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龍王妃

前世龍王であった維心の正妃であった維月は、龍王妃であった。

今生、確かに次代龍王である皇子の維心ではあるが、現在の地位は皇太子、維月は皇太子妃だった。

前世で嫌というほど王と呼ばれ続けた維心は、まだ王位に就くつもりは毛頭なく、現在の王である将維が何度それを促しても首を縦に振らなかった。

将維にしてみれば、譲位してきままに月の宮で暮らしたいという願望があるようであったが、維心は前世1700年も王位に居た。それがたった20年ほどで転生することになって、また世に出て250年ほど、とてもまたすぐ龍王になろうなどとは思わなかった。

それほどに、龍王の地位とは重く、面倒なものであるのだ。

だが、その重さと引き換えに手にしていた権力は、強大だった。

龍は他のどの神よりも気が強く、そしてその頂点に君臨していた王は、まさに地上の王であったからだ。

その判断一つで何もかもが決まる。どんな無理を言っても、叶うのが龍王であった。なので、その龍王に逆らおうとするものは居らず、それは現在将維の代になっても変わらなかった。

しかし、皇子となれば話は別だった。

王と皇子は全く権力が違う。王が欲しいと言えば、皇子の妃であってもそれは王のものとなった。全ての権力が王に集中しているのが、神の世の形であったのだ。これは、力社会であるがゆえのことで、王はどの種族の中でも、誰よりも気の強い者がなるのが理であったのだった。

維心は、転生してしばらく、前世の記憶がなかった。

その間は将維を父と敬い、将維の判断に絶対的に従い、そして責務をこなして来た。

記憶が戻ってからは、皇子の頃の記憶から、将維のほうが維心の命に従い、そして責務をこなしている。表向きは将維が政務を取り仕切っているが、裏では将維が維心を頼るので、結局維心が判断していることもとても多かった。臣下達は知らぬながら、その気の強大さに前王を見て、維心の生まれ変わりではと囁き合い、早く王になってくださればと言っていると聞く。

それでも、維心は王座に戻るつもりはなかった。前世では、父を殺して就いた場所。決して、好きで王になった訳ではなかった。ただ父が憎かった…ゆえ、維心は今度こそ、世間並みに歳を取り、譲位されて王座に就くことを望んだのだ。記憶を戻したからと、まだ若い将維に安易に譲位されたくなかった。

しかし、維月の問題が出て来た。

前世では、散々に苦労した維月の争奪戦のことを思うと、王であってこそ叶ったことも少なからずあった。

何しろ維月は月であり、前世自分が娶った時は、まだ月になって間もなく、成長し始めたばかりの赤子のような状態だった。

聞いたところによると、維月は一生懸命努力して、維心に気に入られようと言われたままに神をめざし、そして月であるゆえ、無意識にその気を維心を繋ぎ止めるために、維心が好むようにと変化させ、成長した。

お蔭でその初めでも充分に維月を愛していた維心が、ついには片時も離れていられぬほど維月を溺愛するようになり、そして維月は、回りの神をも惹きつけてしまう女になってしまったのだった。

自分のせいとはいえ、維心は悩んだ。今生でも、前世の記憶を戻した途端、維月はまたあの状態へと変化した。それが自分を惹きつけるための無意識の、それも愛情が成せる業だと思うと嬉しくもあるのだが、このままではまだ皇子である自分では守り切れない事態になってしまう恐れがある。

将維に助けを求めることは出来るだろうが、数が王であった前世よりも増えることは確かで、その度に将維では、将維も間に合わぬ時があるかもしれぬ。

考えれば考えるほど、維心の悩みは深くなった…ではやはり、形だけでも将維の妃にせねばならぬのか…。我がまた王座に就くべきなのか…。

維心が考え込んでいるようなので、維月はそっと、月の宮の維心の対を覗いた。

維心は深く悩んでいるようだった。それが自分のせいかと思うと、維月は申し訳なくて入って行けなかった。維心が、ふと、こちらを見た。

「維月」維心は、すぐに手を差し出した。「どうしたのだ、そのような所で。こちらへ参れ。」

維月はおずおずと入って行くと、維心の手を取った。

「申し訳ありませぬ、維心様。私のせいで、そのようなお悩みを…。」

維心は驚いて首を振った。

「主のせいではない。我のせいよ。」と維月を引き寄せて頬を摺り寄せた。「主が我のためにとそのようになった。確かに我をがんじがらめにしてしもうて離れることが出来ぬようになったが、そのせいで他のヤツが寄って来るようになって…困ったものよ。」

維月は維心に言った。

「私、考えたのですけど。」維月は維心を見上げた。「気を遮断する膜を、ずっと纏っておったらどうでしょう?この姿だけでは、そうそう寄って来ないと思うのです。」

維心は首を振った。

「そのようなことをしておって、主に何かあったらどうするのだ。我も十六夜も気配が読めぬのだぞ。駆けつけることが出来ぬではないか。」

維月は下を向いた。

「でも…他に何も思いつかなくて…。奥宮にずっと篭っておっても、ここに帰って来たらまたこのような感じでありまするし、そもそも龍の宮よりこの月の宮のほうがよく知らないかたに出逢うのですわ。」

維心は頷いた。確かにそうなのだ。だが、十六夜の手前、帰さぬ訳にもいかぬ。

「…やはり形だけでも将維の妃にするよりないのか…。」

維月はびっくりして維心を見た。いくら形だけっていっても、妃となると…。公の場に出るのも、皆将維と一緒になる。維心様の妃であったことは皆が知っているのに、それを将維が取ったことになるし、維心様も臣下に気の毒に思われて、将維は臣下に横暴とか思われるんじゃ…。

維心はそれを察したのか、言った。

「いや、王族にはたまにあることぞ。確かに本当に王が取ってしまうこともあるが、皇子の身分では娶れないような状態の時に、王の妃として宮に入り、実際は皇子の妃であるとかの。そして譲位の際にそのまま妃として残す訳だ。身分どうのとうるさかったりするゆえな。主の時は誰もそんなことはいわなんだがの。皆、我が娶るというのなら、誰でもいいから子を!という雰囲気であったゆえに。今は月の地位もはっきりしておるゆえ、主の身分も高いが、あの当時はまだわからなかったからの。」

維月は今更ながらに身分違いだったことを思った。維心様も、前世かなり思い切ったことをなさって…。

維月は、ため息を付いた。

「本当に…気の揉めますこと。申し訳ないですわ。私がこちらへ残っても良いのですけれど…維心様にはご足労願わねばならなくなりまするが。」

維心は維月を抱き締めて首を振った。

「それはならぬ。離れて暮らすなど…我には出来ぬ。」と、立ち上がった。「侍女!」

月の宮では、用のある時にこうして呼ばねばならない。龍の宮では、いつも傍に控えている。だが、それが話しも何もかも筒抜けなので、落ち着かない時もあった。侍女が頭を下げて入って来た。

「お呼びでしょうか。」

「将維を呼ぶよう、蒼に伝えて欲しい。」

侍女はまた頭を下げて、出て行った。維心は維月を見た。

「とにかく、表向きは将維の妃に。それで支障が出て来るようであれば、また考えようぞ。」

維月は頷いた。維心がそう決めたのなら、従う。将維とは今は親子ではないけれど、あの子はあの子だから。と言っても、今の自分より年上なのだが。

維心は維月に口付けた。それにしても、転生してまで気も揉めることぞ…。


将維は、一時ほどして月の宮へ到着した。すぐに蒼の居間へと慣れた様子で入って来て、言った。

「で、どうなったのだ?蒼よ。」

将維は、特になんの抵抗もなく言った。そこに、維心と維月、それに十六夜が入って来て傍の椅子に座った。

「将維、話があるから呼んだのだ。」維心が言った。「主、維月を妃に迎えよ。」

将維は言葉に詰まった。確かに、神の世ではたまにあること。妃の身分が高い時、王が娶って実際は皇子の妃としているとか…。それをせよと言うのか。

将維が戸惑っていると、十六夜が言った。

「何しろお前が龍王なんだから、そうするのが一番維月を守るのに手っ取り早いんでぇ。別に正妃にする訳じゃないんだし、大仰なこともしなくていんだから、そうしてくれ。で、部屋とかややこしくなるんだよな?」

維心は頷いた。

「我の部屋へ呼ぶ訳には行かぬゆえ、我が維月の部屋へ行くことになるの。なので部屋は主と我の間ぐらいに位置にしてもらえれば助かるのだが。」

将維はただただ頷いた。話しがどんどん進んで行くのだが。本当に我の妃にするつもりなのか。しかし、いくらなんでも、最初の夜は共に過ごさねばならぬのだが、そこのところは分かって言っているのだろうか。

「父上、話は進んでおるようですが、忘れておられるのではないですか。」

将維が先を続けようとすると、維心が不機嫌に横を向いた。

「…わかっておるわ。だが、前世でも主は散々維月と共に居ったではないか。今更であるわ。他の神達にどうのと言われるぐらいなら、主のほうがマシよ。我の子であるからの。」

そう言いながらも、納得いかないようで、不機嫌に目を合わせない。将維は思った。そうか、わかっているのなら仕方がないの。

「分かりました。では、そのように。我は宮へ帰って取り計らいまする。今は我には妃が一人も居らぬゆえ、何も支障はありませぬし。」

維心は横を向いたまま頷いた。

「では、そのように。」

将維は頷くと、心配そうにしている蒼を横目に、将維は月の宮を飛び立って行った。

将維は心の奥からふつふつと何かが湧いて来るのを感じていた…まさか、こんな日が来ようとは。

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