間章その3 騎士の誉れ
騎士の亡霊視点
少年たちが立ち去ったことを確認した私は、眼前の敵に意識を集中させる。
「ドケ……ニンゲンコロス」
冷静に観察すれば、数は多いが、知性も完全に塗りつぶされていることが伺える。
(この程度ならなんとかなるか)
敵の観察を終えた私は、武器を構えたまま敵のうめき声にあえて答えた。
「いいや。お前たちは此処で完全に消滅する。怨念に完全に飲まれた亡者どもよ……!」
それだけ述べた私は、魍魎の軍勢に飛びかかり、最前列に立っていた一体の首を剣で刎ねる。
「グギ!?」
不意を突かれた他の怨霊たちが動揺している隙に、返す刃で、他の魍魎どもの急所を切り裂く。
「貴様、ナメルナ!」
最早人の原型をとどめていない怨霊の一体が、鉤爪を振りかざす。その一撃を身を翻すことによって回避した私は、敵の顔面を、霊力を集中させた盾で殴り飛ばした。
「グギギギギギギッ!」
脳天を割られた怨霊は、後方に居る魍魎の群れごと弾き飛ばされる。それを見越した私は、まだ生き残っている怨霊に剣を振りかざす。
「ッチ。小癪な!」
比較的知性の高いと思われる怨霊が前に出ると、念を私にぶつける。一瞬押し止められたが、私の霊体に懸けられた重圧を振りほどき、体に纏わせている霧を剣に集中させて、敵の首筋を切り裂く。
「ゴヒュ……」
霊力の高い個体が倒されたことに物怖じしたのか、魍魎どもは、後ろに下がった。
「どうした。まさか私一人に怖気ついたのか?」
魍魎どもは、明確な敵意をこちらに向けるが、先ほどのような単純な攻撃を仕掛けてこようとはしない。
(やれやれ。流石にこちらも霊力はそんなに多いわけではないのだがな。持久戦に持ち込まれればまずいか)
そんな風に思案していると、敵の群れの後方で突然凄まじい斬撃が迸った。それは、奇襲とはいえ、素晴らしいまでの踏み込みと一撃であった。
「ゲボォォ!」
三体ほどの怨霊を一撃で仕留めた何者かが、敵の群れを飛び越えてこちら側に現れた。敵を切り裂いたのは手に妖刀と思われる刀を持った、少し焼け焦げた跡があるパイロットスーツを来た青年だった。
「大丈夫ですか。怨霊の気配がしたからここまで来たのですが……」
青年は敵に得物を構えたまま、私にそう言った。
「いいや。そこまで問題ではない……と言いたいところだが、あまり霊力の残量が多くなくてな。済まないがこいつらの処理を手伝ってもらえるか?」
私の頼みに、青年は悩むことなく頷いた。
「おいおい貴志。お前もあまり余裕がないくせして人助けかよ。左手はまだ回復しきってないだろうが」
すると、青年を茶化すような声が、妖刀から聞こえてきた。
「しょうがないだろう。こんな状態になっているのをほっておくわけにもいかないだろう。それに……」
業を煮やして飛びかかってきた怨霊を一刀両断した上で、青年は続ける。
「こんな状況下で、このまま何もしないのは流石に僕の精神に反するんだ」
青年の言葉を受けた妖刀は、そのまま答える。
「そうかよ」
それだけ言うと、妖刀は、今度は私に話しかけてきた。
「おい、そこの亡霊。そういう訳だから手を貸してもらうぜ」
妖刀の言葉に、私は首を縦に降る。そして敵を改めて見据え手に持っている獲物を構える。
「ああ。二人係なら何とかなるだろう。背中は預けるぞ」
私がそう言った次の瞬間、痺れを切らした魍魎の群れが一斉に飛びかかってきた。
「行くぞ、魍魎共。知恵のない貴様たちに私と、この男についてこられるか!?」
先ほどの一撃を見ていた私には、二人でならば、この魍魎共を討ち滅ぼせると確信できていた。そして、眼前まで迫っていた敵の爪を、私は、自らの剣で腕ごと切り落とした。
おおよそ10分程で私たちは、すべての敵を殲滅することができた。
「済まない。君のおかげで、私は時間を稼ぐばかりか、怨霊どもを倒すことまでできた。感謝する」
私は、青年に感謝の言葉を伝えた。青年は少し照れくさいような様子で微笑む。その光景を見ていると、生前の仲間たちとの思い出が脳裏をよぎった。
(そういえば、かつては、こうして仲間たちと、勝利の誉れをともに分かち合ったものだったな。こうして仲間と勝利を噛み締めることができたのも数百年ぶりか……)
私がそんな風に考えていると、突然、後ろから何かが私の体を鎧ごと貫いた。
「!?」
後ろを振り返ると、それは今まで倒した怨霊の残骸だった。怨霊たちは、自らの体の残骸を集め、最後の力を使って、私に一矢報いたのだった。
「しまった!」
青年は、すかさず妖刀で怨霊の残骸で出来た槍を切り裂いた。残骸に過ぎなかった槍は、それだけで、跡形もなく消えっ去っていった。
「おい! 大丈夫か亡霊騎士!」
妖刀が私に声を張り上げて話しかける。しかし、自分の傷は一番わかるが、これは助からない。
「まさか……此処で油断するとはな」
それだけしか口から出る言葉はなかった。そして私はその場に崩れ落ちた。
「大丈夫ですか!? いま手当を――」
青年が駆けつけようとしたが、私は手で制止した。
「私は構わない。急所を貫かれては助からん。お前に仲間がいるならば、先に向かえ」
私の言葉を受けた青年は、一瞬悩んだ後、地下の道を奥へと進んでいった。それを私は見送りながら、かつての仲間たちの霊力が消えていくのを感じた。
(そうか……お前たちも逝ったか。騎士長殿も、みんな……これでやっと私も逝ける)
私はそれだけ考え目を閉じると、体がスッと消えていくのを感じた。
続く
お久しぶりです。ドルジです。
今月が、下旬にある程度は更新できると思います。