第三十話 選択 Selection
健二視点
俺が剣を受け取ったことを確認した女性は、思いつめるように顔を伏せながら口を開く。
「本来は関係ないはずの貴方がたにこのようなことを頼むことになってしまい申し訳ありません。ですがどうか夫を、よろしくお願いします……」
女性がそう言った次の瞬間足元から消え去っていった。
「おい、今消えたぞ?」
目の前で起こった現象に驚いている俺は、自分でも内心驚く程大げさな反応をとっていた。
「――多分あの人はもう……」
片山は、先ほどの女性が消滅したであろうという事を連想させる用に顔を悲しげに伏せる。
「今は悲しんでいる場合じゃない。俺たちがここから脱出しないと今までここで死んで言った人たちの思いも無駄になる」
朝斗が敢えて冷静になるべきだと片山を諭すかのようにそう言うと、辺りを見渡し危険な何かが居ないかを確認しながら館の主の部屋への扉を開いた。
「もう時間はほとんど残っていないって訳かよ。とにかく生きて帰るためにもやるしかねえって事だよな」
小鳥遊さんは自分自身を鼓舞するかのようにそう呟きながら館の主の居住スペースに相当する部屋へと移動していく。
桐生さんの右腕を侵食している呪いを考慮すればほとんど時間が残っていない事は他の誰でも分かっていることだった。
「やっぱりあの地下道にあった黒い扉ですよね。あの先に――」
篠原が地下道にあった黒い扉について言及しようとした次の瞬間、廊下への扉の向こう側から今までにない程の存在感と重圧を俺は感じた。
「おい……何だよこれ」
困惑しているのは俺だけではない。今までの黒騎士や少年のような怨霊とは明らかに質が違う何かが、扉の向こう側に存在していることが俺にでも分かった。
(駄目だ……ここでこいつと対峙したら間違いなく殺される。一度隠れてやり過ごさないと)
俺を含めた全員が部屋に隠れることができそうな場所を探そうとしたその時、廊下へ続く扉がひとりでに開いた。
「私の館を荒らしているのは君たちかね?」
廊下から入ってきた存在は、一言で表すならば真っ黒だった。
以前見た黒騎士のような剥き出しの殺意とは異なる、全身を黒みがかった靄に覆われた黒い目をした紳士のような姿をしているが、この世界に無理やり飛ばされ以来感じたほどがないほどの恐怖を、俺は目の前の存在から感じた。
そしてそれと同時に、俺はこの男こそがこの世界を支配している【館の主】だと根拠もまだないにも関わらず、何故か確信していた。
「私の私室を勝手に荒らしてもらっては困るのだがな……これだから生きた人間は目障りだ」
館の主は、俺たちを特に気にする様子もなく、部屋に置いてあった洋館に置いてあるようなアンティークなカップを取り出し、何処から出てきたかも分からない血のように赤い得体の知れない飲み物を飲み始める。
(コイツが今ヤバそうなのを飲んでる間にみんなを逃がさないとまずい。そうだ、さっきの剣を突き刺せば)
俺がどのようにしてこの場をくぐり抜けるかを考えていると、館の主は首を本来ではありえない角度に曲げて俺の方向に顔を向ける。
「ふむ。私をどうにかしようと思案しているようだが無意味だ。何故なら君たちはここで死ぬのだからな」
カップを机に置きながらそう言った次の瞬間、部屋の中が館の主を中心に黒く染まった。
「ここは私の体内も同然だ。私の体内を荒らす害獣は駆除させてもらおう」
館の主が死刑宣告の如くそう言った次の瞬間、黒く染まった床から闇が俺たちの体を飲み込もうとした。
「何!? クソッ!!」
俺が咄嗟に近くにいた片山に手を伸ばそうとした時には、俺の全身を黒い闇が飲み込んでいた。
「おい。起きろ」
意識を失っていた俺が目を覚ますと、黒一色の何もない世界にさっき俺たちを影のようなもので飲み込んだ館の主が、倒れている俺のことを見下ろしていた。
「お前、私の影に飲み込まれる寸前に女に手を伸ばしていたな」
館の主は、俺が立ち上がろうとしているのを意にも介さない様子で話し始める。
(とにかく、この影とこの男から逃げないとな。みんなが無事かもわからないし)
「お前、他の人間が死ぬ代わりに、自分とお前がさっき手を伸ばそうとしていた女だけ助かるとしたらどうする?」
館の主にいきなりあまりにも極端な話を振られた俺は、咄嗟に館の主の方に顔を向ける。
「または、お前だけが死ぬ代わりにお前以外の呪いにまだ侵食されていない人間は助けるというのはどうだ? どうした、答えないのか?」
館の主は口元を醜く歪めながらさらに口を開き始める。
「死にたくはないんですよね? 自分だけは助かりたくて立ち上がろうとしているのかな? 私が今みたいに尋ねれば、どんなやつも自分だけは死にたくないと泣き喚く」
「さあ。お前も命乞いしてみろ!」
続く
お久しぶりです。ドルジです。
こちらの小説もあと少しでそろそろ完結させたいと個人的には考えています。