司るもの
「出来る」碧黎は言った。「それがあやつの能力であり責務よ。」
十六夜は眉をひそめた。
「それじゃ困るんだよ。なんとか出来ねぇのか。いったい、どんな能力なんでぇ。」
碧黎は、宙を見て、どう言えば分かるのかと考えた。
「そうよの、それぞれに能力があるであろう…維心が命を司っておるようなものよ。自分で作るものばかりでもない。命は全て、維心が作ったものではなかったが、操れたであろう?そんな感じよ。縁と申すのも、人や神が各々で生きて行く道で作り上げて行く。神威はそれを、操れる訳だ。ま、簡単なのは、今ある縁を切ってそれをそのまま自分に繋ぐことよの。維心が前世で若月の命を切って、維月に繋いだのと同じ原理よ。」
十六夜は考え込んだ。
「困ったな。維心は今は、そんな力はねぇし…。」
碧黎は眉を跳ね上げた。
「なんだと?維心に力がない?」
十六夜は呆れたように言った。
「親父、維心は今王じゃねぇだろうが。王は将維だ。」
碧黎は同じように呆れた顔をして十六夜を見た。
「何を言っておるのだ、今命を司っておるのは維心よ。あのな十六夜、王とは、勝手に神達が決めるもの。対してこういうことはの、その種族の一番力を持つ者が司る。維心が死んだ時、それは将維に移ったが、転生した今、また維心に戻っておる。そんなことも見えぬのか。主は月であろうが…ほんに悲しくなるわ。」
十六夜は、心底驚いて碧黎を見た。そんなことは、思ってもみなかった。
「じゃ、あいつ…また、その、大きなくくりから見たら、王なのか。」
碧黎は頷いた。
「ただの王ではない、地の王よ。わからぬか、あやつは誰かの命を犠牲にせねば生まれ出る事も出来ぬほどの、力を持っておる命なのだ。あんなものは他には居らぬ。元々我が地を平定させようと造り上げた命であるからな。」
十六夜は、ただ驚いた。そんなことは、きっと本人も分かってはいないだろう。今生は気楽にやろうと思っているはずなのに。十六夜はなんだか、気の毒に思った。
そして神威に話を戻した。
「で、親父、維心は神威を止める事が出来るのか?」
碧黎は難しい顔をした。
「そこよ。恐らく出来る。だがの…どうであるかなあ。やり方を知らんのではないか?考えたこともないであろうが。主は大丈夫よ、主らは同じ体の右手と左手のようなもの。きりはなす事は到底無理よ。維心はあの力と能力があるし、神威も手を出せまい。一番危ないのは、嘉韻かの。」
十六夜は、また驚いた。嘉韻?
「あれって…縁が繋がってるのか?」
碧黎はハーッとため息を付いた。
「繋がっておるわ。子が出来てもおかしくないほどの。縁が無ければあのようにはならん。」
十六夜は、自分が縁というものについてほとんど知らないことを知った。なので碧黎に、もっと詳しく聞いておこうと思った。
「そもそも縁ってのは、なんで出来るんだ?」
碧黎は驚いた顔をしたが、忍耐強い顔つきになった。
「そうか、知らぬの。縁というものは、生まれた時から繋がっておるものもあるし、生きて行く間に出来上がるものもある。強く望めば縁が出来ることが多いの…それが強くなれば来世の縁へと繋がって行く。つまり想いというものが縁を形作ることが多いの。」
十六夜は考えた。
「嘉韻は、自分で作ったのか?」
碧黎は頷いた。
「そうだ。あれは強い想いが成せる業。そして維月と縁が繋がって、維心が許すなどという曲芸的なことも起こった訳よ。なので二人は今も共に居るであろう?」
十六夜は首を傾げた。
「維心に負けたのは、維心の想いのほうが強かったからか?」
碧黎は考え込む顔をした。
「そうよのう…維心と維月はもっと深く長く繋がっておるゆえな。前世でも、実は出逢う前から繋がっておったのだ。維月が生まれ出ることは、ツクヨミが子を成した時に決まっておった。その時から維心と維月の間には縁が生まれ、維心はじっと維月を無意識に待っておったことになるの。十六夜、主との縁が生じたのも同じ時ぞ。なので、今のこの状態は道理なのよ。強い縁が繋がっておったゆえに、こうなるのは必然であるの。なので今生で少し前に作られた縁が、その強い縁に勝てる訳はなかったのだ。」
十六夜は感心した。そんなことが起こっていたなんて知らなかった。だが、碧黎にそれがわかるってことは、神威にはもっとわかるのではないか。
「だったら、神威がオレ達の間に割り込んで来ることはねぇな。これ以上無理じゃねぇか。見えてるんだから、諦めるだろう。」
碧黎は少し考えて、息を付いた。
「で、あればいいがの。神威も己の感情には勝てぬかもしれぬ。唯一の縁を司る神であるのだから。自分のことは、例外と考えて、無理に繋ぐやもしれぬ。維心を見よ。あやつは維月を己の元に留めるためなら、全ての能力を使ってそうするであろうが。この、恋うるという感情は、なかなかに侮れぬ力を持っておるのだ。どれほど利口な者でも、狂わせてしまうほどのの。」
十六夜は、それを聞いて不安になった。本体が繋がっているオレと維月はどうあっても引き離されることはない。だが、維心と嘉韻は、そうは行かない。もしかして、無理矢理にでも縁を断ち切ってしまったら…。
言い知れぬ嫌な予感が、十六夜の胸に押し寄せていた。
四日目の朝、維月は十六夜の所に帰って来た。
嘉韻は約束を違えず、三日できちんと維月を返した。まだ王妃ではなく、皇子の妃である維月は、とても身軽なので、二カ月に一度はこうして帰って来る。嘉韻も、すっかりそれに慣れて落ち着いているようだった。
一方維心は、今生ではまだ皇子であるので雑務が多く、王の時のように気ままにこちらへスッと来られないようだ。三日と言っていたが、だいたい一週間ほどでこちらへ来ることが多かった。その間に、一か月分の仕事を全てこなして出て来ると言うのだから感心していた。
維月は、そんな維心を待つ間、十六夜と一緒に居るのだが、十六夜も最近は軍の世話をしているので、たまに離れていることがあった。
今日はそうで、一人きりでぶらぶらしていると、森の中で、黒い様な青い様な髪の、紺色っぽい瞳の神に出逢った。
その男は、ぼんやりと木々を見上げていたのだが、維月に気付いて驚いたように言った。
「…なんと。月か…そちらから来てくれるとはの。」
維月は誰だっただろうと思った。
「お約束しておりましたかしら?」
相手は首を振った。
「いや、まだぞ。しかし話したいとは申しておいた。我は神威と申す。」
維月は、まだ誰だったかと考えながら、頭を下げた。
「維月と申しまする。」
神威は、森の中の木のベンチを指した。
「話さぬか?」
維月は頷いた。話しているうちに思い出すかもしれないし。
ベンチに腰掛けると、前を流れる小さな川が見える。二人は並んでそれを見ながら、しばらく黙って座っていた。神威がため息を付いた。
「…何かご心配事でも?」
維月が問うと、神威は頷いた。
「…我のことであるが」神威は重い口を開いた。「我はの、縁を司っておるのだ。先の戦で眷属はほとんど死して、残ったのは200名も居らぬ。その中で我の位置は重要で、この力で世の縁を全て司っておるゆえ…子を成せと言うのよ。我が死んでは、縁が消えてしまうとの。我はもう、1900歳を超えておるから。」
維月は驚いた。そんな歳まで生きて居るなんて。維心様でも一度死んだのに。
「まあ…気が進まぬのですか?」
神威は頷いた。
「別に相手が居らぬ訳でもない。ただ、そういう気になれなかっただけよ。そのまま来てしもうたのだ。我はそんな血を絶やさぬなどという理由で子など成しとうない。なのに皆、己のことばかり言う。縁が消えては大変だから、子を成せ、とそればかり。我の気持ちなど、誰も分からぬのだ。確かに我は、絶滅危惧種であるかもしれぬがな。」
維月はフフと笑った。絶滅危惧種だなんて。動物みたいじゃないの。神威はそれを見て、不機嫌に言った。
「…笑い事ではない。本当にそんな扱いぞ。」
維月は頭を下げた。
「申し訳ありませぬ。そうですわね…」と、維月は考え込みながら川を見た。「では、子は要らないのではないでしょうか。神威様がそのようにお考えなら、良いではありませぬか。」
神威は驚いたように、維月を見た。
「何を申す。我が居なくなったら、縁が消えてしまうぞ?主は夫が居るのであろう…皆と縁が切れてしもうたら、困るのではないのか。」
維月はじっと黙っていたが、言った。
「私、思うのですけど、別に神威様が居なくなっても、縁は大丈夫だと思うのですわ。」
神威はびっくりした。だから縁を司っていると申しておるのに。聞いておるのか、この女は。
「…しかし、居らねば消えると、父に…」
そこでふと、思った。確かに父にそう聞いた。だが、我が血筋が絶えたことはない。なので、どうか分からない。
維月が神威を見た。
「まだ消えたことがないのでしょう?ならば、本当かどうか怪しいものですわ。だって、維心様だって命を司っていらして亡くなったけれど、だからって何か変わったかと言えばそうではなくて、今の龍王の力もあるかもしれないけれど。でも、龍王の血筋が途絶えて、世の全ての命が無くなるかというと、そうではないでしょう?困るのは臣下達ぐらいで。」
神威は確かにそうだ、と思った。我は縁であるから、それが消えるとなるとなんだか漠然としていて、本当に世の縁が全て滅するのだと思い込んでおった…。
維月は続けた。
「それに、縁ってどうにかなるものですわよ。」神威が驚いているのを無視して、維月は言った。「このかたと繋がっているんだという強い気持ちがあれば、無くなったってすぐに復活して来るように思いまする。深く愛して離れたくないと思う気持ちって、とても強いのですわ。親の子に対する気持ちもそうだし、子の親に対する気持ちもそうだし。消えてなくなるなんて有り得ませんわ。消えたらまた作れば良いのですから。私は、愛する方達と必ず縁を繋いで見せまする。だいたいそれを神頼みっておかしいのですわ。縁が無いなら、自分でなんとかしなければ。待ってるだけでは縁なんて強く繋げないのですもの。繋ごうという強い意思があれば、神の力なんて要らないのです。頼れば楽でありますけれど、そんなことでは良い縁は繋げないと私は思います。」
神威は、茫然とその話を聞いた。確かに、そうであるように思えたからだ。縁を司っていながら、そんな風に考えたことはなかった。何しろ自分は、縁を結ぶほうであったし、結ばれるほうの気持ちなど考えてもいなかった。ただ望むようにしてやったり、回りを読んで、しなかったり…。
しかし、考えればそうだ。神頼みばかりではなく、己で何とか出来るものてはないか。現に強い想いは縁を作り出し結ぶ。我の力でなくとも…。
それにしても、維月とはなんとはっきり物を言う女であるのか。神でこんなに己の意思をはっきりと述べる女は居らぬ。月であるからか…?神威は、じっと維月を見た。
「主は最もな事を言う。確かにその通りぞ。我が居らぬようになっても、少しは混乱するやも知れぬが、縁は無くならぬの。確かにな。」
維月は微笑んで頷いた。
「そうですわ。神威様は、お好きになされば良いのです。ご自分の生であるのですから。思う通りになさいませ。」
そうよ、維心様だってそうだったし。維月は思っていた。神威は維月の手を取った。
「維月よ…我は主と縁を繋ぎとうなった。夫が居っても構わぬゆえ、我が妃にならぬか。」
維月は仰天した。
妃?!妃って…もしかしてこのかたは、王?!
維月は記憶を必死に辿った。そう言えば、転生してからの記憶にぼんやりとある…あれは前世の記憶をまた封じられた時に、宮に長く滞在していたかた…。
「神威様…王であられるのですか?!」
神威は頷いた。
「そう、我は王だ。だがここにこうして通うゆえに、今の夫と離れる心配はあるまい。どうであるか?」
維月は茫然と神威を見た。それでなくても今生は、一人増えて十六夜と維心様と、嘉韻がいるのに。この上まだ神威様なんて、無理!




