第二十七話 魔窟 Brothel
健二視点
片山を背中に隠しながら扉の奥に進むと、そこは魔窟だった。
「おい、何だよこれ……」
子供部屋のように見えるが、壁や玩具を含めた部屋に存在する全ての物が、赤を通り越して真っ黒に染まり、空気そのものがまるで毒の霧のように変わっているような錯覚を覚えた。
「どうしてこうなったんだよ」
俺がこの魔窟と呼ぶにふさわしい部屋に飲まれそうになっていると、俺の後ろに居たはずの片山が俺の頬を叩きながら話しかけてきた。
「高本くん。気を強く持って。少しでも気を緩めると飲まれるよ」
片山の言葉で我に返った俺は、心の中を少し落ち着かせ、いま自分が何をすべきかを考えた。
「ああ。できる限り早く手掛かりになりそうな物を見つけて、部屋から出たほうがいいな」
俺がそう言うと、片山は何も言うことなく頷いた。それを確認した俺が部屋の中を見渡すと、奥の方にある机の上に一冊の本が置かれていた。
「片山。あの本調べてみようぜ。あんなに堂々と置いてあるのはさすが怪しすぎるしさ」
俺がそう言うと、片山は、辺りを警戒するように部屋を見回し、口を開いた。
「うん。確かにあれは調べてみたほうがいいかも。何だか変な感じもするし、その方が良いよ」
俺は、片山に机の上の本のことを確認し、そのまま奥の机へと向かい、本を調べた。
「表紙になにか書いてあるけど、これ何語だ? 英語に似てるけど少し違うよな、これ」
俺が表紙に書いてある言葉を見ると、そこには英語に似た何か別の言語で何かが書かれていた。俺が片山に見せると、少し驚いた様子で口を開く。
「これフランス語だね。えっと、日記って書いてあるね」
片山は、淡々とそう言うと日記らしい本を開いた。
「え。何これ?」
本を開くと、そこには何も字が書かれていない状態のまま血で塗りたくられたように赤黒い紙のみが存在した。
「おいおい、これって……」
俺が唖然と血塗れの紙で出来た本を眺めていると、頭の中に何かのイメージが流れ込んできた。
イメージの強さに咄嗟に閉じた目を開くと、そこには今まで別館でよく姿を現していた少年の姿をした怨霊が、この部屋の机に座ってさきほど俺たちが見つけた日記を書いていた。
【明日はお父様が帰ってくる日。新しく覚えた数式を見てもらおう】
俺の頭の中に少年の声が響き渡り、さらに続いた。
【最近お母様の様子がおかしい。どうみても元気がない。使用人たちに聞いても誰も教えてくれないし、何かがあったに違いない】
【お父様が黒くなって、僕とお母様のウデモ――】
【助けて助ケテタスケテ。ドス黒いのに染められて壊れる】
【ツライ、苦シイ、なんで僕だけこんなに苦しまないといけないんだ】
「おい、これってあのガキの日記に込められた残留思念なのかよ?」
頭に流れ込んでくる思念の奔流に、俺は唖然としながらも耳を澄ました。
【憎い……何で、僕はこんなに汚いのに、他の生きた人間は、平然と生きているんだよ僕やお母様が何かした訳じゃないのにどうして。】
【ボクとお父様とお母様を悪く言う奴は全員呪ってやる】
俺が、あまりにも身勝手な思念の内容に唖然としていると、次の瞬間、頭の中に【死ね】と、呪詛の言葉が頭の中を延々と流れ込んだと思うと、俺の意識は、残留思念から弾き飛ばされた。
俺が目を開くと、片山が顔を伏せたままその場に立ちすくんでいた。
「おい片山、大丈夫か?」
俺が声をかけると、片山は、俺の方に顔を向けて口を開いた。
「大丈夫だよ。ちょっと残留思念が強すぎただけだから……」
片山が気丈に微笑みながらそう言ったことを確認した俺は、安心してその場に崩れ落ちてしまった。
「取り敢えず、ほかに何か手がかりでもあれば――」
俺が他に手掛かりはないかと辺りを見渡すと、この部屋の入り口側の壁にあの少年の怨霊が佇んでいた。
「お前、何でここに!? 地下に行ったんじゃ?」
俺がそう言うと、少年の怨霊は不快げな様子で口を開いた。
「それはそうだよ。僕の部屋に土足で踏み入るような奴がいるのに気づいたんだから、戻って殺すのは当然だろう?」
俺たちを殺すと、ソイツは当たり前のように口を開いた。その言葉を聞いた時に頭をよぎった最悪の想像が、そのまま俺の口に出てしまった。
「お前、ここの手前の部屋にいたみんなをどうした……!」
俺が今にも爆発しそうな感情を抑えながら尋ねると、怨霊の少年は、面白おかしいという様子で笑いながら答えた。
「ハハッ。やっぱりお兄ちゃんは、そんな事も分からない見かけ通りの馬鹿だったんだ。そんなの殺すのに決まってるだろう? 僕の手を煩わせれるのは面倒だから、適当な怨霊を向かわせたけどね」
怨霊の言葉を受けた次の瞬間、俺は目の前の怨霊の少年に殴りかかっていた。
「ダメ高本くん! 体を持っていない怨霊を殴っても逆効果……」
片山の静止を振り切って怨霊の少年を殴ったが、音量を殴れた訳でもなく、むしろ殴ろうとした俺の拳が呪いに汚染されたように黒く染まっていた。
「グァァ!」
たまらず、腕を抑えながらその場にしゃがみこむと、怨霊の少年は、嘲笑うように口を開いた。
「やっぱり馬鹿だよねお兄ちゃん。取り敢えずは、僕がそこにいる腐ったお姉ちゃんを呪い殺すところをそこで蹲って見てるといいよ。僕を殴ろうとしたオマエにはお似合いだよ」
怨霊の言葉を聞いた俺は、立ち上がって片山に駆け寄ろうとするが、体にほとんど力が入らず、その場に崩れ落ちてしまった。
「やめろ。やめてくれぇ!」
俺が、片山の目の前に立っている怨霊に懇願するように叫ぶと、次の瞬間赤黒い何かが飛び散った。
続く
お久しぶりです、ドルジです、
今月と来月はあまり更新できないと思いますが、それでも、少しでもより多く更新できるように、矛盾しているようですが、努力したいと思います。