第三十八話 あの世とこの世の狭間 Between this world and the other world
健二視点
俺が扉を開くと、そこは先ほど同様の長い階段が存在している。しかし、壁には今までのような、血をペンキのように塗りたくったものとは違い、死者の怨念や死に顔をそのまま壁に描いたかのように変わっていた。
「クソ。行くしかねえな」
俺は視界を覆う醜悪な怨念が浮かび上がっている壁を無視して階段を駆け上る。
朝斗や片山たちも俺に付いてくるように階段を駆け上った。
「これかどうする?」
朝斗の問いかけに、俺は自然と頭に浮かんだ回答を答える。
「まずはこの階段を駆け上ってから考える。さっき片山が言っていたみたいにこの世界が不安定になっているならこの階段の先には何か今までと違う俺たちの本来の世界との道が多分アツろ思う」
我ながら抽象的な答えではあったが、今俺たちが賭けることの出来る唯一の可能性は、もはやそこにしかなった。
俺の答えを聞いた朝斗は一瞬驚きながらも、俺の答えに対して返答する。
「確かに今さっきの部屋にいてもどうにもならない。本来はこういう賭け事は性に合わないがやるしかないな」
俺たち階段を駆け上がりながら問答を繰り返していると、階段の向う側から光が見えてくる。
「もうすぐ出口だ。急ごうぜ」
小鳥遊さんがそう言うと、全員は今までの恐怖と苦労がようやく報われると確信し、そのまま階段をより一層早く駆け上る。
そして、階段の上に存在していた先ほどとは異なる扉から漏れている光を頼りに俺は扉を開け放った。
俺が扉を開いた先は、今まで俺が見たことのない地下牢のような場所だった。
「何だここは!?」
俺が驚いていると、篠原が何かを思い出し下のように口を開く。
「ここ知ってる。ここは西館にあった地下牢です。小鳥遊さんや毛利君と一緒に探索した時に東館の鍵にあった開かずの間の拾った場所です」
篠原の言葉を受けた俺は一瞬驚きながらも、頭を冷静にして口を開こうとすると、それよりも早く、どこか懐かしい子供の声がした。
「「よかったお兄さんたち生きていたんですね」」
俺たちが声のする方を振り向くと、そこにはこの屋敷に俺たちが招かれてすぐに出会った子供の幽霊が立っていた。
「二人とも無事だったんだね」
二人の顔を見た片山は、今にも泣き出しそうな顔で二人の幽霊に歩み寄る。
「「お姉さん、気持ちは嬉しいけど今はそれどころじゃないんだ」」
「「今のこの世界は、館の主がもうすぐ消滅するのに合わせて、今まで館の主が束ねていた呪いや霊魂が解放される代わりに、かつての虚ろで不安定な世界に戻ってしまうんだ」」
二人の子供の霊魂は静かな口調で続けた。
「「今なら現世とこの世界のつながり強くなっているから、本館の入り口から元の世界に戻れるけど、そのつながりもあと少し絵消えてしまう。今なら、この地下牢から本館の入り口まで走れば間に合うはずだよ」」
それだけ言うと、二人の霊魂は姿を消す。俺にはなんとなくではあるが、この二人の霊魂もあの世へと旅立てたのではないかと思えた。
「急ごう。あの子たちの思いを無駄にはしたくない」
片山は静かにそう口にする。その目元には一筋の涙が流れていた。しかし、それを気にすることなく、地下牢の出口へと片山は俺たちを先導するように向かっていく。
地下牢の扉を開くと、比較的小さな部屋につながっていた。
「ここはまだ変なところにつながっていないみたいだな」
小鳥遊さんは、辺りを見渡しながら複雑そうな口調でそう口にする。
「行こう。僕たちは全員で生き延びるんだ」
桐生さんの言葉を受けた俺たちは頷き、今度は廊下につながっている扉を開いた。
しかし、そこにつながっていたのは、百鬼夜行という言葉がふさわしい、地獄であった。
恐らく、つながっている場所は間違ってはいないのだろう。しかし、廊下の至る所に泥のように変貌している怨霊や妖魔が蠢いていた。
「おい。なんだよこれ」
俺は我慢できずにそう口にすると、泥のようになっていた怨霊の一体が俺に飛び掛かってくる。
「高本くん!!」
片山の焦りが混じった叫びに俺は咄嗟に右に飛び退いた。しかし、体勢を崩してしまった俺に泥のような怨霊が再度襲いかかろうとする。
「下がって!」
貴志さんは、すかさず妖刀で泥のような怨霊を切り裂いた。
「僕が怨霊を迎撃するから、みんな走るんだ」
貴志さんの大きな声を聴いた俺たちは、その言葉に込められている強い意志に押されるまま、本館の方向へと走る。
「でも、貴志さんは……」
「大丈夫だよ。元々僕は死んでるんだし、この世界が一度バランスを崩した瞬間に成仏できる」
「だから、先に行くんだ。大丈夫、怨霊はこの周辺にしかいない。僕がここを抑えるから先に行くんだ」
俺は一瞬悩んだけれども、このまま先に進むべきだとこの世界に長くいたことによって麻痺し始めていた感覚でなんとなく判断することが出来た。
「みんな行こう。ここは貴志さんに任せるんだ」
俺は、今も貴志さんを心配そうに眺めている片山の手を引っ張って、本館まで走る。他の全員もそれについて来てくれた。
(誰かを切り捨てるような判断をしている俺が間違っているのかもしれない。でも今はこうやって俺の判断について来てくれるだけでもすごくうれしい)
心の中でどこか暖かい思いが湧いてくるのを感じながら俺は先へと進む。
そして俺たちが本館のエントランスまでようやくたどり着くと、外への扉は無くなり、俺たちが暮らしていた現世とこの館を繋ぐ一筋の光の道がつながっている。
「これでやっと元の世界に戻れる」
朝倉さんは心底安心したように口を開く。他の全員も似たような様子だった。
「行こう。これで最後だ」
そして俺たちは現世へと続くであろう一筋の光で出来た道へと足を踏み入れる。
続く
こんばんわ不眠症のドルジです。
来月の上旬から中旬に投稿予定のこの話の次を最終話にしようと思います。よろしくお願いします。