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第三十七話  輪墓 Limbo  【矛盾する心】

健二視点


 俺が扉を開いた先は地獄のような場所だった。


 部屋自体は俺が東館の開かずの間で見たイメージに出てきた地下室と同じ構造だったが、部屋のありとあらゆる場所に赤黒い血のようなものが乱暴に塗りたくられている。


「何だよ、これ」


 小鳥遊さんは部屋の惨状を見てそうつぶやいた。


「やはり来たか。汚らしい阿呆どもめ」


 俺たちが部屋の醜い惨状に目を見張っていると、部屋の奥から響くような声が響く。声のした方向を見ると、そこには醜悪に顔を歪めた館の主が立っていた。


「何か踏んでる?」


 館の主の方を俺たちが振り向くと、片山が何かに気が付いたように口を開く。


(あれは……東館で見た館の主に最初に殺された奴とその部下の死体か!?)


 館の主が足で踏みつけている物が何かに気付いた俺は、怒りに駆られそうになりながらも、ギリギリで踏みとどまりながら口を開いた。


「おっさん。アンタ、その足元の死体は何だよ」


 俺の言葉を受けた館の主は、少し愉快そうな様子で答える。


「私の家族を辱めたゴミを痛めつけて力を回復しているのだよ。こやつらのような下賤な畜生でもまだ使い道があるとは私も驚いているところだよ」


 館の主は憎しみが込められた様子で足元のボロボロになった死体を見ながらそう言った。


「落ち着いてください高本君。おそらく館の主が言った発言は挑発の可能性があります。普段みたいに下手に突っ込めば余計な怪我をするかもしれません」


 俺が相手に向かって飛び掛かりそうになった時に、篠原が手を前に出して制する。


「何かあの人に人間らしい感情を思い起こさせるようなものが有れば……」


 朝斗の言葉を受けた俺は咄嗟に東館で拾った熊のぬいぐるみをバッグの中から取り出した。


「おい。これアンタが自分の子供に買ってあげたか何かしたやつだろう」


 俺は怒りを抑えながら熊のぬいぐるみを館の主の方に掲げる。すると、今まで死体を踏みつけることに集中していた館の主は、俺たちの方に歩み寄ってくる。

「何処で拾った?」


 重々しい声で館の主はそう言った。その声は先程までの憎しみに凝り固まったものではなく、何かを心配するものである。


「東館のアンタの部屋で拾ったんだ」


 俺の言葉を受けた館の主は、顔を心配そうに歪めながら口を開いた。


「妻と息子は無事かね? 私が帰ってくるのをいつも二人は待っていてくれるんだ。何かが有っては私は生きていけない」


 俺は館の主が発した言葉に唖然としながら思考を巡らせる。


(こいつ、自分の子供利用した癖に今更自分の妻と子供の心配するのかよ)


 俺が頭にまた血が上りそうになった次の瞬間、桐生さんが俺に話しかけてきた。


「怒りを抑えるんだ。怨霊は元々、死ぬ瞬間の肉体的、及び精神的苦痛を引き継いで錯乱したままでいることが多いと聞いたことがある」


 あくまでも俺を諭すように桐生さんは続ける。


「この館の主もひょっとすればそうかもしれない。アイツが生きた人間を恨んでいることも、家族を思いやっていることもこの男にとっては本当の思いなんだ」


 桐生さんの発言を受けた俺は、目の前に立っている男が生きた人間や既に死んだ人間をごみの様に利用していた部分と、それとは正反対の自らの肉親を心配する部分のギャップをひどく気持ち悪いものだと思うと同時に、相反する心が目の前の男にはあることが分かった。


 それと同時にこの場で次に渡すべきものが分かった俺は、目の前の男の妻の霊から渡されていた剣を渡す


「これはアンタの奥さんから渡されたものだ。一度アンタの影を貫くのに使ったのもあるから分かるよな」


 瞳の色が普通の人間の物に戻っていた館の主は、俺が剣を渡すと、大事そうに抱え始めた。


 すると、小声で小鳥遊さんと朝倉さんが慌てた様子で声を掛けてくる。


「おい高本。お前何で剣を渡してんだよ。今がアイツを剣で刺すチャンスだろ?」


「確かに理由を聞かせてほしいわ」

 

 二人の問いかけに対して俺は大分冷めてきた頭を働かせて、自分の心によぎった思いを答えた。


「理屈でどうにかしようと思ったわけじゃなくて、こうすれば館の主の人の心が目覚めるんじゃないかって思ったんです」


「元々、一回アイツの影を剣で刺したりもしていたから、二回もわざわざさす必要は無くて、アイツの善意を引き出すことさえできれば死んだ人間も救われるんじゃないかってなんとなく思ったんです」


 俺の答えに対して、小鳥遊さんはよく分からないという様子で口を開いたままで固まっていたが、朝倉さんは自分なりに解釈出来たように答える。


「えっと。つまり高本君は、さっき桐生君が言っていた怨霊にも人間らしい感情があるっていう言葉を元に、館の主に縁のある物を渡していくことで、感情を目覚めさせようとしているってことかしら?」


「多分、そういうことだと思います」


 俺が二人にそう答えると、館の主は重々しい口調で口を開いた。


「懐かしいな。この剣は妻の父から託された素晴らしい一品でな。私にとっては妻との絆を象徴するものなのだよ」


 館の主は俺の顔を見ながら続ける。


「君が以前使った時に見ていた筈なのに、そのことを私は忘れていたとはな……私は何処を間違えたのだろうな」


 館の主から目に見えて禍々しいオーラが消えていった。


「高本君。今がチャンスだよ。今のこの人なら自分の犯した罪にも向き合えるかもしれない」


 片山は、相手を見据えるようにそう口を開く。


「そうだ。私は元々誰かが憎かったわけじゃなかったはずなんだ。自分が犯した過ちを見ないふりをするために人を殺しても良いなんて最初は考えてそれで……」


 俺が安心しきっていた次の瞬間、館の主は突然興奮したかのように俺たちに目もくれずに床を殴り始めた。その様子は、俺から見ても、今までの館の主とは違う物である。


「このようなことは悪だと分かっている筈なのに、どうして私は妻や息子だけではなく、多くの関係のない者を殺して、それだけに飽きたらず、人殺しを楽しんでいたんだ!?」


 館の主は、今までとは違う、自分を呪うようにそう叫んだ。すると、次の瞬間、今までこの世界に来て一度も起きたことのない地震が起きたかのような大きな揺れが起こる。


「おいおい。嘘だろ!?」


 妖刀が忌々しげに口を開く。


「まさか、罪の意識が今度は強くなりすぎて、この世界を制御できなくなったのか!?」


 岡山さんは、顔を青くしながら館の主を見ながら恐ろしいことを口にした。


「この世界を制御できなくなると、恐らく地下通路で出会った騎士言ってたみたいに、この世界はすぐに地形や空間がねじ曲がるような歪な世界に戻っちゃう」


 片山が顔を青くしながらそう呟いた次の瞬間、館の主は幽鬼のような死んだ顔で口を開く。


「やはり私は手遅れか。それもそうか、自分の罪を分かっていた筈なのにそれを見て見ぬふりをして自分に酔っていた阿呆にはお似合いの末路だな」


「お前たちは、今まで来た道を戻れ。それから館の本館の出口まで迎え。あそこが一番この【輪墓】と現世とのつながりが強い」


 館の主はそう言うと、徐々に朽ち始めていた腕で、俺が渡した剣と熊のぬいぐるみを抱き寄せた。


「急げ。今は私がある程度安定させることが出来るが、悠長にしていると間に合わなくなるぞ」


 それだけ言うと、館の主は目を閉じる。それを見た俺はそのままみんなを手で戻るようにジェスチャーしながら来た道を戻るために部屋の扉を開いた。


                                   続く


 どうもドルジです。

 今回はやっと最終局面に入りました。おそらく後数話でこの連載物は完結すると思います。

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