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前一話:start

主人公の昔話の第一話。本編には少し関わりますが、蛇足です。読まなくてもいいかもしれません。

 あー途轍もなくいきなりですまないんだが、回想を入れさせてくれ。

 なんというか混乱しててさ。気分を落ち着かせるためにも、回想に耽りたいんだわ。


 いざっ!と意気込んで、やっぱり初っ端で躓く。

 どう冷静になって思い返してみても、今の少年の姿と、俺が先程思い返した死ぬ瞬間の記憶とが全く繋がらない。


 こりゃ手を抜いてる場合じゃないな。

 俺の記憶とやらが本当にあったものなのかを、半生を丸ごと一から振り返って確認しよう。



 はてさて、まずは俺の出生からかね。

 俺は米国のスラム街で生まれたストリートチルドレンだ。 娼婦の女が行きずりの男との間に出来た子供。

 正規で堕ろすなど金が勿体なく、堕ろす為に労力を使うのならと、妊婦相手に喜ぶゲテモノ目当てで商売をし続けて、俺を生んだそうだ。

 まあそんな女だ、生まれてきた厄介なモノを愛する筈も無く、速攻で俺は捨てられた。


 孤児院の前でもなく、どこかの家の前でもなく、人通りの多い道でもなく、スラムの日陰に捨てられたらしい俺は、まあ自分で言うのもアレだが、ゴミと同じような扱いだったのだろうな。


 ともかく俺の命運は生まれて数時間で絶たれかけたわけだ。

 誰もが通り過ぎるスラムの路地裏という場所で、仮に誰かが俺を見つけたとして、赤子なんてお荷物を拾うはずもない。息を引き取る準備は万端ってね。


 が、ここで頭を抱えながら自我について悩みを抱えている通り、俺はそこから救われたのだ。

 捨てる神あらば拾う神ありってのは日本の言葉だったか。



 拾ってくれたのはアリーという娼婦だった。

 なんでも俺を生んだ女と因縁があるらしく、そいつがこそこそと何かしている所を見つけて後をつけたらしい。

 そして捨てられていた俺を見つけたそうな。

 後にその因縁とやらを聞いたが、それでよく恨みつらみの募った女の子供を拾って育てたもんだよ。アリーの悲しい表情を思い出してしまうから、今は詳しくは伏せよう。泣いてしまう。


 まあ彼女は何も悪くないのに世の中に見放された自身と、生まれてすぐに捨てられた俺を重ねたそうで、アリーは捨てられている俺を絶対に育て上げようと心に決めたらしい。



 まあそんなこんながあり、俺は五歳になった。

 この間に特筆すべき点はない。

 赤ん坊の時分だ、自分で覚えてないし、アリーが語ろうとすると妙に恥ずかしくなるから聞いてない。

 ただ、アリーは自分のように道を踏み外してもなんとかなるようにと、英才教育の真似事をやっていたりしていたらしいとだけは聞いていた。

 その甲斐もあってだろう、色々と騒がしく物々しい周囲の環境も手伝い、五歳ともなれば結構な自我が育っていた。


 だからだろう、アリーに楽をさせたいと第一目標を立てて、それに向かって邁進しようと、俺はなんとなしに決意していた。


 家事をやりたいと言い出し、重い物も持てないのに何を言ってるんだと言われ、客の一人に身体の鍛え方を教えてもらった。

 買出しの手伝いに行きたいと言えば、値札や商品名を読めないから無理だと言われ、アリーに文字と計算を必死に学んだ。

 アリーの身を守ると粋がれば、小さい体で何の技術もないのに生意気を言うなと言われ、テレビでボクシングを見てシャドーに明け暮れた。

 アリーに関わる事は徹底的に、それ以外の時間は自分をとにかく高める事に集中する。



 そんな生活をひたすら繰り返し、気付けば俺は十歳になった。

 身体は順調に大きくなり、家事はひたすら上手くなり、暗算は電卓並になり、アリーの客を相手に社交性を身に付けた。

 しかし物事を上手く運べるようになると無駄が省かれ、必然的に時間が余ってくる。


 そうしてアリーと自分の事以外に興味を向ける余裕が生まれた俺は、ようやく外の世界に目を向けるのだった。


 外の知識はそこそこ得ている。

 アリーに聞くのが一番多いが、他にも事後に俺の料理目当てで居座る客に話を聞いたり、今にも映らなくなるんじゃないかと心配になる古いテレビから流れるニュースはよく見ていたしな。買い出しにて実際に外に出ることもあった。


 ああ一応買い出しについて言っておくと。

 アリーは食料品や備品なんかの買い物を客にさせていたし、俺がする買い出しは夜に蛍光灯が切れるとかやむにやまれぬって場合だけだった。

 外に出るときはボロい格好をして、足を引き摺る素振りを見せてたらストリートチルドレン達も絡んでこない。

 最底辺の弱者を装って時間帯を調整すれば、目についたとしても獲物足る資格もないとすぐに標的から外される。あいつらも生きることに必死で暇じゃないしな。


 と、方向性がズレたな。


 俺が興味を持った部分について話そう。先に要点を言っておくなら、ギャップ、という事になるのか。

 俺が住んでいるスラム街の惨状と、ニュースで流れる些細な地元情報が全然噛み合わない、始まりはそっから。

 だから知りたくなったのだ、平凡な一般家庭とはなんなのだろうと。

 ニュースや客の話題にも登らない常識的な生活という物はどんなものなんだと。

 俺は強い興味をもった。


 数回あった買い出しのついでである程度の用意と調査を済ませる。

 そして決行当日の昼食後、高鳴る鼓動が心地よいと思いつつ、アリーに声をかける。

 夕飯の仕込みや洗濯物なんかは済ませたから、ちょっと遊びに行ってくる、と。

 そして最後に少し遠出になるかもと言い、厄介事に巻き込まれないよう慎重にね、といつもの口でだけ注意を促す放任主義が返ってきて俺は家を後にした。


 いつものボロいコートを着て、背を丸めて足を引き摺るようにして歩く。

 そろそろガタイが良くなってきたから演技がしづらくなってきたなぁなんてのんびり考えつつ、スラムを出てここら一帯で最も賑わっている繁華街の近郊へ向かう。

 主目的はあくまで一般的な家庭を探ることだから、繁華街近くにある住宅街が目的地だ。

 繁華街も寄ろうかと思ったが、ある意味でスラムより危ない場所とアリーに言われていたから、帰りにちょこっと覗くぐらいにしとこうと思っていた。


 スラムから離れた所で、着ていたカモフラージュ用のコートを脱ぎ、アリーの好感度稼ぎに客の一人が持ってきたそこそこ上等な子供服を露にする。

 そしてコートを持ってきたバッグに詰め込み、歩き出す。

 40分ほどとことこと歩いて、第一目的地である住宅街の端っこにある老夫婦宅に到着。

 尤も老夫婦に会いに来たわけじゃなく、その家で放置された物置小屋に用があっただけだ。

 事前調査にて庭の隅っこにある物置小屋には夫婦の子供たちの物であろう色々が突っ込んである事を知っていたので、それを拝借しにきただけだ。


 休日ということもあり、少し表の通りに車や人通りが多いが、さっさと動けば問題ない。

 住宅街の端っこだ、いつもより人が多くても間隙はできるし、老夫婦は日がな二階の寝室でテレビを見ていて庭に何ら注意を払っていない。

 庭を横切って小屋に行くのに数秒もかからないから余裕だ。


 そして物置小屋について、目的のブツであるスケボー、近辺の地図、サッカーボール、コンパクト、ハンカチをゲットし、代わりにオンボロコートの入った鞄を置く。


 何故この国でメジャーな野球の球を取らず、サッカーボールを選んだのかというと、この地域では特にマイナーであり、独りで遊べる、見た目に分かりやすいという点で選んだ。

 多分こっちの方が調査で活きてくると思う。


 小物であるハンカチやコンパクトミラーも何故ここで揃えるのかというと、ストリートチルドレンに絡まれたときに何も持っていない状態じゃないと以後狙われるから、ホームでは用意出来なかったのだ。

 正直服を着てきた今日は内心冷や汗だらだらだった。



 コンパクトで身繕いをしつつ、遊び相手を探しているぶらり一人旅的な少年を装っていく。

 それが完了したら地図を見て、事前に練ったルートに穴がないか、目印何か、ヤバそうな所はどこかを再確認していく。


 うっし完了。


 そんじゃまあ調査と参りましょうかね。




 スケボーを抑えた速度で滑らせ、休日の各家庭を歩道から観察中。


 庭に出て親子でキャッチボールをしたり、家族でバーベキューの用意をしたりと外で団欒を楽しむ家族が結構いた。

 会話まではさすがに聞き取れないが行動や感情が非常に見取りやすい。晴れ渡る空に感謝だ。


 ある程度通りを巡って庭先から見える情報は手には入ったので、次は中の調査だな。


 そう頭を切り替えた俺はぐるりと周囲を見渡し、条件を満たす家屋が無いかを探す。三軒ほどヒット。

 よしっと頷き、一番近くにあった家に近付いていき、庭先からお宅拝見。古めの家で、庭に誰もいない、まさに条件通り。


 怪しまれないようにしつつ少しかぶりつきで観察をする。リビングから外に出る窓を開けているらしく、テレビのと低めの笑い声が聞こえてくる。これは最高すぎないか?


 周囲をもう一度見渡し、一遇千載のチャンスとばかりにサッカーボールを庭に放り込む。


 ぽーんとボールが数度弾みながら庭を横断していく。その様子をしまった!という表情を作りながら眺める。


 そうすると中から人の良さそうな初老の男性が出てきた。

 これは良い調子だ、俺は畳み掛けるように申し訳なさを取り繕って、


「すいません、歩きながらボールで遊んでいたら柵を越えちゃって…出来れば取りに行かせて欲しいんですが良いですか?」


「ああ、そうだったのか。外に出てきたついでだ、私が取ってこよう」


 それはありがたい。


「有難うございます!」


 そしてお爺さんはサッカーボールを持ってきてくれた。

 その前に周囲を軽く窺うようにしていたのは、俺に対する不信感の表れだろう。俺を庭の中に入れなかったことからもそれは分かる。

 だけど俺としては好都合、こういった初対面の場合柵越しの方が話は進みやすい。

 自分と相手との一定の距離、そして間を隔てる何かの存在は安心感を生む。


「態々外まで出て来てくれて、ボールまで取ってきてくださり、本当に有難うございます」


 わざとらしいぐらいに丁寧にお礼を言う。

 普通なら怪しむ所だけど、遊び道具を持ち歩いている上等な服を着た子供、という状況は少しだけ印象を変えさせる。

 良いものを普段着にしている人間は勿論良い所の坊っちゃん。

 ならストリートチルドレンや教育が甘い家庭の子供より教育がされているだろうと、警戒心はぐっと下がる。


「丁寧に挨拶のできる良い子だね。しかし君は一人かい?」


 有難う食いついてくれて。後はここからどんどん糸口を広げていこう。


「はい、今日は友達が野球の試合の観戦とかで出払っていて、一人遊び中なんです」


 顔を俯かせて寂しそうに、


「そうか、君は行かなかったのかい?」


「僕はこっちですから。やってる人が身近に少なくて困ってます」


「ここらへんはサッカーチームもないからねぇ」


「はい、だから野球も興味が湧いてきてるんですけど、120キロを越す球が飛んできたりとかちょっと怖いなぁって思って尻込みしてるんです」


 たはは、と情けなさそうに笑う俺をお爺さんは楽しそうに笑い飛ばして、


「そんな100キロを余裕で超す速度で投げれるのはもっと上の人間だよ。

 確かにボールが至近で飛んでくる恐怖はある、けれどそれに慣れ、バットとボールを自在にコントロールできると、野球はとことん面白くなる!」


 これは完全に食いついてくれましたね、本当にありがとうございます。

 それからは餌を絶やさぬよう野球についてのあれこれの説明を促したり、感嘆してみせたりしつつ、そこから野球に絡めつつ休日の過ごし方、趣味仲間との会話や出来事、子供や家族についての話を引き出していく。


 そろそろ良いかなーと思ったところで、奥さんであろう人がお爺さんを呼びに来た。


「おやおや、どうやら長く話しすぎたみたいだ。つき合せたお詫びに良かったら妻のアップルパイを食べて行かんかね?」


「いえ、アップルパイの香りを嗅いだら家が恋しくなってきました。母もアップルパイを作るのが上手なんです」


「そうかそうか、それは良い母親だ」


「はい、自慢の母です!ではお話有難うございました。野球に興味が湧いてきました、今度友達の中に入って頑張ってみます」


 さっきから大嘘を平然とつき過ぎてむしろ本当にそう思えてくる不思議。

 まあどこまでもありえない話なんだけどさ。


「ふむ、それは嬉しいね。出来ることから頑張りなさい。ではな」


 そうして、お爺さんと別れる。




「予想より良い情報が集まったな。

 しかし、サッカーボールを持ってきて正解だった」


 サッカーボールは目につきやすいし、跳ねやすいので最初の発見に役立つ。

 あとは野球ボールだと、この周辺には長年親しまれている野球チームがあって、話題としてチームの事が出てくる可能性がある。スポーツ知識皆無の俺が野球大好き少年を装おうとしたら、そこらへんから綻びが出てきそうなので、サッカーボールを選んだ次第。


「まあとりあえずは満足。日も落ちてきたし、そろそろ戻ろう」


 そうして老夫婦の小屋に戻ろうとして、そういえばそろそろ部屋の蛍光灯が切れる頃かと思い出した。

 住宅街からホームまでの道のりに電気屋はないので、だったらついでだし近くの繁華街に行ってみるか、少しだけなら大丈夫だろうと、俺は楽観を持って繁華街の方へとスケボーを向けるのだった。



 と、そろそろここらへんで一区切りだ。

 ん?中途半端すぎる?

 んーでもまあここでやっぱり区切りをつけておくべきなのさ。

 なんでかって?

 そりゃこの時を境として、俺はスラム街の住人という所謂裏の住人から、闇の住人になるんだ。

 急展開前には一休み入れたいだろう?


 それに時間的にも丁度いいみたいだし、続きはまた今度という事で。

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