バットを持った社会人
バットを持った社会人
電車に揺られながら私はいつもこんな計算を行っている。
私は日々片道2時間かけて会社に出社している、往復すれば4時間だ。
つまりこれはどういう事かというと一日の 「1/6」 は移動に費やしているわけだ。
将来これからも私は毎日毎日この電車で会社に行くのだろう。
つまり、私の人生の「1/6」は移動という何の意味も持たさないものに
縛られながら生きていかなければならないのだ。
青年は朝日を拝むと目がくらんだ、自分の人生はこんなものなのだろうか?
始発の電車に乗って朝7時には会社出社しなければならない。
人生とは退屈でつまらなく、そして自分を苦しめるものなのだろうか。
電車から流れる風景は無秩序にビルが乱列されている、次第に電車は坂道を転げ落ち
車体が傾いた。
暗いトンネルだ。現実の波が青年を絞めつける。
誰もいない電車内では銀色に輝くきれいなバットが転がっている。
足元に止まった。
バットは電車の揺れに呼応して青年の足元を叩いている。
周囲を見渡し銀色に光り輝くバットを手にした。
青年はかつて少年であった記憶を思い出す。
少年の時は未来をみすえ夢に向かって生きていた…この光り輝くバットのように。
所が今はどうだろうか?毎日禿た上司に丸い頭を下げては歯を食いしばり。
こめかみには脈々と血管を浮き出させている。
バットを振ることで明日を見出していた時からは想像もできない現実だ。
誰もいない電車内で青年はバットを握り絞めた。
ボールをバットのミートに当てホームランを打った感覚がよみがえる。
自分の気持ちを乗せたボールはフェンスを越えていく。あれは夢だったのだろうか?
電車はホームに着くとけたたましくベルが鳴り響いた。
虫のように奇怪に動く人間が入ってくる。青年はバットを立て脇に置いた。
青年は下を俯き目を閉じた。
気が付くといつの間にか会社に出社していた。
タイムカードは6時50分を告げている。
丸く禿た上司にあいさつを行い俯くとデスクの脇にバットが光輝いていた。
あいさつを終えバットに駆け寄った。バットは相変わらず銀色に光り輝いている。
再び握り絞めると手の豆がバットを力強く握らせる。バットをもう一度振りたい衝動に駆られる。
何も考えずただ明日を見据えて振りぬいた日々だ。
もう一度バットを振りたい。
丸いボールを打ち抜き自分の気持ちを乗せたホームランを見たい。
丸く禿た上司が怒声を上げた。
今日も青年は頭を下げるのだろう歯を食いしばり謝らなければならない。
豆が出来た手を握り絞めて耐えなければならない。
しかし、今日は違かった握り絞める手にはバットがある。
そして、目の前には丸く禿た上司がこちらに近寄ってきている。
ボールはこちらに近づいた。
ど真ん中のホームランを打ち込めるボールだ。
青年はバットに気持ちを乗せ、手を握り絞めた。
思い切りのいいスイングと共に、丸いボールを振り抜いた。
ボールがミートする感覚と振動が手に響く。
丸く禿た上司は血を吹きながら天に仰いだ。
青年の気持ちを乗せて…
ホームでベルがけたたましくなり響いた。
人が蠢くハチのように電車内に入っくる。
気が付くと青年は電車内でバットを握り絞めていた。
朝日を拝むと赤色にビルが染まっている。
そして、青年はバットを握り絞め電車を降りた。
おわり