第十九話Aパート 想い Affection
赤井視点
黒騎士の剣を私の代わりに受けた沙織は、その場で崩れ落ちる。私は、一瞬何が起きたのかが分からなかった。
「沙織……何で?」
私は、黒騎士の剣で切り裂かれた沙織を抱き起こす。沙織の傷は、どう見ても致命傷に成りうる物であった。そんな傷を負いながらも沙織は私に何かを伝えよとしている。
「良かった。赤マントが無事で……傷、痛くない?」
こんな傷を負いながらも沙織は、私の心配をしている。私は今までとはまったく違う苛立ちを覚える。
「こんな時にまで、何故、他人の心配をしているのですか!
あなたの傷の方が、よほど酷いじゃないですか! 今から手当をしますから……」
私が、少しでも彼女を助ける可能性が残っていることを祈りつつ傷を手当しようとすると、沙織は、私を制した。
「私はいいの。この傷だと助からないことは分かるから。それよりも赤マント。こんな私でも、誰かの役に立つことが出来たかな? 私、今も自分がわからないの……今でも誰かを妬ましく思い続けているんじゃないかって、とても怖いの。このままじゃ自分をまた見失って、呪いを撒き散らすようになるかもしれないと思うと怖いの……」
彼女の言葉を受けた私は、自分が言うべきであろう言葉を自然と答えることが出来た。
「沙織。あなたは怨霊などではなく、れっきとした人間ですよ。何故なら怨霊は今のあなたのように、自分自身に恐怖したり、悩んだりなんてしませんからね。それに怨霊が誰かのために動こうなんてしませんよ」
私の言葉を受けた沙織は、一瞬虚を突かれたような顔をした後に微笑みながら答える。
「そっか……私は誰かに認めて欲しかっただけだったんだ。ありがとう赤マント。それとごめんなさい……」
ふと沙織の体を見ると、明らかに末端の存在が弱まっているようであった。こうなっては、もはや手の施しようは全くないといっても過言ではない。
「最後にお願いがあるの。駄目かな?」
私は、首を横に振り、彼女の願いを受け入れることを肯定した。すると、沙織は嬉しそうに服のポケットから何かしらの指輪のようなものを取り出した。
「私のお守りを受け取ってくれないかな?私が持っていてもあまり意味がなかったものだから、今の赤マントに使って欲しいの」
私は彼女が手に持っていた指輪を受け取った。指輪を受け取って私は、この指輪には数百年分蓄積された霊力と、沙織の強い思念が宿っている事が分かった。
「今まで色々な話を聞いてくれてありがとう、赤マント。それと、こんな私に振り回させてごめんね。ただ、あなたが私のことを最後まで見捨てていなかったことが分かって嬉しかったよ」
「最後にあなたに会えて良かった。さようなら……」
沙織はそれだけ言うと、まるで、最初からそこには何もなかったかのように消えた。この時、私は、ようやくむしろ私こそが彼女に救われていたことに気がついた。
「ありがとう沙織。君のことは、たとえどれだけ悠久の時が経とうとも決して忘れない」
私は彼女から貰った指輪を付けた。すると、消耗していた霊力も、体の傷も全快した。ふと黒騎士が立っていた場所を見ると、そこには何故か黒騎士が未だに立っていた。傷もほとんど治っている今ならば、私を無視してそのまま健二たちの方に向かうと思っていた私は、僅かながら驚愕した
「黒騎士。何故お前がまだここにいる? 私としては幸いなことではあるが、お前は、私を倒して健二達を追うんじゃなかったのか?」
私の問いを受けた黒騎士はその場から動くことなく淡々と答える。
「いや、どんな形であれ、私は、まだお前に止めを指していない。それに先ほどの状況に割って入るのも、無粋であろう」
黒騎士は、怨霊らしからぬ理由を答える。この時私は、一つの確信を得た。
(間違いない。私の見立て通りなら、コイツは、僅かながらも生前の人間性を取り戻している。だが……)
もはや、ここで引く訳にはいかない。沙織を二度も殺したこいつを許すわけにはいかない。そして何よりも、黒騎士と再度剣を交え、先ほどの推測を再度確かめなければならない。
「行くぞ。黒騎士。」
私は、ただ一言のみの宣言を言い、黒騎士へと飛びかかる。戦術はすでに組み立てた。黒騎士は特別に動揺する様子もなく、私に対して霧剣を振り下ろした。私はそれをすかさず体を液化させ回避する。
「そこだ」
液化し、後ろに回り込んだ私は、すかさず巨大な大鎌を作り黒騎士の首にめがけて振りかざした。しかし、黒騎士はそれをまるで予測していたかのように霧剣を背に構え、受け止める。奇襲用に作り上げた大鎌は、霧剣の力に耐えることが出来ず、そのまま破壊された。
「どうした赤マント。これで終わりか?」
まだ終わるわけにはいかない。砕かれた大鎌の破片に渾身の思念を飛ばし、複数の小さな、しかし強固な血の刃を作った。
「その程度の小細工では私は倒せないぞ」
黒騎士は、意に介する様子も無く血の刃を受ける。黒騎士は血の刃を受けたものの全く傷を負ってはいない。だがこの血の刃は攻撃用ではない……
「今だ……縛れ!!」
すると、黒騎士を切り刻もうとしていた血の刃は、動きを変化させ、黒騎士を拘束するための網へと姿を瞬時に変わる。あいつを飯綱単体で殺し尽くせないならば、時間を稼ぐまで。
「何!?」
最初から拘束用に作り出した血の網は、それを攻撃用の刃であると勘違いしていた黒騎士は容易に網に拘束された。黒騎士が網に拘束されたことを確認した私は、素早く助走を取るための距離を取る。
「もらった。走れ。紫【飯綱】」
私は、自らを再度飯綱へ変化させ、黒騎士を切り裂く。ここからは時間との勝負だ。あいつが血の網を振りほどくのと、私が黒騎士を殺し尽くすことの、どちらが速いかが勝敗を分ける。
「こしゃくな」
黒騎士は既に血の網を既に半分破りかけている。しかし、今はまだ手を使うことができない今ならば何ら問題はない。既に黒騎士の体を、以前の飯綱と同レベルまで切り裂いている。
「爆ぜろ。霧剣」
黒騎士がそう言った次の瞬間、破壊力を伴った黒い霧が文字通り爆発した。飯綱と化している私には効かなかったにしても、黒騎士は今の爆発により、網を完全に破っている。このままでは先程と同じようにカウンターの一撃を受けるのみであろう。されど、一度走り出した飯綱は、容易に止めることは不可能である。故に、敢えて最後に渾身の一撃を、奴の首に叩き込む。
「これで終わりだ。赤マント」
黒騎士は、私の攻撃を先ほどと同じように、回避しようとしていた。しかし、黒騎士は無意識の内に先ほどと全く同じ避け方をしようとしていた。そこはあくまでも、私の射程距離であり、むしろ、黒騎士は自らを逆に追い込んだと言える。私はそのまま、黒騎士の首にめがけて、その刃を向ける。黒騎士も、自分自身の判断の誤りに気づきながらも、剣を振り下ろす。
結果は、速さでは私の勝ちであった。私は、黒騎士が私に剣を振り下ろすよりも速く奴の首を刎ねることが出来た。しかし、この屋敷において、アイルランドの【首なし騎士】の妖精の二つ名で呼ばれたように。奴は、首のない状態でそのまま私に再度斬りかかってきた。
(しまった。このままでは……)
その時、沙織からもらった指輪が光を放った。その瞬間、黒騎士の体一瞬硬直した。この好機を逃すわけには行かない。
(頭がダメなら、今度は……!)
私は、残った霊力の全てを左手の手刀に集中し、黒騎士の胴体に突き放つ。光による硬直から解放された黒騎士は霧の盾を作り上げる。霧の盾に当たった手刀は霧の盾を削りながらも、ひび割れていく。
「ダメか……」
その時、先ほどの光が左手から現れる、光の中には再生した左手の手刀と、いつの間にか薬指につけられていた指輪が存在した。
【負けないで】
沙織の声が聞こえたと思った次の瞬間、手刀は霧の盾を、黒騎士ごと貫いていた。
「そうか……私の敗北、か……見事だ」
黒騎士はそう一言呟いた。その瞬間、私は、黒騎士に勝利したことを理解した。だが、心にはかつてのような【憎しみ】も、【沙織の敵を取った】という達成感も無い。そう、心に宿る思いは、先程立てた推測の再度の確信と、今まで黒騎士への憎しみのみで行動し続けてきた自分への後悔だけであった。ただ、それは決して無意味な物では断じてないとも思える。
(人の心には、この黒騎士のように怨霊になるような負の側面も、健二たちのような、例えこんな世界で閉じ込められようとも最後まで諦めない希望のような正の側面もどちらも存在するのか……だからこそ、沙織は一度怨霊になりながらも、最後の一瞬には、自分を取り戻すことができたのか。)
「私もまた、この世界に囚われただけの存在というわけだったのか……」
私は、自分自身を振り返り思った独白を無意識の内に言い、その場に崩れ落ちた。
続く
こんばんはドルジです。
今回は、遂に赤マントと黒騎士の関係に決着を付けることができました。内心ではもっと他にも終わり方はあったのではないかとも思いましたが、この終わり方しか私には思いつきませんでした。自分自身の未熟さを改めて痛感することができました。
今月中にあと一度は更新したいと思います。