間章 怨霊 Revengeful Ghost
沙織視点。
赤マントのおかげで正気に戻ることのできた私は彼に今生きている人たちのサポートを任された。しかし私には時間があまり残されていなかった。
【憎め】
正規の修行を受けている霊能力者に除霊されたわけでも無く、この世界に縛り付けられている私は未だに頭の中では生きている人間への憎しみが溢れそうになっている。おそらく今のままでいられるのもそう長くはないであろうと私は思った。
「「君はこんなところで何をしているんだい?」」
そんな風に自分自身をどれだけ保っていられるかを思案していると、始めてこの館……この世界に引き込まれた時に出会った双子に出会った。
「あなたたちこそこんなところで何をしているの?いま別館から怨霊たちが大挙して押し寄せているんだよ」
私は何故か逆に訪ねた。双子たちは私が記憶している中ではかつてないほど焦っている様子である。
「「だからこそ今から結界をより強力なモノになるように補強しに行くんだよ! そうだ。お姉ちゃんも手伝ってくれないかな? 人手が足りないんだ」」
双子の言葉に私は自然と頷いていた。私の答えを聞いた双子は嬉しそうに笑いながら私の手を引っ張り始める。
「「お姉ちゃんみたいな人に出会えてよかったよ。結界を貼り直す場所こっちだからついてきて」」
私は双子に引っ張られるまま着いていった。
【憎い。妬ましい】
双子に手を引っ張られ私は結界が貼られているらしい廊下に連れられてきた。結界の外側と思われる場所から数こそ思っていたよりも少ないながらも、ありとあらゆる姿の怨霊がひしめき合っている。その光景はかつての、引いては後の自分自身を思い起こさせるものであった。
(いけない。今はこの子達の結界の補強)
私は雑念を捨て、双子が行おうとしている作業を手伝うことに集中した。
作業工程はいたってシンプルな物であった。うまく柱の影などに隠されている結界の起点らしき傷だらけの十字架を取り替え祈りを捧げるだけである。注意するべき点としては古い十字架を取る前に、新しい十字架を置かないと結界が壊れるということである。
「「ありがとうお姉ちゃん。おかげで込められる霊力がもっと大きくすることができたよ」」
双子たちは私にお礼を言うと、そのまま別の場所の結界へと向かっていった。私はふと改めて結界の向こう側を見た。
「ニクイ ネタマシイ タスケテ コノケッカイがジャマダ コロシテヤル」
そんな声が結界越しでも聞こえてくる。気が変になりそうなのを抑えてその場をさろうとした時、私が最後に呪い殺しそうとして最終的には餓死したあの少女が目に付いた。
「私を呪い殺そうとしたのにまだそんなことしているの?バッカみたい。生きている人間なんてみんな呪い殺しちゃえばいいんだよ」
あの少女は私が彼に再開する直前と同じようなことを言った後に今の私にとっては聞きたくない言葉を言い放った。
「あなたもワタシタチガワなんだからこの結界なんて壊しちゃえばいいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間私の中に響き続けていた声が凄まじい速度で増長する。
【憎い 妬ましい 助けて 殺してやる】
そんな声が今までよりも明らかに大きくなる。私は耐え切れずにその場にうずくまった。
(違う。違うの。私はただ寂しかっただけで……アレ?)
今咄嗟に思いついた言葉が言い訳であることに気づいた私はショックのあまり霊体ながらも私自身に吐き気が襲ってきた。
「ほら。あなたも一緒だったじゃない。でも大丈夫だよ。ダッテワタシタチトオンナジニナレバラクニナレルヨ。ダッテダレカヲウラムダケデイインダモン」
彼女の言葉を受けて気が動転した私はその少女に掴みかかった。
「違う!私とあなたは違う!だって。私には彼が、赤マントがいるもの……」
私の言葉を受けた少女は意に介した様子もなく、むしろどこかイラついたような様子で答える。
「何だ。頼る誰かが居るか居ないかということだけか。それだったら私には奏ちゃんがいるもの。あなたの言っていることも所詮は無意味なことなんだよ?ワカッテイルカナ?」
その言葉を聞いた次の瞬間私は何処かに行くという訳でもなくその場から駆け出していた。少しでも早くこの場を離れるために。
気がつけばかつて自分がいた別館の入口の近くの場所に来ていた。おそらく赤マントが頑張っているのだと思うけれども、結界の境目一帯を除けばほとんど怨霊がいなかった。
(赤マントは頑張っているのにどうして私はこんなのなんだろう……)
思い返せば生前からそうだった。ドジで特別な取り柄もない私は赤マントに出会うまでは友達も一人も居ない生活を送っていた。そんな時に彼に出会えたこと自体は私にとってはすごく幸福な事なんだと思えた。卑屈な考えを頭から振り払うために頭を振り回したその時、別館の方から赤マントの気配がした。私はつられるようにその気配する方向に向かった。
気配のする別館の奥には赤マントとあの黒騎士がいる。黒騎士の姿を見た瞬間ここに来たときのことが頭をよぎった。
ふと学校帰りの通学路にある豪邸を眺めていると、世界が赤く塗り変わった。目の前の豪邸に至っては、何故か別の古めかしい洋館に変わっていた。
(入った方がいいのかな)
私は少し悩んだけれども、屋敷の中に入った。しかしそこであの漆黒の騎士に出会ってしまったのである。私は逃げた。走った先には行き止まりがあった。左右に扉がないかと探しているとやつがもう追いついてきた。咄嗟に一番近い扉に入ろうとしたその時、黒騎士は手に持っていた槍を私めがけて投擲してきた。投げられた槍はドアノブに伸ばしていた私の手を吹き飛ばした。その時声も出すことができない程の激痛が私を襲った。
激痛で蹲っている私に黒騎士が近づいてきた。見上げてみると、黒騎士は無言で剣を振り上げていた。無言ながらも私を殺せることに喜びを感じている様にも思えた。
(助けて赤マント……)
次の瞬間建が振り下ろされ、そのまま私は殺された。
私は思い出してしまった自分が殺された瞬間を振り払うように頭を横に振るう。そして改めて見ると、赤マントは怪我をしているように見えた。そして黒騎士は怪我をしている赤マントに対して剣を振りかざした。それを見た瞬間自分自身が殺された時のことが頭に再度蘇る。
「ダメっ!!」
次の瞬間体が勝手に動いていた。本来ではありえない速度で走って私は赤マントの前にまるで盾のように立った。そして私はあの時と同様に黒騎士に斬られた。黒騎士に斬られた私は赤マントの方を倒れながら振り向いた。
その時の赤マントはとても驚いていると同時に悲しげな今にも泣きそうな顔をしている。
(どうして泣きそうな顔をしているの?私でも、こんな時にあなたを守ることができたんだよ?)
私は倒れる時の一瞬にそう思った。
続く
どうもドルジです。
今回はこの世界においては一度怨霊となってしまった霊は完全な清純な霊に戻る方法はほとんどないということを実例を持って表現したく書きました。
そろそろこの赤マントの戦闘パートらしき何かも終わるとは思うので、読んでくださっている方々は気軽にお待ちください。