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新しい妃

維月は新しい龍王の妃として近隣の宮に告示された。

皇子の維心の時は何も告示されなかったのであるから、王と皇子の違いがはっきりとしていた。王の妃は地位があるが、皇子の妃はそうではないのだ。それが分かって、維月は複雑だった。

そうして龍の宮へ帰ると、将維が進み出て維月の手を取った。

「では、我の居間へ参ろうぞ。」

先に戻っていた維心の姿はない。維月はためらいながらも、言った。

「はい、将維様。」

宮では、まだ記憶の戻ったことも、転生した事も公にしていないのだ。維月はそのまま、前世で慣れた道を王の居間へ向かって歩いた。

居間へ入ると、維心が待っていた。

「維月、よう戻ったの。」

維月はホッとして微笑んだ。

「維心様!」

維月は走り出て抱き付いた。将維は苦笑しながら、椅子に座った。

「全ての臣下達には、事の次第を話してある。なぜにこのようにせねばならぬのかもの。なので、宮では今まで通り共に居っても大丈夫だ。だが、回りの宮からも祝いの品が届いておるし、祝いの口上を述べに来る者ももう、知らせが来はじめておるゆえ…しばらくは、我と共に居る事が増えるであろうの。」

維月は頷いた。

「分かっているわ。前世の時がそうだったから。」

維心も頷いた。

「仕方がない事よ。部屋も我の対とくっついておる所にあるし、これ以上文句は言わぬ。これで維月を盗ろうとするものは、龍に仇なす者とされ、軍も動かせる。礼を申すぞ。」

将維は微笑んだ。

「我には寵妃も居らぬゆえに出来た事でありまする。居ればうるさかったであろうし。」

維心は苦笑した。

「確かにの。前世の我では出来なんだ事よ。もちろん、今生でもな。」

将維は、二人に言った。

「では、夕刻までは自由に過ごされよ。」

維心は少し硬い表情をしたが、頷いて、維月の手を取ってそこを出て行った。


つきが高く昇る頃、維月は侍女達に付き従われて、王の居間へと向かった。

形式上とはいえ、今日は将維と共に王の居間の奥、前世では維心と共に過ごした奥の間で共に過ごさなければならない。今生では初めてのことに、維月は少し緊張気味に居間へと足を踏み入れた。

侍女達が居間の入り口で辞して行く。閉じられた戸のこちら側では、将維が夜具に身を包んで待っていた。

「…まさかこのような時が来るとは」将維は言った。「我はあの頃思いもせなんだ。」

維月は下を向いた。

「それは私こそだわ。」維月は答えた。「転生して今はもう、なんの関係もないけれど、でも記憶が残っているから…なんだか複雑な感じ。」

将維は、維月の手を取った。

「今は我が王。この宮は我が宮。父と我の立場が入れ替わるなど、望んだことはなかったのだが。しかし…我は初めて、王になって良かったと思うた。」

維月は将維に促されながら、奥の間へと歩いた。今生では足を踏み入れたことのなかった奥の間…しかしそこは、何も変わっていなかった。維心と何十年も過ごした、あの部屋だった。

「懐かしいこと…。」

維月は涙ぐんだ。将維は維月の肩を抱いた。

「我が譲位すれば、また父上とここで過ごすことになるであろう。しかし父上はよほど王位に就きたくない様子…このようなことを我慢せねばならずとも、王位に就くとはいわなんだ。」と、維月を見た。「我はの、あれから約束通り、妃を迎えた。臣下が次々に連れて来た妃を三人。一人ずつ最初の一夜だけ通って、あとはほったらかしであったがな。思いも掛けずそのうちの一人がその一夜で身籠って出来たのが、父上が転生されたあの維心。後で聞くと、碧黎がそれを待ち構えていたのだというので、合点がいったものよ。」

将維が律義だからと碧黎が言っていたのが思い出される。あの時しかないと、碧黎は言ったのだ。ここへ転生させるために…。それで、維心様はまた、龍王になるべく生まれついてしまったのだけれど。維月はそう思いながら、じっと将維の話に耳を傾けていた。将維は続けた。

「我にしてみれば、誰でも同じであったのよ。ただ責務の一つと思うておった。だが、何回も通うつもりも毛頭なかったゆえ、いくら言われても行かなんだ。なので維心の誕生の折に一人が亡くなったのを口実に、皆里へ帰した…殺してしまってはならぬと言ってな。それからはもう、維心も居るし、臣下もうるそうのうなった。なので、気楽に一人身でおったのだ。そこへ、主の転生を聞き、我は迷った…まだ記憶が戻っておらなんだ父から、主を奪う事は容易かったが、我にはそれは出来ずに…結局、指をくわえて見ておるしかなかったのだ。」

維月は、将維の気持ちを想うと、また苦しかった。愛していると言ってくれていた将維。それを残して逝って、転生しても尚苦しめて…やはり、記憶は持って来ないほうがよかったのかも…。

「将維…。」

将維は、維月を抱き上げて寝台へ降ろした。

「しかし、これからは我が妃ぞ。形式上と申しても、我の在位中はずっと公式の場では主は我の妃。これ以上のことはない。」と、将維は唇を寄せた。「維月…この時を待ちかねたぞ。」

将維は、数百年前の記憶と相まって、これほどの幸福があるものかと思った。もう二度と叶わぬと思っていたことが、今手の中にあるのだ。

その夜、将維は王であってよかったと、心底思った。


美しい着物に身を包んだその神は、月を見上げていた。黒髪の美しい女で、月の光に照らされたその姿は、本当に美しかった。その屋敷の庭に沿って長くある廊下に立ち、女は思っていた。

あのかたは、もう何も知っていらっしゃらぬ。気を感じるものの、意思を感じぬ…。

「阿久殿。」背後から、声がした。「どうなされた?」

阿久は、微笑んだ。

「なんでもありませぬ。」

阿久は、微笑んでその神の手を取った。我にあれほどのことを成すようにと命じた王であったのに。永の年月、それを共に成そうと離れて尽力しておったのに…。最後に感じたのは、月に封じられるという恐怖の念であった。しかし目の前に見えていたのは、龍の姿…。

阿久は心に誓った。きっと、きっと我があの宮へ行って、王の無念を晴らし申す!


将維は維月と並び、快く他の宮からの祝辞を聞いていた。しばらくは続くこととはいえ、維月は維心のことが気に掛かって仕方がなかった。いくら龍の気を抑えられるようになったとはいえ、やはり維心は龍なのだ。しかも前世の記憶を戻して、王であった記憶もまたあるのに。

維月は早くこれが終わって、維心の元に戻れることを願った。

そして、やっと今話していた神の祝いが終わり、次の神をとなった時、入って来た姿に維月はびっくりした…それが、神威であったからだ。

「まあ、神威様…。」

神威は微笑んだ。

「これはまた、龍王よ。我は事情はなんとのう分かっており申すゆえに、祝辞は控えさせていただくが、本日はお話せねばなぬと思うて参った。ここでは支障があるようなので、後ほどよろしいか?」

将維は何を話すつもりかと訝しんだが、この宮で龍王に逆らうことは死を意味する。それは神威でも例外ではなかった。神威もそれはわかっていよう。将維は頷いた。

「では、後ほど我の居間へ。侍女に案内させるゆえ。」

神威は頷いて出て行った。

維月は不安そうにそれを見送ったのだった。


神威が居間へ入って行くと、将維が正面の椅子に座り、維心と維月が横の席に並んで座っていた。それを見て、神威はやはりこれは維月を守るための仮の婚姻であるのかと悟り、将維に言った。

「将維殿。」

将維は、傍の椅子を示した。

「神威殿。そこへ掛けられよ。」

神威は頷くと、示された椅子に腰掛けた。

「我が知り得たことを、主に申す為にここへ来た。」神威はじっと将維を見た。「知っての通り、我には縁が見え申す。我と維月には、なぜか我が維月を助けるという縁が繋がってしまっておっての。我なら簡単に切ってしまえるが、これに何か意味があるならと思うて、いろいろと探ってみたのよ…最近は、ついぞ世間の神の縁など、じっと探ることも無うなっておったしの。」

将維は頷いた。

「縁を探るとは、どのような。それで何がわかると申すのか?」

神威は息を付いた。世間の神は、縁が縁がというが、それがどんなものか全く知らない。忍耐強く、神威は口を開いた。

「縁というのは、何も婚姻に関するものばかりではない。その中には主従関係もあれば、親子関係もあるし、それにの、殺し殺される関係というものもあるのだ。細かく見ると、きりが無いほどぞ。」

維月が息を飲んだ。そんなに細かいものなのね。神威は維月を見た。

「維月一人を見ても、無数の縁が繋がっておる。だが、それを解きほぐしてみて参ると、いろいろなことが分かって来る…例えば、皇子の維心と維月はもう、とても切れぬほどの縁で繋がっておるの。将維殿と維月は、強いが…これは親子のような感じであるな。しかし親子ではないの。夫婦でもあるのだが、またあまり見たことのない縁よ。」

それを聞いた維心が横で苦笑した。神威は、維心を見た。

「主の夫婦の縁はただ一つ、維月に真っ直ぐ繋がっている。迷いがないのが分かるの。将維殿とは親子。だが、将維殿が子で主が親。そんな縁よ。月との縁は兄弟。」

それを聞いた維心は、驚いた顔をした。

「我は十六夜と、兄弟だと申すか。」

神威は頷いた。

「別に実際がどうの関係ない。ただ縁の色がそうであるだけだ。おそらく前世からではないか?かなり古く、強いものであるから。」

維月が横でふふと笑った。確かにそんな感じかもと思ったからだ。全然似てないけど。神威は、将維を見た。

「主は夫婦の縁は、ただ一つ維月にそれらしいものが繋がっておるだけで他はないの。それから…主には最近繋がれた縁がある。」と、じっと将維を見つめた。「先程話した殺し殺される縁ぞ。」

維月が息を飲んだ。将維が誰かを殺すの?誰かを罰して?それとも…殺されるの?

維心がすぐに言った。

「王であるから、誰かを罰するのではないのか。」

将維が頷くと、神威は首を振った。

「そんな感じの色ではない。それにこれは、殺される方の縁ぞ。」

維心と維月が揃って将維を見た。

将維は、神威の目を見返した。


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