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神威は、縁を司る神だった。

先の戦で臣下のほとんどを亡くしたが、蒼と将維に手助けされて新しい宮を立て直し、それも落ち着いて心安く暮らしていた。

その神威は、蒼を気に入って、よく一人で月の宮に遊びに来た。今日も、突然にやって来た神威に驚きながらも、蒼は困ったように微笑みながら神威を迎えた。

「神威殿。こちらは別に構わんが、主の臣は困っておろう…毎回突然にこのように出て参って。」

神威は、拗ねたように言った。

「なんだ主まで。」と、勧められた椅子にどっかと座った。「あやつらはの、我がもう1900歳を大きく超えたことに危機感を持っておって、子を子をと聞かぬのよ。今日も妃だどうのと言って来るものだから、腹が立って出て参った。やってられぬわ。」

蒼はどこかの誰かに似ているなあと思いながら、神威に言った。

「であろうが、子は必要ではないか?前龍王の維心様であっても、1700歳で妃を迎えて子を成した。なので亡くなった後、将維が立派に後を継いでおって、臣下達は困っておらぬのだから。」

神威は唸る様に言った。

「それも臣下と同じことを言うておるぞ。わかっておるわ。だが、そんな気になれぬ。それだけよ。我が生きておるのだから、別にいいではないか。確かに我が亡うなったら、世の縁というものが途切れてえらい事になるよの。わかっておるが、ま、だからこそ死なぬのだろうなとも思うておるのだ。」

蒼は呆れた。そんなものを背負っているのに、それでもそんな気になれないから妃を娶らないなんて。昔から生きてる神ってみんなこんな感じなのだろうか。

「…オレも、早く子を作って欲しいと願う。縁が切れては、困るしの。」

神威はしばらく黙ったが、頷いた。

「ま、考えようほどに。」と立ち上がった。「で、いつもの客間を使わせてもらうゆえの。我はここに居るのが一番落ち着くやもしれぬ。」

蒼は頷いたが、複雑な気持ちだった。神威…前世の維心より、100歳年下なだけの神。おそらく、今はこの神が一番の長命だろう。早く子を作ってくれないかなあ…と蒼は思ってため息を付いた。


神威は面白くないと、一人森を散策していた。

皆が皆、己のことばかり言う。確かに誰かと縁を繋ごうと思えば、自分には簡単に出来る。しかしそれをしようと思うような女に出逢ったことがないのだ。なので、仕方がないではないか。

やけ気味に森を歩いていると、遠く森の奥から、女の笑い声が聞こえた。複数居るように気を読んで感じたが、今の笑い声の主は、誰かと二人で…いや、三人か?散策しているようだった。

神威がそちらを伺うと、見た事のある金髪の龍と、そして見たこともない気を発する美しい女が、子を抱いて歩いていた。女のほうは、美しいと言っても目が覚めるほどでは無く、それでもその気の発する懐かしいような癒すような、それでいてこちらを乞うような気は、神威を惹き付けた。こんな女は、見た事がない。

女は、男の抱く子に言った。

「まあ慎也。そのように暴れては駄目よ。履物が…ほら…。」

男は笑った。

「良い。少しぐらい汚れてもの。男は元気であるのが一番よ。」

女は微笑んで、その男の腕に手を掛けた。男も、その女を愛おしそうに見ている。どう見ても夫婦と、その子供らしかった。

子持ちの女であるのか…。神威は少し気落ちした。もしかして、我が相手に出来るかもと思うたのに。

そう思った時、向こう側から、誰かの声が飛んだ。

「慎也!もうこちらへいらっしゃい!邪魔をしては駄目よ?せっかく二人で散策しているのに…。」

栗色の髪の女が顔を覗かせた。こちらもとても美しく、気品のある女であった。その後ろから、黒髪の龍が出て来て、手を差し伸べた。

「さあ、父の所へ来い!湖へ行こうぞ。」

慎也という子供は、笑って金髪の龍の腕から飛び降りた。

「父上!我は魚を釣りたい!」

黒髪の男は、慎也を抱き留めると、言った。

「よしよし、行こうぞ。明人が先に参っておるゆえ。」と金髪の龍を見た。「主らはゆっくりせよ、嘉韻。我は結朋を連れてあちらで待っておるゆえ。」

金髪の龍は頷いた。

「では、我らはもうしばらく散策いたしてから参る。」と、傍らの女の手を取った。「参ろうぞ、維月よ。」

維月と呼ばれたその女は、嘉韻の手を取って歩き出した。維月…。どこかで聞いたことのある名。神威は考え込みながら、宮へと戻った。


「それは、月だ。」蒼が即座に言った。「月には二人居ると話したであろうが。陽の月の十六夜と、陰の月の維月。それは陰の月よ。」

神威は驚いて言った。

「あれが月か。我がイメージしていた月とは、まさにあのような感じよ。十六夜が月だと現れた時は、なので驚いたものだった。月…我は、あれと話してみたい。」

今度は蒼がびっくりした。

「維月と?別に良いが、三日待て。今は駄目であるぞ、あれも休日であるゆえ。」

神威は顔をしかめた。

「月に休みと?まあ良い、では待とうぞ。」

去って行く神威を見ながら、蒼は嫌な予感がした。神威は今まで独身でいた。つまりは、ツボにはまる女が居なかったということだ。そしてそれは、いつも母さんに寄って来る男に共通していた特徴…。

蒼は頭を抱えた。今度こそ違いますように。もうこれ以上ごたごたはよしてくれ。

だが、やっぱり心配だったので、十六夜には話して置こうと月に向かって言った。

「十六夜!ちょっと来い!」

月から、きらっと何かが落ちて来たかと思うと、十六夜がすごい勢いで人型になって目の前に立った。

蒼は面食らった。

「なんだ?!なんだってそんな急いで降りて来るんだよ。」

十六夜は腕を組んで浮いていた。

「なんだよ、えらっそうに。せめて、降りて来てくれって言え。ちょっと来いとはなんだ。」

蒼は膨れた。

「別にどっちでもいいじゃないか。それより、気になることがあるんだよ。」

「なんだよ。聞いてやらあ。」

十六夜があまり機嫌が良くないようなので、本当は言いたくなかったが、蒼は神威のことを話した。最初は普通に聞いていた十六夜だが、段々と眉が寄って、最後には顔をしかめた。

「…ヤバいじゃねぇか。完全にそれは、維月に興味持ってやがる。」

蒼は頷いてため息を付いた。

「やっぱりそうか?なんだって、今日は母さんは森なんて散策してたんだ?」

十六夜は手を振った。

「ああ、帰って三日は嘉韻のものだろ?だから嘉韻の友達夫婦たちと一緒に、遊びに出てたんだよ。普通の夫婦したいって訳だ。何もアレばっかしてる訳じゃねぇよ。ままごとみたいなもんなんだから、そこは見逃してやれよ。何しろ三日しかねぇんだから。」

蒼は首を振った。

「別に散歩ぐらいしてたっていいんだけどさ、神威殿に見られたのが良くないんだよ…また維心様が来たら大変だぞ?もしも神威殿まで母さんをってなったら…。」

十六夜は大袈裟にため息を付いた。

「あいつは縁を司ってやがるしなあ、子は作ってもらわなきゃならねぇが、維月は駄目だよなあ。今生ではまだ誰の子も生んでないんだしな。あれは前世の維月じゃねぇか。お前だって正確にはもう息子じゃないんだしな。」

蒼は立ち上がってうろうろした。

「どうしよう、母さんを嫁にとか、それでなくても貸してくれなんてことになったら。維心様は今まだ王じゃないし、将維になんか言ってもらわなきゃならなくなるし、そうなると事は大事じゃないか。龍王が出て来るなんて。」

十六夜も困ったように月を見上げた。

「本当になあ。維心が王だった時は、面倒だけどそれでもあいつ自身がなんとか出来たから便利だったものの、今生ではまだ皇子だからなあ。王と皇子じゃ全く権力が違うからなあ…。」

蒼はふと思い当たって、立ち止まった。

「…でも、縁を司ってるって、もしかして」と十六夜を見た。「もしかしてこっちの縁を切って、自分と縁を繋ぐとか、出来るんじゃあ…。」

十六夜も顔色を変えた。

「…確かにな。」十六夜は、立ち上がった。「ヤバイな。親父に聞いてくらぁ。何か知ってるかもしれねぇし。」

「オレにも教えてくれよ。」

蒼は言った。十六夜は頷いた。

「ああ。ほんとに維月には面倒掛けさせられるよなあ。前世も今生もだぞ?何もなかったのは死んでた時ぐらいだ。黄泉は穏やかだったぞ~。」

十六夜は、呆れたように言うと、出て行った。蒼はそんなこと言われても、と思っていた。月が居ないと大変だったのだ。それでも20年は自分一人で頑張ったんだから、しばらく死んで楽してた分、十六夜には今生で頑張ってもらわないと…。


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