第三十五話 決意と思い And I think that determination
健二視点
下水道に似た場所に出た俺たちは当たりを見渡す。
「前にここを通った時よりも広くなっているな」
朝斗は冷静にあたりを見渡しながらそう言った。
「それにこの地のような匂いに下水道を通っている血のような液体には触れない方がいいだろうな」
朝斗の冷静な言葉を受けた俺を含めた全員が、下水道の血生臭さに鼻をつまみながら同意する。
「ああ。さっきから中の構造が変わっていることも考えたたら、正直かなりやばそうだよな。それでも、やるしかねえよ」
目の前に起きている不可解な現実に心の中で恐怖しながらも、俺はそう言った。
俺たちが腐敗臭と血の匂いに覆われた下水道の通路を進んでいると、小鳥遊さんが、ふと思い返すように口を開く。
「そういえば、あの館の主の大切な物を見つけて来ればあいつを成仏させて俺たちもこの世界から元の世界に戻れるんだよな」
「だったら、今のままじゃ不十分なんじゃねえか? 確かにあの館の主の奥さんの霊に変な力が宿った剣はもらったけど、それだけであの館の主を成仏させることが出来るようには俺には思えないんだけど、そこはどうするんだ?」
純粋な疑問と相手投げかけられた問いかけに俺を含む大半が固まった。言われてみれば具体的な代案を考え付いたわけではないからである。
しかし、絶望を心におぼえた俺たちに対して何時もの嫌味な態度を崩すことなく妖刀が口を開いた。
「それなら問題ねえよ。あの野郎にとってはそもそも自分の奥さんとやらの存在そのものがデカいみてえだったし、小僧があの野郎に揺さぶりを加えたおかげで、今なら口で言い負かして成仏させることも不可能じゃねえよ」
妖刀は飄々とした様子を崩すことなく続ける。
「ただ、そのためには、この異空間の奥にいるあの野郎のところまでいかなきゃならねえのが何よりも今の俺たちにとっては重要だ。」
下水道を進みながら話を聞いていた俺の心にも僅かながらもしかし確実な希望が心に芽生えていた。
(つまり、今こそあの野郎をぶん殴ってでもあの性根を叩き直す最大のチャンスってわけかよ)
俺がそんな風に自らを鼓舞するかのように考え込んでいると、周りのみんなも俺と似たような考えが頭をよぎったのか各々が思うことを口にし始める。
「俺が不安をある形になっちまったけど、逆に言えば今が最大のチャンスってことだよな。この下水道が前と全然違うのも、あの野郎の力とやらが安定してない証拠だってことだしよ」
小鳥遊さんはそういうと、全員に向けて頭を下げながら口を開いた。その様子から全員が歩みを止めて小鳥遊さんの方を見る。
「みんな、俺が余計なこと言ったせいで不安を煽ることになっちまった。謝って許されるとまでは思ってねえけど、せめてけじめとして謝らせてくれ」
頭を下げる小鳥遊さんを見ていた桐生さんはフォローするように口を開いた。その眼には明確な覚悟が宿っていることが分かる。
「いいや。お前が悪いわけじゃないよ。こんな極限の状況なら誰だって不安にもなるさ」
「僕だっていつ死ぬかも分からないこんな状況が怖いけど、だからって何もせずに死ぬのはもっと怖いんだ。だから、不安に思う小鳥遊の考えは間違ったことじゃないと僕は思うよ」
桐生さんは複雑そうに腕を見ながらそう言った。
「それに、僕はあの時言った朝倉を守るっていう意思を曲げたくない。そう思うんだ」
桐生さんは、それだけ言うと満足げに口を閉じる。そんな彼に朝倉さんは、慌てたように口を開いた。
「気持ちは嬉しいけど、捨て鉢になるようなことを言うことはやめて。私だってあの時の岸部さんを救えなかったことは、とてもショックだったけど、だからこそ前に進みたいって思うの。今私に言えることはそれだけかな」
朝倉さんの言葉を聞いた俺は、改めてこの世界に来てから、善意を持った霊に助けられたことや、元は善良だった霊がこの屋敷に飲み込まれていったことを思い出した。
俺が感傷に浸っていると、篠原が意を決したように口を開く。
「そうですね、私は今まで逃げることしかほとんどできていなかったですけれど、この世界から生還してそこから何かを学びたい」
いつも敬語でしか話さない筈の篠原は、自分の感情と決意をむき出しにするように話を続けた。
「とにかく私に思いつく範囲だけでも今出来る最善を少しでも尽くしたいです。今の私に言えることはそれだけです。」
篠原の言葉に続く形で、朝斗が今度は話を始める。
「俺は今まで、父さんがインチキ霊媒師なんてレッテルを張られて自分までもそういう風に見られるのが怖かった」
「けど、もう逃げない。俺の腕に刻まれている呪いも含めて、父さんの霊媒師としての過去もすべて受け止められるちょうにしたいってこの世界で経験したことで学べた」
朝斗は普段の冷淡な態度とは異なる、自分の意思を明確に示すかのように続けた。
「だからこそ、俺は絶対にこの世界から生還してみせる。モチロン全員でだ」
朝斗の言葉を受けた全員が感心するように朝斗を見る。そんな風に会話をしていると、貴志さんが慌てた様子で口を開いた。
「意思表示するのはいいけど、何かが近づいている。そろそろ移動しよう」
貴志さんの言葉を受けた俺たちが奥へと進もうとした次の瞬間、俺たちがやってきた法の下水道からあの時の闇が大量に押し寄せてくる。
「走れ! あれに飲まれればまず助からないぞ」
俺は咄嗟に全員に向けてそう叫んでいた。俺の声を聴いたみんなは、周りに点在していた黒塗りの影に覆い尽くされた死体を無視して、一斉に奥に見え始めていた扉へと一直線に走って行く。
(なんだよこの周りにある死体みたいなのは。嫌な予感はするけど、この先に進まないと)
続く
こんばんわドルジです。
やっと少し更新出来そうになりました。