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その七(解答編)

                    16

おばさんの声に呼ばれて、僕らは階下の食堂に集まった。

今夕に限っては、期待しているのは料理ではなく、馨がどんなことを話すかにある。

食堂には、法宮母子が既にいつもの席に揃っていた。

「これで全員がお揃いになったようですね」

馨が立ち上がって、その表情を変えることもなく言った。

「それでは、お食事をしながら説明をさせていただきます」

そう宣言しておいてから、馨がおばさんに合図を送った。既に打合せ済みであったようで、間髪置かず美味しそうな料理が運ばれてくる。

昼食のときはほとんど食欲を失くしていた僕らであったが、今はナメコ汁の匂いがしただけでも涎が垂れて来そうだ。

「まずは水着泥棒の事件の方から説明いたしましょう。あの事件では家屋の外から登って来たという可能性は否定されます。何故なら、4mほどの高さがある屋根に上るためには、梯子かそれに近い機能を持つ道具を必要とするはずですが、地上には梯子などを使用した痕跡もなければ、足跡も見付かりませんでした」

「僕らもそこまでは調べたが・・・、もし仮に外部から上ったという痕跡があったとしても、あの物干し部屋の窓にはクレセント錠が掛かっていて、それを開けないことには中に入れない構造になっているんだよ」

光一がやんわりと、僕らの推理を披露した。

「そのようですね。だけど内部から行くとすれば、2階の宿泊者に気付かれることなく廊下を通り抜けなくてはならないという大問題がある。外部の人間にとってそれはかなり無謀な行動だ」

「その通りさ。外からも中からも、あの物干し部屋に入るのは不可能に近いことなのだ」

光一の口調が、徐々に厳しくなってきた。

「普通に考えると不可能でしょうね。でも僕の下した結論から申し上げるなら、あの犯人が人間ではなかったとすれば、話は別です」

「まさか犯人はリスだった・・・なんて言うんじゃないだろうな?」

外国映画で見るような大袈裟なポーズで、光一が両腕を横に広げた。

「おやおや、そのように言うつもりですが、いけませんか? 君達がそこまで推理されたのであれば敬意を表しますが、そこで思考停止してしまったのだとすれば、それはとても残念だと言うしかありません」

「僕らの考えでは、あの水着を盗むのはリスには絶対に無理だ!」

「はははっ、もしかして君達は、カネ婆さん家の『リスちゃん』をリスだと勘違いしていたのかな」

「だって、リスはリス以外にないだろ・・・」

光一の頭の中には、こいつ何を言っているんだ?という文章が続いているに違いない。

「あのお婆さんはバナナで誘き出せると考えていたようですよね。バナナからまず最初に思い付くのはサルでしょう?」

「サルだと? あのお婆さんは『リスちゃん』と言ってたぞ」

「確かにその通りですが、僕の友達は、飼い犬を『ネコ』という名前で呼んでいますし、飼い猫を『ポチ』と名付けている人もいるでしょうよ。バナナを餌としていて『リスちゃん』と名付けられた動物・・・そこから想定される第一の答えは、僕にとっては『リスザル』しか有り得ませんでした。君達にも理解できるだろうが、猫よりも小さくて賢いリスザルなら排水パイプを潜り抜けることは可能だし、彼らのジャンプ力をもってすれば、あの物干し竿から垂れ下がっている洗濯物を盗むなんてことは実に容易いことだったはずです」

「理屈は分かったよ。だが・・・肝心なのはそのようなことが実際にあったかどうかだと思う」

人一倍の負けず嫌いである光一らしい反論だ。

「まぁそう仰るのが当然な反応なのだろうね。そのために僕は、カネ婆さんの家にお伺いして確かめてきました。すると、家出した『リスちゃん』は無事に帰還しており、お婆さんはとても上機嫌でした。そして『リスちゃん』が帰っていたときにお土産を下げていたということを話してくれたのです」

「お土産?」

お得意のポカーンと口を開けたままの顔で、将太が馨の言葉を反復した。

「あの『リスちゃん』は赤い水着を持ち帰っていたのです。もっとも、僕が行ったときには他人の手に渡ってしまった後で、そこにはもうなかったのですが・・・」

そこで、馨は一旦座布団に腰を下しかと思うと、ナメコ汁に箸を付けた。

「ここまでの説明で、ご質問があればどうぞ」

馨の提案に応える者はなく、誰もが黙り込んだままだった。

「それでは続きを始めましょうかね」

そう言うと、再び立ち上がった。

「その水着を見てカネ婆さんは当然のことに驚きました。どこかで『リスちゃん』が盗んできたであろうことは簡単に想像できたからです。当然、黒猫荘に宿泊している女の子の持ち物ではないだろうかと考えたそうです。しかし、その水着は返却のできる状態ではなかった。汚れていたのはもちろんですが、所々が破れていたのです。困り果てたカネ婆さんは、そこで力になってくれそうな友人に相談しました」

「それって、私たちも知っている人?」

質問したのは、景子だ。

「ええ、ご存知のはずです。その人物を仮にTさんと呼びましょう。それで相談した結果、同じ水着を買って来て返せばいいのでは・・・と、そういうことになった。その水着が最近購入したものであり、どの店で買ったのかという点に関しても、そのTさんには予測が付いたからです」

「それは本当に本当なの? 購入したばかりだというのが分かっても、どの店で買ったかまでは私たち以外には分かるはずがないよね?」

麻衣が、僕らに同意を求めようとして訊いた。

「いや、それくらいなら僕にも分かっていましたから、Tさんに予測が付いたとしても何ら不思議だとは思いません。そしてTさんはカネ婆さんのためにR駅前にある某デパートまで行き、赤い水着を買ってきたのです」

「あのデパートで買ったって・・・どうして分かったの?」

「種明かしをすると、あなた達がバスに乗り込んできたとき、大きな紙製のバッグを提げていたでしょ? Tさんもそれを記憶していたのです」

「あっ、そうか。あのバッグにはデパートの名前が・・・」

麻衣にも理解できたようだ。

「正解です。謎なんてものは答えが分かってしまえば実に詰まらないものなのですよ」

と言ったあと、一息吐いてから馨は、また話を続ける。

「ここまで説明すれば、あとのことはお分かりでしょう?」

「・・・」

誰も反応しない。翔太にいたっては、説明に追いつくのが精一杯らしい。

「おやおや、最後まで説明しないといけないのですか? ・・・まぁいいでしょう。Tさん達の考えた最終目標は、水着を元通りに戻すことでした。つまり、あの水着が最後に目撃されたときの状態に作り上げなくてはいけないと考えた。そうすることで、水着は盗まれたのではなく、二日間だけの神隠しに遭ったがために姿が見えなくなっていた・・・ということに仕立てようとしたのです。それで、買ってきたばかりの水着をわざわざ洗濯したうえで、ハンガーであの元の場所に吊るしたという訳です」

「ちょっと待った。Tさんが誰なのかは分からないけれど、今までの説明だとあのバスに乗っていた誰かということになるよな。その通りだとすると、Tさんはどのようにして物干し部屋に侵入することが出来たのか、そこが解明されていないと思う」

光一の質問に対して、馨は辟易とした様子になり、

「せめてそれくらいは自分で考えて欲しいものだが・・・」

と言ったかと思うと、調理場に居るおばさんを指し示しながら、次のように言ったのだ。

「推理するまでもなく、Tさんはここのおじさんやおばさんとお友達なんだよ、きっとね。そこまで言えば君達にも分かるだろう? Tさんに頼まれたおふたりが、盗まれたときと同じ場所に赤い水着を戻したという訳さ」

これにて証明終わり、というような表情を浮かべて、馨は親指と中指を使ってパチンと鳴らした。

つまり、水着を盗んだのはカネ婆さんの飼っているリスザルで、代わりの水着を買って来たのはTさんで、元の場所に水着を戻したのは黒猫荘のおじさん達、ということなのか。

皆が互いに協力しあって、ペットが水着を盗んでしまったことに悄然としている老婆のために、何かしなくてはと立ち上がったのだろう。今から何もなかったことにすることは不可能だと分かっている。しかし、何とかして元通りの状態に復元してあげようではないか・・・と彼らは奔走したのだろう。それが、老婆にとってせめてもの慰めになるのではないだろうか。あの水着の持ち主である少女の気持ちも、それで少しは安らいでくれたなら・・・、そう思ったのではないだろうか。

僕らの住む町では、そんなことは考えられそうにもない。

『これも田舎ならでは・・・ってことかな』と、あのときそう呟いた馨の気持ちが、今になって僕にも理解できたような気がした。


                    17

「次に、君達が目撃したという怪獣のことに移ろう」

「本当にそっちも解決したと言うのか?」

信じられないという表情で、光一が詰問するかのように言った。

「初めにお断りしておきますが、この件に関しては、余り詳しく説明するとある方に迷惑が掛かってしまうので、最低限の説明を述べるだけに留めさせていただきますが、その点は悪しからず・・・」

と、いつものように礼儀正しくお辞儀をして、

「君達がヒバゴンなるものに遭遇した場所には僕も行きました。あのときは驚かせてしまって申し訳ないです」

またお辞儀をして、それからまた説明を続ける。

「あそこは背丈に近いほどの草叢の中にあって、ハリエンジュの花がその盛りを終えようとしている情況でありました。そして、雑草を踏みながら付近を調べたところ、踏み倒された跡と、新聞紙片面くらいの形をしたほとんど草の生えていない所が3ヶ所ありました」

「それなら覚えているけど、残念ながらそこの地面にも足跡は付いていなかったぜ」

光一には、まだ戦う力が残っていたようだ。

「あのときの君たちは、足跡を探していたのでしたか? それは見当違いでしたね。ここで重要なのは、草が生えていない場所が出来上がった原因が何かということなのです。その答えは、そこには最近まで何かが置かれていたということ」

「それくらいは説明してくれなくても分かるさ」

「その大きさと形、そして傍にハリエンジュの木があったことから、僕は次のように考えました。そこにはミツバチの飼育箱が置かれていたのではないだろうかと・・・。ハリエンジュの別名はニセアカシア。こちらに到着した夜の献立にも出されていましたが、高級品とされているアカシア蜂蜜は、正確に言うとニセアカシア由来の蜂蜜なのです」

「蜂蜜を集めるための箱は、確か『養蜂箱』っていうのだったかしら。何かのテレビで観たことがあるわ」

自他ともにテレビ大好き人間を認める奈美が、こんなときは活き活きとなるのだ。

「その養蜂箱と君たちが目撃した毛むくじゃらな生き物の間に、果たしてどのような関連性があるのだろうかと、僕は推理してみました」

「ミツバチとそれを襲う熊さん。・・・だって、森の熊さんは蜂蜜が大好きなのよ」

自信たっぷりの奈美の解答は、如何せん『お子様相手のお話』を基にしたものだった。

「なかなか面白い連想ですが、それなら食べ散らかした痕跡が残されていたはずですよね。・・・ところで君達は、テレビ番組で、何百匹・何千匹のミツバチに顔を覆わせることで、まるで髭面人間のようになるというパフォーマンスを観たことはありませんか?」

そう言えば、外国人によるものだったと思うが、そのような動画を観たことがある。

僕は素直に頷いた。

「きっと、君達が目撃したのは、某テレビ番組に投稿しようと考えて、滅多に人が来ないと思われる場所でこっそりと練習していた人物だったのだと思います。ちょうど全身にミツバチを纏ったとき、運が悪いことに君達がやってきた。慌てたその人物はもちろん急いで隠れたのだが、ほんの数秒間だけ目撃されてしまったという訳です」

「えええっ、あの剛毛と見えたのはミツバチだったのか!」

将太が大声を上げて、後ろに仰け反ったかと思うと、見事にひっくり返った。

「なんとなく納得だな。悔しいけれど、それを否定するだけのネタはないもんな」

光一が、小さいけれどはっきりと聞き取れる声で敗北を認めた。

そのときの僕らは、誰もが光一と同じ思いだった。

「謎なんてものは、想像力の欠如から生み出される理解不能現象のひとつでしかないのです」

これは、馨が最後に言った言葉だ。

今では懐かしくさえ思えてくるあの夏の日の出来事・・・、これが、僕と法宮馨の最初の出会いであった。


                    18

6日目となった金曜日。

僕らは、名残惜しさと様々な思いを抱いて、予定通り帰路に着くことにした。

挨拶くらいはしておこうと馨を探したが、彼の姿はどこにもなかった。

出発の時間が迫っていたこともあり、清子おばさんに挨拶をしてから、僕らは澄みきった青空の下をバス停にと向かう。

坂道を下りて行く途中で、ここに来たときと同じ場所に立っているカネ婆さんに出会った。

彼女が何か言いたげにしたとき、僕らを掻き分けるようにして麻衣が前に進み出たかと思うと、カネ婆さんの皺くちゃな両手を握りしめた。

「お婆ちゃんも、ずうっと元気でいてね」

麻衣の言葉に、カネ婆さんがうんうんと何度も頷きながら、とても嬉しそうに微笑んだ。

僕らは、お別れの挨拶を済ませると、再び坂道を下った。

バス停まで見送りに来てくれたおじさんとおばさんに、全員で御礼を言ってから、僕らはバスに乗り込んだ。

運転席には、あの武さんが笑顔で座っていた。

「どうだ、ボウヤ達。しっかりと楽しんだのだろうな?」

「はい。お陰さまで沢山の思い出を作ることが出来ました」

僕らは、心からそう答えた。

「そうか。それは良かった」

照れたように笑って、武さんがドアを閉めた。

バスが発車すると、僕らは一番後ろの席に移動して、2人の姿が見えなくなるまで手を振り続けたのである。


                    19

それから2ヶ月余り経った昨日、僕らはとうとうアレを観ることが出来たのだ。

それは、例の投稿番組に登場した『ミツバチ男』というタイトルの作品である。

もちろん、その投稿者は『健造おじさん』であった。

最後までお読みいただいた方々には、心より感謝申し上げます。

初めて書いたミイテリィなので、不完全な箇所もいろいろと有ったかも知れませんが、そこは次回作に向けての反省点とさせていただきますので、悪しからずご容赦賜わりますようお願い申し上げます。

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