第二十五話 慈悲 Mercy
健二視点
探索のための準備を終えた俺たちは、仮拠点としていた部屋を後にし、別館の探索を開始することになった。
「取り敢えずは一階から探索していくか……赤井さんも二階はすぐには行かない方が良いって言ってたし……」
俺が、仮拠点の部屋を出る直前に決めた方針を復唱すると、周りも、頷いた。
時間は、十分前に遡る。俺たちは、別館での最終的な行動方針について話し合っていた。
「少しでも広い範囲を探索するためには、一纏めになってると、一網打尽にされる危険性を避けるためにも、二つぐらいにグループを分けるべきじゃないかな?」
朝倉さんがそう言うと、片山が立ち上がり意見を述べる。
「いいえ。確かに桐生さんの呪いは危険だと思いますけれど、ここで自発的に分散することはあまり得策だとは思えません」
片山の言葉を受けた朝倉さんは、反論できない様子で椅子に座ると口を開いた。
「確かに、片山さんの言う通りね。分散すればまた集まれるとは限らないものね……」
朝倉さんがそう言って項垂れると、篠原が声を掛ける。
「朝倉さん。桐生さんの腕が心配なのは分かりますよ。でも、私は皆が一緒の方がいいと思います」
篠原の言葉を聞いた後に、俺は先程までから考えていた仮説を話すために立ち上がった。
「あの、これは俺の推測なんですけど、今は、さっき出てきた子供の怨霊みたいなのは出てこないんじゃないかなって思うんだ」
俺の言葉を受けた全員が、こちらに顔を向ける。
「さっきから見ていても、アイツは、俺たちのことを羽虫程度にしか思っていないようだった。それを考えれば、俺たちを態々殺すために労力を費やすことはしないんじゃないかって思えるんだ」
俺の言葉は何とか伝わったらしく、全員が今までとは何処か違う落ち着いた顔をしている。
「そうだな。確かにさっきのガキはどう見ても、俺らを見下したような態度だったのは分かってたし、今のアイツは、俺らにちょっかいを掛けては来ないだろう」
小鳥遊さんがそう言うと、先ほど現れた音量のことを思い出したのか、不快げに手元にあった飲み物を飲み干した。
「そうだね。僕にかかった呪いも考えれば、相手は、僕らが死ぬのは時間の問題で、自分たちは何もしなくてもいいって考えているだろう」
桐生さんは、呪いによって侵食された自らの右手を少し眺めながらそう言った。片山が思いついたように口を開く。
「あの怨霊は、その気になれば私たちを呪い殺すことも、取殺すことも幾らでも出来る。あれほどの怨霊だったら存在しているだけで、十字架が教えてくれるから、近くに来たらすぐに分かるよ」
そう言うと、今まで俺も忘れていたような十字架を制服のポケットから取り出した。
「特に気にせずに持っていたけど、やっぱりこれが一回だけ身代わりになるって言うのは本当だったのか。だったら、これからの方針としては、無理はしない範囲でこの別館を纏まった状態で探索するという事でいいか?」
朝斗が、不器用にそう尋ねると、全員が特に問題はない様子で頷く。
それからは、細かい方針の確認を行った後に最低限だけの荷物の用意を終えた後に別館を探索するために仮拠点から出発し、現在に至っている。
「まずは、この部屋から調べよう」
仮拠点の話し合いで決めた通りに一階の部屋から調べていくことになった俺たちは、まずは仮拠点の隣に存在する部屋から調べていく事になった。
「ここは書庫だな……」
朝斗が言うように、部屋の中は三列ほどの書庫だった。赤黒い部屋を照らすための赤いロウソクが壁に立て掛けられている。
「安全そうだし、部屋の中を調べてみようぜ。何か手がかりになる物があるかもしれないしさ」
俺がそう言うと、全員が部屋の中へと進んでいった。
部屋にある本棚を調べても、手掛かりになりそうな本は存在せず、全員が再度部屋の入り口の近くに集まることになった。
「この部屋には手掛かりになりそうな物はないみたいね」
朝倉さんは、がっかりしているような様子でそう言った。俺たちがそのまま部屋を出ようとした時、十字架が強く光り始めた。
「外に誰かいるのか!?」
俺たちは、息を潜めて扉の向こう側に神経を集中させた。すると、黒騎士とは異なる、ジワジワと潰されるような重圧を感じると同時に、何処か苛立ちが混じった少年が聞こえた。
「あの生きた人間たちさっきの部屋から居なくなっていたな……何もしないなら遊んであげようと思ってたのになぁ」
声の正体は、別館に入ってから頻繁に現れている、怨霊の少年だった。
「面白い怨霊を用意したのに、何で僕の思い通りに動かないんだよ。これだから生きた人間は嫌いなんだ」
苛立ち混じりの声で独り言を続ける少年は、明らかに自分たちを探している様子だった。
「お兄ちゃん達を探すのは、今はいいや。それよりも、地下で暴れている馬鹿を蹴散らす方が先かな」
そんな声がしたと思うと、今まで感じていた重圧が消える。今までジワジワと体を潰されていたような感覚が消えたことを感じた俺たちは、その場で、まるで今まで呼吸を止めていたかのように、息を切らしていた。
「今の、生きた心地がしないな……」
俺がそう言うと、他の全員も息を整えながら頷いた。
俺を含めた全員が息を整えると、扉から最も近かった片山が俺に声を掛けてきた。
「高本くん。さっきの怨霊の男の子のことだけど、どう思った?」
片山の問いかけを受けた俺は、あまり意味が分からなかったのもあってだが、答えられずに黙っていると、片山が口を開いた。
「変なことを聞いてゴメンネ。今私が聞いたことは忘れてね」
そう言うと、片山は篠原たちの方へと向かった。俺にはこの時の問いかけの意味があまり分からなかった。
続く
どうもドルジです。
今回は、最後にこの別館での謎を解くために必要な鍵が出てきました。ヒントは、サブタイトルです。