱き寄せ、唇を寄せた。「これが女を想うという事かとな。」

維月はためらったが、その唇を受けた。

二人はしばらく、そのままそこでそうしていた。


十六夜は、まだ維月の気が、最近仲良くしているように思う軍神の一人と一緒に居るのを感じ取って、宮へ向かう進路を変えて、湖の向こうの森へ向かった。維心が、訝しげに言う。

「十六夜?宮の方へ向かうのではないのか。」

十六夜は不機嫌に答えた。

「…オレの月の片割れが、あっちにふらふら外出してやがるんだ。」と、きょろきょろと回りを見た。「あれは月の自覚があまりねぇからな。生まれてこのかたずっとオレの結界の中で過ごして来たから、外の世界も知らねぇし。見てなきゃ何をするかわかったもんじゃねぇ。」

維心は十六夜に倣って飛びながら、言った。

「聞いている、主の兄弟と言うヤツか?主も大変よの。」

十六夜はチラと維心を見た。

「そんなこと言ってられるのも今のうちだけでぇ。」

維心は意味がわからず眉を寄せた。すると、急に十六夜がものすごいスピードで飛んで行った。何事かと維心も慌てて追い掛けると、そこには、見たことのない金髪の龍と、黒髪の女がこちらへ向かって歩いて来るところだった。その女の気に、維心は雷に打たれたような感覚を覚えた…なぜか、覚えのある懐かしい気。癒すような、乞うような、誘われるような気…。

十六夜が、その女の前に降り立った。

「何をしてる!釣りって言ってただろうが!」

維月はふんと横を向いた。

「飽きたんだもの。嘉韻が来たから、森へ野うさぎの赤ちゃんを見に行ったりしていたの。」と、後ろに立つ、黒髪の背の高い男を見た。「…どなた?」

十六夜はためらいがちに振り返って、維心を見た。

「ああ…維心だ。龍の宮の皇子。将維の息子だよ。オレらと同い年だ。」と、維心に維月を説明した。「一応オレの嫁だ。陰の月の維月。」

維月はじっと維心を見ている。何を感じているかは、その表情からはわからなかったが、複雑な表情だった。

「…一応?」

維心が言うと、十六夜はため息を付いた。

「正確には、オレだけの嫁じゃねぇって事さ。オレ達は兄弟だし対で生まれたから月で、必然的に結婚してるんだが、こいつには、おそらく運命の相手ってのが居るんだ。だから、その相手と共有になるだろうよ。月なんだし、いろいろあるんだ。気にすんな。」

そう言われても気になった。黙っていた金髪の龍が言った。

「では、我は失礼する。十六夜殿が迎えに来たのだから、大丈夫だろう。」と維月を見た。「ではまたの、維月。」

維月は嘉韻をじっと見た。

「嘉韻…。」

嘉韻はフッと笑うと、少し維月の頬に触れて、飛び上がって行った。

十六夜は眉をひそめた。

「…維月。お前…、」

「部屋へ帰るわ!」維月は遮るように飛び立った。「御機嫌よう、維心様。」

「維月!」

十六夜が後を追って飛ぶ。維心は訳が分からずそれに付いて飛び上がりながら、ふと目に付いたその維月の左手に、自分と同じような輪が嵌められてあるのを見た。

あれは、我と同じ物…?!

維心の心臓は今までなく速く拍動した。あれは、もしかして、我の求めるものなのか?

維月は遥か先をすいすいと泳ぐように飛んで行く。

維心はただ茫然と、小さくなって行く維月を見送った。


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