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断ち切る

維月を前に、碧黎が言った。

「…ふーむ、確かに立派な縁が繋がっておるな。」碧黎は十六夜と維心を振り返った。「これは断ち切るのは難しいぞ。他の縁と絡んでおって、さすがは縁を司っておる者が繋いだものと言った感じよ。」

十六夜は眉を寄せた。

「あのな親父、そんなこた聞いてないんだよ。これがそのままだと、どうなるんでぇ。」

碧黎はため息を付いた。

「知れたこと。維月と神威はそういう仲になるであろうよ、遅かれ早かれ。これはの、夫婦を繋ぐ縁であるから。」

維月は自分を抱くようにして、身震いした。もうイヤ。これ以上なんだかんだ無理。まだ今生は始まったばかりじゃないの。このままずっと誰かに取り合われてすったもんだイヤ。

「お父様、なんとかして。」

維月は言った。碧黎は困ったような顔をした。

「愛娘の頼みはなんでも聞いてやりたいが、これは我には無理なのだ。介入になってしまうのでの。だが、心配ない。維心には出来るゆえの。」

維心はじっと考え込んでいる。確かに自分の力は大きいし、断ち切ることも出来ると分かる。だが、いかんせんやったことがない。なので、どうやったらいいのかわからないのだ。前世でも、こんなことは専門ではないので誰も自分には頼みに来なかったからだ。

「…我は、命を切り離したことしかないゆえ。」

十六夜が慌てて言った。

「おい、維月を殺しちまったら大変だぞ!大丈夫なのか?」

維心は黙った。大丈夫でないから悩んでいるのではないか。

「時をくれ。今考えておるのだ。」

維心はじっと黙り込んで目を閉じた。おそらく、頭の中で力の配分を組み立てているのだろう。あまり大きい力だと、命を切り離してしまう。命のラインも、同じ頭の上にあるのがまた厄介だった。

それを待つ間、碧黎は傍の椅子に座った。

「…ほんにのう。思えば維月がこの世に出て来ると決まったツクヨミが月音を生んだあの時に、十六夜と維心共に維月と縁が繋がって、こうやって未来永劫苦労すると決められたなどとは皮肉なことぞ。よかったのか悪かったのか。」

維月はびっくりした。そんな昔に、もう私が生まれることが決まっていたの?

十六夜がふてくされたように言った。

「良かったに決まってるじゃねぇか。維心と二人ってのが気に入らねぇがな。」

維心が目を開けた。

「…それは、初めて聞く。本当なのか。」

碧黎は頷いた。

「本当よ。あの頃主は、600歳から700歳ぐらいか。主ほどの力があれば、無意識下で気取っておったやも知れぬの。月であった十六夜は、地上に降りられぬから良いとしても、主はよく1000年もじっと待ったものよ。感心するわ。」

維心は、じっと固まった。我は待ったのか。1000年の間、維月が生まれるのを。知らなかった…ならば余計に誰にも渡すことなど出来ぬ。

維心はさらに集中して力の配分を考え始めた。十六夜はおもしろくなさげに言った。

「オレだって待ったんだっての。」

維月は十六夜の手を握って笑った。十六夜はそれを見て苦笑し、表情を引き締めて維心を見た。とにかく維心には、縁をどうこうする力を体得してもらわなければ。皇子という肩書でも、実際は地上の王であるとされている、維心なのだから。


神威はじっと自分が繋いだ縁を辿った。維月に繋がる縁…だがしかし、本当はこんな風に無理に繋ぐつもりなど毛頭なかった。だが、あまりにはっきりと嫁ぐつもりはないと言い切るので、意地になってしまったのだ。あの維心は、間違いなく龍王が転生した姿であった。話すこともだが、降りて来た時に感じた気は、間違いなく前龍王のものだったからだ。あの強大な気に勝てるはずもなく、そんな面倒な諍いに踏み込むつもりもなかったが、ついつい、あまりに横柄なので、あんなことを言い放った。あのように強く繋がっているものを、引き離すほど自分は我がままでもないのだ。

繋いだ縁を元に戻すかと思って、宮の中を維月の部屋へと歩いていると、何やらただならぬ気配がした。これは龍王の気…おそらく、維心の気だろう。もしかして、縁を切り離そうとしておるのか。

「やめよ!」神威は走った。「そんなことをしたら…」

維月の部屋の戸を勢いよく開けて飛び込むと、維心が刀を振り上げた所であった。神威はその前に飛び出した。

「ならぬ!」神威は言った。「そのように単純なものではない!わからぬか!」

維心は刀を振り上げたまま言った。

「何を申す、こんなもの、断ち切ってくれようぞ!」

神威は言った。

「我が切る!ゆえ、刀を退け!主の力では、全ての縁を断ち切ってしまうわ!」

維心は止まった。十六夜が眉を寄せて言った。

「何をしに来た、神威。維月に会いに来たんじゃねぇのか。」

神威は十六夜を見た。

「別に我はこんな縁などに頼らずとも、女には苦労せぬ。だが、意地になってしもうたのよ…あまりにはっきりと、否と申すゆえの。ゆえ、この縁は一旦切ろうとここへ参った。そしたら、維心がこのようなことを」と、維心を見た。「この縁はの、他の縁と絡めてあるゆえ、切ろうとすれば他のものまで切ってしまう。命までも切り離せる主の力では、全ての縁が尽く切れてしまうところであったわ…危なかった。」

維月が身震いした。神威は維月を見た。

「すまなんだの。とりあえずは、この縁は戻そうほどに。」

神威は手を上げた。スーッとそれが消えて行くのが、碧黎には見えた。維心もやっとそれを見ることが出来るようになっていたので、それが消えるのを確認出来、ほっとして刀を鞘に戻した。

「…では、早くこうしておけば良いものを。我もこれほどに悩まずに済んだ。」

神威はフンと横を向いた。

「我にも意地があるわ。あのように横柄にものを言いよってからに。あれではこちらも腹が立つというもの。」と、維心に視線を戻した。「主、己の力を軽く見るでない。命を切り離せる者は、確かに縁も切り離せよう。だがの、縁とはとても繊細なものであるのだ。複雑に絡み合っておるゆえ、一つだけを切るなどということは出来ぬ…我のように、消さねばな。少しずつ解きほぐして、絡んでおる所を離して切るのだ。主のように一度に切ってしまったら、それに関連する全ての縁が損傷し、折角強固に繋がっておったものも、瞬く間に消え去ってしまうことが起こる。そうなると、お互いの気持ちなど関係ない。引き離せないならば、どちらかが死してでも離れてしまうようなことが起こるのだぞ。縁とは、ほんに奥が深いものなのだ。」

碧黎が、感心したように言った。

「そうか、力技では駄目であるのだな。勉強になるの。あれをそのまま切っておったらどうなっておった。」

神威は顔をしかめた。

「…太い二本にくっつけておったゆえ…それが損傷するか、悪くすると完全に切れておったかであるな。損傷しただけでもかなりのいざこざがあると聞く。縁が薄くなるゆえに、会えなかったり機が悪くてかみ合わなかったりと次々に起こるのでな。酷い時には他の縁が強くなって、そっちが主になってしまい、損傷したほうは消えてしもうたり…なので、おそらくそのようなことにはなったであろうの。」

維心は背筋を冷たいものが流れるのを感じた。己のせいでそんなことになったら、せっかく長きに渡り育んで来た縁が切れてしまったら、誰を責めることも出来ない。

十六夜がホッとしたように立ち上がって言った。

「とにかく、ありがとよ。止めてくれなきゃえらいことになってたかもしれねぇってことだよな。オレ達との縁が切れて、お前はまた繋げば済むってのによ。」

神威は驚いた。確かにそうだ。放って置けば、自滅したものを。

「そう言えばそうよ。だがまあ、我はそこまで卑劣でもないわ。維月だって、他に居ない女であるから、まだ興味を持ったぐらいであるし。心底惚れておったら、放って置いたかもしれぬがな。」と伸びをした。「なんだか疲れたわ。我は休む。」

神威は部屋を出て行った。だがその背に、細く長い一本の縁が、維月と繋がっているのを碧黎と維心には見えた。

神威が意識したのではない、夫婦でもない縁のようだったが、それが何の縁なのか分からず、その時は誰も咎めなかった。


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