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あっちもこっちも

神威はあくまでも真剣にこちらを見て、維月の答えを待っている。維月は、言った。

「…神威様。」維月は慎重に言った。「いくらお好きにされてもと言っても、私は駄目でございまするわ。なぜなら、私は常、龍の宮に住んでおりまする。維心様の妃であるので…。」

神威は驚いた顔をした。

「維心?あの将維の皇子か。」と、神威は首を振った。「別に良い。将維の妃であるならまた大変であろうが、維心なのであろう。」

維月はさらに言った。

「それに、生まれた時から一緒の、兄の月である十六夜も私の夫でありまする。これ以上、私には縁を繋ぎようはありませぬゆえ。神威様なら読めるのではありませぬか?私の縁を見てご覧になってくださいませ。」

神威はじっと維月の頭の上辺りを見た。たくさんの縁が伸びているが、その中で夫婦としての縁を見ると、とても古い、そして太く強い縁が二本、しっかりと繋がっていて、これは神威でも切り離すのは大変に苦労しそうなもの。それは一本は空へと真っ直ぐに伸び、一本はここより南の方角へと伸びていた。そして、極新しい縁が一本繋がっていて、これはこの月の結界の中のどこかへ伸びていた。これが、数日前に見たあの龍のものであるな…。神威は思った。

「…数日前に共に居た龍は、最近出逢ったのであるな。」

維月はびっくりした顔をした。

「はい。確かにそうでありまするが…。」

神威は立ち上がった。

「それなら、我にもどうにか出来そうであるの。維月、我はその気になれば、どんな縁でも切り離すことが出来る。しかし古いほうの二本は、出来るが死するほどの力を持ってしなければ切れぬ厄介なもの。しかし新しいものは、簡単であるわ。それと我を入れ替えれば、主にも余裕が出来ようほどに。」

維月は慌てて立ち上がった。

「そのような!そんな不自然な方法で縁など繋いでも、良い事などありませぬ!」

神威は不思議そうな顔をした。

「何を申す。我は人であっても神であっても、乞われればそのようにして縁を繋いで来たものを。不自然とはなんぞ?」

維月はその表情に戸惑った。本当に分からないようだ。確かに縁結びとか縁切りとか人の世の時寺やら神社やらで見たことがあるが、神が本当にそうやって縁を動かしていたなんて。

「とにかく、私はそれを望んでおりませぬ。」

神威は眉をひそめた。

「我の妃にならぬと言うか。」

維月は頷いた。

「そのように望んで下さるかたは幾人かおりまするが、私が選んだのは維心様。嘉韻は維心様が許された時だけ私と共におりまする。十六夜は元より私と離れることはありませぬ。本体の月を共有する兄弟ですので。神威様、私は神威様に嫁ぐ訳には行きませぬ。」

神威は黙って維月を引き寄せると、唇を塞いだ。維月は慌てて離れると、顔を横へ向けた。

「神威様!おやめくださいませ!」

「主と、縁を繋いだ。」神威は言った。「我の縁を作った。誰を切り離した訳でもない。主は我から離れられぬ。」

上から声が振って来た。

「神威!」と、舞い降りて来る。「やめよ!」

維心が、息を切らせて維月の前に立ちはだかった。慌てて飛んで来たのは、誰の目にも明らかだった。

神威はその姿を見て、一瞬驚いた顔をしたが、すぐにフッと笑って言った。

「ああそうか、龍王の子の、維心か。あまりに前王に似ておるゆえ、驚いた。」

維心は神威を睨み付けた。

「維月は我が妃。主はいつからそんなに偉くなった、神威。」

神威は、維心の目を睨み返した。

「主こそいつからそんなに偉くなったのか?維心よ。祖父の名を継いだゆえ、気が大きくなっておるのではないのか?」

維心はフンと鼻を鳴らした。

「では、将維に言うても良い。肩書きが必要であるならの。神威よ、宮に来て父に見られただけで泣いておった主が、今更にどれほどの力を持って我に仇成すと申すか。鯉を取るのは、少しはうまくなったのか。」

神威は目を見張った。それは、1800年ほど前の事ではないのか。まだ子供であった自分を連れて、父は龍の宮へ行った。その時の龍王、張維のあまりに強大な気に、一睨みされただけで泣き出し、その面倒を見るように言われたのが、さらに強大な気を持つ100歳ほど年上の皇子、維心だった。維心は困って何も言わず、神威を連れて庭の池に行った。維心が事もなげに気で鯉を掴むことが出来るのに、神威はなかなか出来ずにまた泣き出した…。

しかし、それを知っている者は、もう誰も生きてはいないはず。前龍王、維心が死んでからは…。

「…それは…誰から聞いたのだ。」

維心は目を細めた。

「誰でもなく我自身が知っておるわ。我に子守りなどさせおって。」と、維月を抱き寄せた。「維月は前世でも今生でも我が妃。誰にも渡すつもりなどないゆえに。疾く去ぬるが良い。」

神威は、間違いなくこれが維心の転生した姿であることを知った。前龍王が溺愛し、ただ一人愛したのは月の維月。では、共に転生し、今生でも共に居るのか。だからこの強い縁を繋いでいるのか。

神威は言った。

「我が縁を繋いだゆえに、切れることはない。前世誰であろうとも、この力は別よ。主は命を、我は縁を司っておるのだからの。主が必死に繋いでおるその縁も、我は断ち切ることが出来るのだぞ?それを忘れるでないわ。」

神威はそう、言い置くと、スッと飛び上がって、宮の方へと戻って行った。

維心はため息を付いた…また厄介なヤツが介入して来おった…。


蒼は心労のあまり倒れそうだった。

維心が険しい顔で目の前に座っていて、その横に十六夜が甲冑のまま疲れたように座っている。

そして、いきなり呼び出された将維が、また同じように険しい顔をして座っていた。

「それで」将維が口を開いた。「我にどうせよと?会合の途中であったのだぞ。父上は突然中座されるわ、我はいきなり出て来るわで、宮でも何事かと心配しておったわ。」

十六夜と蒼は顔を見合わせた。

「あー」十六夜は言いにくそうに言った。「なあ、維心。維月を、一回形だけでも将維の妃にしちまったらどうかと蒼と話してたんだがな。」

将維が仰天した顔で十六夜を見た。維心はますます険しい顔になって言った。

「父に妃を取られると、そういう訳か?」

蒼は首を振った。

「そうではないのです、維心様。今の維心様は王でない。皇子であって、あの母さんを望んで来る王達から守り切るのは難しいのですよ。前世は龍王であってあれほど牽制していてもあれであったでしょう。今生では、皆皇子の妃か、というような反応で、このままでは、どれほどの王がやって来ることか。」

十六夜は頷いた。

「わかってるんだろう。ここでは王と皇子がどれほどに力の差があるかってことぐらい。将維は知ってるからお前に偉そうには言わねぇが、本当ならお前はハイハイ言うこと聞いてなきゃならねぇだろうが。オレの妃だって言ってもいいが、オレは維月と一緒に暮らしてねぇしよ。四六時中守ってられねぇだろう。維月をここに置いて、お前がこっちへ通う形にするならいいけどよ。」

維心は視線を落とした。まさに究極の選択なのだろう。ここへ維月を返して十六夜に任せるか、将維の妃に形式上して龍の宮へ置くか。

「…すぐには答えは出せぬ。」維心は言った。「思えば我は、王でよかったと前世思うたこともあった。維月を娶るには、王でなければ無理だと思うたからだ。月であるゆえ、あまりに競争率が高すぎるのよ。確かに、皇子の妃では、説得力に欠ける。王の妃であるから、牽制出来るのだ。わかっておるがの…ほんに難しいことぞ。」

将維が眉を寄せた。

「だから我が譲位しようかと言ったものを。」将維は言った。「今からでも遅くはないであろう。父上、王座に就けばよろしいのです。我は隠居して気楽に過ごしまする。ここに移り住んでも良いの。」

維心は、将維を睨んだ。

「また主は楽をしようとする。我は前世1700年君臨したのであるぞ?たかだか数百年で隠居など、ならぬ。それに不自然であると前にも言うた。主はまだ400歳にもならぬではないか。それほど若こうて隠居など、聞いたこともないわ。」

蒼は、皆を代わる代わる見ながら、言った。

「じゃあ…将維の、妃に…?」

それを聞いて、皆が維心を見る。維心は本当に頭を抱えた。

「…しばし待て。」維心は絞り出すように言った。「考えてみるゆえ。まずは神威のことぞ。我がその繋いだとか申した縁、断ち切って見せようほどに。話しはそれからぞ。将維、主も宮に帰っておれ。また呼ぶゆえ。」

維心はふらふらと立ち上がると、出て行った。将維はため息を付いた…形だけ妃と言っても、部屋は近くなるし、たまには共に休まねばおかしいし、そうなると父上はまた騒がれるんだろうし…我は妃になるなら嬉しいが、ずっと恨みの目で見られるのも疲れそうだ。

将維は宮のほうを治めねばと、すぐに龍の宮へ向けて飛び立った。

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