第十一話Bパート 言霊 The soul of language
雄介視点。
目の前に篠原が飛び出してくるのを見た黒騎士は一瞬驚きこそしたけれども、鼻で笑う様子で口を開いた。
「どうした小娘。私に殺される心の準備が出来たのか?」
黒騎士の言葉を受けた篠原は恐怖こそ隠せない様子であったけれども、黒騎士相手に叱咤を切った。
【さっきから聞いていたらただ自分たちがこの世界に連れてこられて、それから死んだことを今生きている人たちに八つ当たりしているだけではないですか!!そんなことをしたって何も意味が無いし、成仏することが出来なくなるとどうして分からないのですか!?】
「何……」
黒騎士は明らかに篠原の言葉に動揺している様子だった。それに気づいているのかわからないが篠原は更に続けた。
【あなたたちの生前は騎士団だったのですよね!?確かに死んでしまったことには同情できますけれども、だからといって他人を呪ったり恨んで殺したりしていい理由にはなりません!!それなのに……】
篠原が叫び続けているのを俺が止めようとしたら、俺よりも先に毛利が前に出て篠原を止め始めた。
「篠原やめろ。悪霊にはこんなことを言っても逆効果だ」
篠原は毛利の制止を受けたけれども、そのまま黒騎士に対して話しを続けた。
【大体私たちが惰性で生きているなんて勝手に決めないでください!あなたたちが受けた生前の訓練については私にはわかりませんけれども、他の人間を妬んだ上で殺す理由になるなんて、そんなの絶対おかしいです!!】
「黙れ……」
篠原の言葉を受けた黒騎士はそう呟いた。それに気づいていないのか篠原はさらに続けた
【あなたたちはただ自分自身の不幸を許容することができなくて、他人の幸福が我慢できなかっただけなのですよ!!そんなくだらないことで人生の価値を勝手に決めないでください!!そんな人たちが騎士団だなんて聞いて呆れます!!】
「黙れ!!!」
黒騎士は逆上して叫んだ後しばらくすると落ち着いた様子で口を開けた。
「貴様はそんなに死にたいらしいな。いいだろう。まず貴様から先に殺す」
そう言って黒騎士が篠原に何かしようとした瞬間、さっきまで何もしていなかった赤井が急に篠原と黒騎士の間に割って入った。
「どういうつもりだ赤マント?」
黒騎士はあまり驚いていない様子で赤井に声をかけた。
「いえいえ。彼女が【言霊】を行っている間に頭が冷静になりましてね。今回は一旦ここで退散させていただきます。他の奥の手を今使うわけにはいきませんからね。ほら篠原さん、毛利くん、小鳥遊くん行きますよ。」
赤井はそれだけ言うと俺たちを赤い霧のようなもので覆った後に来た道を戻ろうとしていた時に黒騎士が俺たちに再度声を掛けてきた。
「貴様篠原といったか。我らの誇りを傷つけた貴様だけは【殺す】」
それだけ言うと黒騎士はどこかに立ち去ろうとした。それを見た赤井は黒騎士に言った。
「そうですか。ですがその前に【俺がお前を殺します】」
赤井の言葉を聞いた黒騎士は「別館で待つ」とだけ言ってその場から去った。
「篠原。何であの怨霊にあんなことを言った。悪霊や怨霊には逆効果だってわかっているだろう」
毛利は俺が見たことがないぐらい怒った様子で篠原に言った。篠原はその場で少しふさぎこんだ様子でいたと思うと口を開いた。
「すみません。頭では逆効果だって分かっていたのですが、まるで自分たち以外は無価値だって言っているみたいでどうしても我慢できなくて……怨霊が生きている人間全般を妬ましく思うことは頭ではわかっていたのですが、どうしても我慢できませんでした」
篠原はそれだけ言うと再度ふさぎこんだように複雑そうにしていた。そんな様子の篠原を見ていた毛利は少し困ったような子をしていた。そんな二人を見ていた赤井が二人に声をかけた。
「毛利くん。あまり篠原さんを責めないでください。彼女が【言霊】を言ってくれたおかげで私が頭の熱を冷ます時間ができましたしね」
赤井はさっきまでの狂気じみた憎しみむき出しの表所とは違う以前までの柔和な笑みを浮かべそう言った。俺は赤井がさっき言った言霊とは何かが気になり聞いてみることにした。
「赤井。その言霊っていうのはなんだよ?」
俺の質問を受けた赤井は柔和な笑みを崩すことなく答えた。
「言霊というのは日本において言葉に宿るとされた霊的な力のことをいいます。声に出した言葉が現実の事情に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良い事が起こり、不吉な言葉を発すると不吉な事が起こるとされています。そのため……」
「聞いた立場として悪いが、はっきり言って難しすぎて訳がわからねえ」
頭がパンクしそうな俺が赤井に説明を止めさせると、赤井は苦笑いしつつ説明を止めた。
「まず一度本館に戻るとしても、これからどうしましょうか?やっぱり別館に向かうのですか?」
しばらくしてやっと立ち直った篠原が俺に訪ねてきた。俺が答えに困っていると毛利がドモっている俺の代わりに答えた。
「とりあえずは健二や片山たちと合流する方が先だ。そういえば小鳥遊さんたちはこの西館はどこまで探索したのですか?」
毛利が俺に話を降ったことに気づいた俺は慌てて答えた。
「確か俺と桐生と二人の時は一階しか探索してないな。後見てないのは三階ぐらいじゃないか?」
俺の言葉を受けた毛利は少し考え込んだ後に言った。
「とにかく今は別行動している健二たちと合流するが先決だな。西館三階と別館の探索は合流した後に再度二手に分け直してからにした方がいい」
篠原も毛利の言葉に頷いた。赤井も特に反対せずそのまま一度本館に戻ることにした。俺自身も反対ではないが、最初に篠原に聞かれた時になぜ自分でどうするべきか答えることができなかったのかが腹立たしかった。
(俺は何であの時自分でどうするべきか言えなかったんだよ。言霊はよく分からねえけどさっき篠原が叱咤きった時だって俺が前に出て何か言うべきだったのに)
俺がそんな風に自分のなかで悶々としていると気がつけば本館に続く扉の前まで来ていた。
続く
どうも、ドルジです。
後一話ずつしたら三章に入りたいと思います。可能なら大学の夏休み中までに完結させたいと思います。
用語集
言霊
言霊とは、日本において言葉に宿ると信じられた霊的な力のこと。言魂とも書く。清音の言霊は、森羅万象がそれによって成り立っているとされる五十音のコトタマの法則のこと。その法則についての学問を言霊学という。
声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良い事が起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた。そのため、祝詞を奏上する時には絶対に誤読がないように注意された。結婚式などでの忌み言葉も言霊の思想に基づくものである。日本は言魂の力によって幸せがもたらされる国「言霊の幸はふ国」とされた。
自分の意志をはっきりと声に出して言うことを言挙げと言い、それが自分の慢心によるものであった場合には悪い結果がもたらされると信じられた。例えば古事記において倭建命が伊吹山に登ったとき山の神の化身に出会ったが、倭建命はこれは神の使いだから帰りに退治しようと言挙げした。それが命の慢心によるものであったため、命は神の祟りに遭い亡くなってしまった。すなわち、言霊思想は万物に神が宿るとする単なるアニミズム的な思想というだけではなく、心の存り様をも示すものであった。