第三十六話 虚ろの底へ To the bottom of the hollow
健二視点
俺たちは、周りに点在していた黒塗りの影に覆い尽くされた死体を無視して、一斉に奥に見え始めていた扉へと一直線に走った。
(多分あの扉の先にアイツが)
俺は心の中でそう考えながら扉に向けて走る。
「あの扉に向かって走れ!」
固い鉄で出来ているように見えるどす黒い扉の一番近くに居た小鳥遊さんは、いち早く扉にたどり着くと、そのままこちらから引っ張ることで開く扉を開いて他の全員を先導し始めた。
「小鳥遊さんも早く来てください」
片山が扉を通りながらそう言った。しかし、小鳥遊さんは扉から手を離す様子は無く、焦りが混じった様子で口を開く。
「すぐそこまで来てるんだから、俺のことは構わないから急げ! 俺も最後に飛び込むから!」
俺を含めた大半が小鳥遊さんの勢いと背後まで迫る影に押される形で、小鳥遊さんが開いたまま抑えている扉をくぐった。
(奥はまた下りの階段かよ。もし扉があの影を防げなかったらどうなるんだよ!)」
俺が心の中でそう考えていると、扉を最後に通ろうとしていた桐生さんと朝倉さんが、扉を抑えている小鳥遊さんを二人掛かりで扉のこちら側に引っ張り込んだ。
「うおっ!?」
扉を抑えていた小鳥遊さんは、引っ張られた拍子にそのまま扉のこちら側に倒れこむ。
「痛ぇだろ! 何すんだよ!?」
小鳥遊さんが顔を上げながら口を開いた。
「お前こそ何してんだよ! 全員で生き延びるって話したばかりなのに、何自分を犠牲にするようなことしてるんだよ!?」
桐生さんが怒鳴るようにそう叫ぶ。
「待てよ小鳥遊。俺は別に死ぬつもりなんかじゃなくて、本当にギリギリで飛び込むつもりだったぞ。お前の勘違いだって」
小鳥遊さんは、桐生さんの剣幕に顔を青くしながらそう言った。
「大体、さっき俺もギリギリで飛び込むって言っただろう。頼むから落ち着いてくれよ」
桐生さんを落ち着かせようとするように小鳥遊さんは、口を開く。しばらくすると、桐生さんも落ち着いたのか先程よりは冷静な口調で口を開いた。
「確かにそれは言っていたけど、危険なことには変わりないだろう。頼むから無茶なことはしないでくれ」
桐生さんはそう言うと、こちらに引っ張り込んだ時から座り込んでいた小鳥遊さんに手を差し伸べる。
「強引に引っ張りだしたのは僕も悪いのかもしれないけど、もう無茶はしないでくれよ。ここはもう何が起きるか分からないからさ」
桐生さんは扉の向こう側で今もう蠢いているであろう影を思い返すようにそう言った。
「二人ともそろそろ奥に向かおう。みんな準備出来てるみたいだし」
起き上がった二人に対して朝倉さんがそう提案する。実際に俺も扉の向こう側から離れるためにも奥に向かうべきだと考えていた。
「それもそうだな。なんか俺また一人で空回りしちまったみたいだな。心配かけて悪かった」
小鳥遊さんはそう言うと、そのまま桐生さんと朝倉さんとともに奥へと進んで行く。
「……私たちも急ごう」
三人を何故か呆然と眺めていた俺は、片山に声を掛けられて何とか意識を奥に進むことに戻すことが出来た。
「そうだよな。俺たちも急ごうぜ」
俺は片山に促される通りにそのまま奥へと足を向ける。
「やっぱりあの影は生きた人間を飲み込んで……」
朝斗と先ほどの影について話していた篠原は、顔を青くしながらそう言った。
「ああ。あの下水道に散乱していた黒い人の形をしていた物は間違いなく人間の死体だろう。俺たちが別館に向かうために下水道を通った時にも表れた影の中で蠢いたものの一部だとしか考えられない」
階段を下り続けながら朝斗は冷静に答える。
「ここまで来たからにはもう後戻りはできないだろう。奥に居る館の主を無理やりでも成仏なりさせない限り、俺たちは元の世界には帰れない」
朝斗の言葉を受けた全員が神妙な顔で話を聞き続けていた。これには当然俺自身も含まれる。
(確かにそうだよな。アイツをどうにかしないといけないのはもう何度も言われてたけど、今の俺たちを蝕んでる呪いや、この世界に起きている異変を考えたらもう時間が無いのは明白だ)
俺自身も心の中で冷静になるように徹しながらそう考えていた。
「見えてきたかね」
しばらく階段を下りていると、終点にあたる扉が見えてくる。
(この奥に館の主が居るのか)
扉のすぐ目の前まで到着した俺は心の中でそうつぶやいていた。この奥に居る館の主と決着を付けなければならないことを心の内で改めて俺は心の中で整理した。
この奥に待ち構えている存在と決着をつけるために、俺たちは迷うことなく最後の扉を開いた。
続く
どうもドルジです。
やっと最終局面に入れそうな形になりました。今後ともよろしくお願いします。