第二十二話 別れ Farewell
健二視点
怨霊であると思われる少年が立ち去るのを見届けた俺は、無力感から咄嗟に近くの壁を殴りつけた。
「おい、落ち着け貴志。今壁を殴ったところであの子供がどうにかなるわけじゃないんだぞ」
朝斗の言葉を聞いた俺は、頭こそ冷静になったが、どうしようもないほどの不快感を消すことができなかった
(あんな子供が、平然とあんなことをいうものなのか……? いや、そもそも人食い部屋ってなんだよ)
俺は、心の中にある理解できない何かを消すことができないまま、先に進む。今の自分には、分からないなりにも、ただ先に進むことしか出来なかった。
「待ってみんな。気配は微弱だけど、この先に誰かがいる。」
俺たちが進もうとすると、片山は気配に気がついたかのようにそう言った。制服のポケットから十字架を取り出すと、確かに弱々しく光っていた。
「私は見に行ってみるべきだと思うんだけど、みんなはどう思う?」
片山は俺たち全員に問いかける。
「今は何も手がかりがない訳だし、今見に行くのも良いんじゃないか?」
片山の問いに対して俺は、思うままに答えた。他の全員も俺と同じように考えていたかのような様子であった。
「確かに、拠点を探すことも優先だがけど、今の僕たちにはあまりにも情報が少なすぎることも事実だ」
「それだったら今目に映っている気配を調べてみるのも確かに考えとしては正しいですね。さっきの男の子の言っていた、【人食い部屋】がこの別館にもあるかもしれないことを考えると、不用意に部屋を探索することも逆に危ないですからね」
拠点を探すことを提案した桐生さんと、片山と可能な限り常にそばにいる篠原は、そう言った。
「それじゃあ、気配のする所に行くってことでいいな?」
今まで俺たちをまとめ続けていた桐生さんの代わりに、小鳥遊さんはそう言った。俺たち全員は再度意思表示をするかのように、頷く。
「片山さん、ここを左に曲がった所で良かったのかしら?」
長く続く廊下を進むと曲がり角が見えてきた。それを確認した朝倉さんは、片山にそう質問した。
「はい。さっきよりも気配が僅かに薄れていますけど、確かにこの先で合っています」
片山がそう答えると、全員が息を僅かにひそめる。それも無理もない事である。何故なら、片山を含めた俺たちを嵌めるために用意された罠の可能性も有るからである。
曲がり角の手前で俺たちが止まると、小鳥遊さんは、全員に向かって話し始める。
「前は俺と、高本で行く。みんなは後ろから来てくれ」
小鳥遊さんの言葉に驚いた俺は、慌てて彼の方を見た。
「仕方ないだろう。この中で身体能力の高いのは、俺とお前ぐらいだからな。最悪の場合は、捨て駒になるしかないってことだ」
小鳥遊さんは、自分を含め【捨て駒】と言った。俺は一瞬頭に血が登りそうになったが、咄嗟に抑えた。
(確かに女子や、俺よりも頭の良い朝斗や桐生さんに前を見に行かせることは出来ないか)
冷静さを取り戻した俺は、小鳥遊さんの提案に頷いた。
「それじゃあ。早速見に行くぞ」
小鳥遊さんの言葉に頷いた俺は、そのまま曲がり角の奥を見た。
そこは、まるで大きな力と力がぶつかりあった後の戦場のようだった。元々広間だったと思われる部屋は、刀剣類と思われる何かで切り裂かれた痕が至るところに残っている
「おいおい何だよ、こりゃ」
小鳥遊さんも、今までとは何処か気色の異なった光景に驚いているようだった。
「二人共、様子はどうですか?」
後ろから篠原が声を掛けてきた。他の全員も一緒にいることがわかった。
「何だこれ……まるで何かが戦った後じゃないか」
桐生さんは、呆然としたかのような様子でそう言った。俺もあまりの光景に唖然としていると、片山が奥の方を指差しながら答えた。
「ここから反対側の壁に誰かいます」
片山が指を差した方向には、ボロボロの赤い服を来た男が壁に寄りかかっている。
「あれって、赤井さんですか!?」
篠原の言葉を受けた俺たちは、そのまま赤井さんもたれかかっている方に向かった。
「おや。皆さんどうしたのですか? 私は確か、【別館の怨霊を私が始末するまでここには来るな】と言っておいた筈ですが」
俺から見ても明らかにそれは強がりであった。赤井さんの全身から血を吹き出し、手足やマントの末端は、存在が薄れている。
「まさか黒騎士と戦ったのですか?」
片山は、赤井さんにそう訪ねた。すると自嘲的に微笑みながら答える。
「その通りですよ。確かにアイツを殺すことは出来ましたが、私は、この様ですがね」
その姿には、今までの余裕はまるで無かった。
「まあ、今なら怨霊はほとんどここにはいませんし、下では誰かは知りませんが、上手く足止め出来ているようですから当分は大丈夫でしょう」
赤井さんはそう言うと、俺たちが来た方向とは逆の廊下を指差し、口を開く。
「あなたたちが来た廊下とは逆の、この広間から見て手前から二番目の部屋が、比較的安全ですし、食料もあります。ただ、暫くは二階には行かないほうがいいですよ。あなたたちが対峙するには早すぎる、この世界の呪いの【根幹】と呼ぶべき存在がいます」
赤井さんがそう言ったと思うと、廊下を指差していた腕がどろりと溶けるように無くなった。
「赤井さん!?」
篠原が駆け寄ろうとすると、赤井さんはそれを制した。
「今は私に構っている場合ではないですよ。何、数年間ぐらい休んで霊力を貯めればこれぐらいの傷は治りますよ」
赤井さんがそういうのを見た俺たちは、複雑な気分になった。どう見ても、赤井さんの傷は、死に直結するものであることが明白であったからだ。しかし……
「分かりました」
俺は、ここで進まなくてはならないと思えた。周りの全員が驚いたような様子でこちらを見てきたが、それでも前に進まなくてはならないと思った。
「ああ。分かったなら早く行け。本当は人間のお守りなんかうんざりしていたんだ」
赤井さんは、今までの丁寧な口調とはまるで異なる口調でそう言った。
「ああ。俺たちがここまで来られたのは、あなたのおかげだ。ありがとう」
俺はそれだけ言うと、先に進んだ。他の全員そのままそれに続く形で付いてきた。
その時、後ろで固まりのようなモノがドロリと溶けるような音がした。
続く
こんにちはドルジです。
今回は割と早く更新することができました。来月はあまり更新できないと思いますが、出来る範囲で執筆して行こうと思います。