運命
維心と維月が言葉を失っている中で、将維が口を開いた。
「命を狙われるなど王をやっておれば常のこと。その中の一つではないのか?」
神威は首を振った。
「そうではない。それは狙っておるだけで達成されておらぬであろう?この縁が繋がっておるのは、殺される運命であるということだ。我はそれを伝えるために、ここへ来た。こんな縁が見えること自体があまりない事であるから。決まっておって殺されるなど、なかなかに無いのでな。こんな縁が見えるのは、炎真殿が死んだ時以来よ。」
維心がため息を付いて、首を振った。
「炎嘉の父のか?あれは寿命で死んだ。誰かに殺された訳ではない。」
神威は、維心をじっと見てから、長く息をついて目を逸らした。
「…言いたくはなかったが、あれは死斑が出る前に我にはそれが見えていた。その縁が、空の彼方、一体どこから来ているのか分からぬ場所から伸びて、炎真殿に繋がっておったのだ。まだ1000歳であったろう?炎真殿は。鳥ほどの力を持つ種族の王が、なぜにそんな早くに逝ったと思うのだ。」
維心は衝撃を覚えて神威を見た。では、あれは誰かに殺されたと申すか。寿命を操作するなど…一体誰が…。
「…そのようなこと…我にも出来ぬ。」
神威は頷いた。
「我も若かったゆえに訳が分からなんだが、何かが、炎真殿を殺した。後からわかったことであるが…おそらく、炎嘉が王にならねばならなかったのではないかと思う。」
維心は神威を見た。
「…あれがあの時王にならねば、まだ若かった我の、独裁になったであろうしの。それを避けようとした、何かが炎真殿を殺したというのか。」
神威はため息を付いた。
「縁を見た我はそう思った。それだけよ。今また将維殿にこんなものが見えて、我は戸惑っているのだ。しかし将維殿から伸びておる縁は、空から来ておるのではないぞ。どこか、ここより東の方角から繋がっておるのが見える。なので、誰か人か神であるのは確かよな。どうにかして断ち切ろうとしたが、切ってもまた繋がっておるゆえ…どうしたものであろうの。」
維心と維月は顔を見合わせた。将維が誰かに殺されるなど…。
「とにかく、それがどこと繋がっておるのか我も調べる。しかし、将維は我の力を継いでおるゆえ、そう簡単には殺せぬぞ。」
神威は視線を落とした。
「…そういうことではないのよ。わからぬか?縁が繋がっておるというのはの、理屈ではない。」と、維月を見た。「前世、維月は人であったのに。維心、十六夜と主が維月に縁を繋いでおって、維月は死んで月にならねばならなかった。そのうえ、主が維月に惹かれねばならなかった。維月も主を愛さねばならなかった。そのうえ、十六夜が主に維月を許さねばならなかった。そんな稀有なことすら成し遂げる。それが、縁よ。」
維心は維月を見た。そうだった。前世で維月を娶るには、維月は一度死なねばならなかったのだ。本来ならばそのまま死んでいた維月を、我と十六夜がその縁の力で月にしてしまったのか。確かにそんなことは、起こることなど滅多にないこと…。
維月が小さく震えながら、言った。
「父を呼びまする。話しを聞いてみなくては。炎真様のことも、父なら何か知っておるかもしれませぬ。」
維心は頷いて、維月の肩を抱いた。将維は黙っている。神威は言った。
「…訳は、我にも分からぬが…主は、恨まれるような王ではない。維心は恨まれて当然のこともして来ていた王であったが。」
維心はフンと横を向いた。
「あれが我の責務よ。地を平定する必要があった。」
維月が、居ても立ってもいられず、何もない空間に向かって叫んだ。
「お父様!こちらへいらして!」
碧黎が、ピタと動きを止めた。横の十六夜が訝しげに見る。
「なんだ、親父?こんな時に、驚くじゃねぇか。」
碧黎と十六夜は、じっとどこかの屋敷か宮を伺っていたのだ。碧黎が答えた。
「…維月が呼んでおる。行かねばの。」
十六夜は呆れたように言った。
「あのな、後にしろ!呼んだからってすぐに行かなくてもいいだろうが。」
碧黎は首を振った。
「娘が助けを呼んでおるやもしれぬのに。我は行く。主、後は調べて我に知らせよ。」
「え、おい!」碧黎は消えた。十六夜は悪態をついた。「全くよお、維月に甘すぎるんだ、親父は!」
碧黎は、龍の宮の王の居間へ瞬間的に姿を現した。維月がそれを見て、駆けて来た。
「お父様!」
今にも泣き出しそうな姿に、碧黎はやっぱりすぐに来てよかったと維月を抱き寄せた。
「おお維月。どうしたのだ、維心が何か申したのか?」
維心が眉を寄せた。
「なぜに我が。我は維月を大切にしておるわ。」
ぶつぶつと言う維心を後目に、碧黎は維月の頭を撫でた。
「何事ぞ。父が何とかしてやるゆえ、言うてみよ。」
将維はそれを見て、維月が今生どんなふうに育てられたのか知った。躾けたり教えたりしたのは自分と十六夜が言っていたが、あながち嘘でもないらしい。碧黎は、維月に甘かった。
「お父様、将維が、殺されると神威様が申すのです。なぜにそのような縁が、将維に繋がってしまったのでしょう。」
碧黎は神威を見た。神威が頷いた。
「我はそれを知らせに参ったのだ。あの縁を見るのは、炎真殿の時以来なのでな。」
碧黎はため息を付いた。そして維月を椅子に座らせると、自分も椅子に座り、話し始めた。
「炎真を殺したのは我ということになるの。」碧黎は言った。「維心が地を統べるにはまだ早かった。まだ未熟であった維心がその座に就いて、良い王になるかというとまだ疑問であったからの。同じぐらいの力、だが維心より強くはない力を持つ王が必要だったのだ。炎真では役不足であったので、炎嘉が王座に就く必要があった。なのであれの責務は全うされたとして、寿命を終わらせた。」
皆が驚いた顔をした。では、空の彼方のどこかとは、地であったのか。
「主…寿命が操作できるのか。」
碧黎は頷いた。
「元々は神とも人とも接しずに、地の底に居たのだ。だが、こうして出て来て人型を取り、片割れと子を成して、普通の神と同じように過ごすようにしておる。皆の気持ちとやらを知るには、これが一番であると片割れに諭されての。つい最近のことぞ。だが、力があり過ぎるため、あまりに思い通りにしようとすると、介入とされてしばらく力を無くす。なので、流れに逆らった大きなことは出来ぬのだ。主の寿命はしかし、まだ定めておらん。居なくなってどうなるか分からぬしの。」
神威は驚いた。月の宮へ行くたびに、大きな気だとは思っていたが、まさかそんな力を持っていたとは。
しかも、子は月か。
「お父様…では、将維はどうなっておるのでしょう。なぜに将維にこのような縁が?」
維月は必死に訊いた。碧黎は言った。
「そうであるの、我にも今のところ分からぬ。調べてみる必要があるが、そのような縁は特別なもの。我以上の大きな意思が働いておるやもしれぬの。実は我もこれを危惧しておったのよ…なので十六夜と調べておったのだが…。」
維心は気になって、訊ねた。
「何を調べておったのだ。」
碧黎は椅子の背にもたれ掛かった。
「仙術の力の波動を感じての。それから我は、何かの力が大きく動いているのを感じた…こういう時にはいつも、王の代替わりなどあったもの。」と、維心を見た。「維心よ、主が前世で父を廃した時、同じ動きであったのだ。主が王座に就いた途端、ピタと収まったがの。」
維心は表情を険しくした。
「我は、将維は殺さぬぞ。」
碧黎は頷いた。
「わかっておる。」碧黎は、ハッとした顔をした。「…まさか、だから誰かが将維を殺すように持って行こうとしておるのでは…。」
維月は驚いて父を見た。何やら険しい顔で、じっと宙を睨んでいる。
「どういうことだ?持って行くとは?」
碧黎は、立ち上がった。
「…覚えておろう。我らのやり方を。直接手を下すことは出来ぬゆえ、回りから固めてそうなるように持って行く。我も姿も見たことのない力が、実はもう一つあるのだ。それが行っておるのやもの…同じように地を平らかにと思うておるのは確かであるが、いかんせんその力がどこから来ておるのか我にも気取れぬ。」
維月は震えながら、問うた。
「では…その何かは何を望んでおるのでございまするか?」
碧黎は維月を見た。
「知れたこと。将維が死して何が起こる。」
将維は、何かに気付いた顔をして、維心を見た。
「父上…恐らく…」
維心はグッと眉を寄せた。碧黎は頷いた。
「我が気取る地上の感覚では、維心は既に地上の王。維心より強い力の神は居らぬ。その王が責務を果たさぬのだから、果たすようにと持って行くであろう。」
「王座に就けと申すか。」維心は絞り出すように言った。「…我に。」
碧黎は、黙って維心を見た。
維心は、そのまま言葉を失って視線を落とした。




