赤い髪留め 8
高志はその数枚に渡る手紙を読んで、心の奥で涙を流した。手紙は綺麗な楷書体で書かれており、文面に乱れが無いことから何度も書き直した手紙のように思えた。そして裕子への愛と未練が切々と書かれた手紙だった。
高志は妻に捨てられた。でも、それは妻から高志への愛がなくなったからだ。
裕子も竹内に捨てられた。でも、竹内から裕子への愛は満ち溢れ、狂おしいほどに、愛を叫んでいる。
ふと裕子に泣き顔を思い出した。裕子も竹内に対して愛を求め、だからこそ、手紙を投げ捨てたのだと思った。
高志は竹内の携帯に電話をかけた。
「おお、竹内だ。高橋だな」と少し暗い声で竹内は電話口で答えた。
「会ってきましたよ、山田裕子さんに。竹内先輩が言うとおり、手紙と金を渡してきましたよ。手紙は読んでくれましたが、クシャクシャに丸めて、手紙も金も私に付き返してきました」と今日のことを話した。
「そうか、やっぱりそうか」
「竹内先輩も分かっているでしょう。貴方も彼女も愛し合っているんだ。だから、彼女は理解できませんよ、そうでしょう?」と高志は尋ねた。
「ああ…」
「竹内先輩、会社が落ち着くまで、彼女に待ってもらうことはできないのですか?確かに今は自由にならないかもしれない。彼女に何ヶ月も会えないかもしれない。でも、このまま、本当に別れて良いんでしょうか?俺は…、良くないと思いましたよ」
「お前、俺の手紙を読んだのか?」
「ええ、丸められて、俺に投げつけられましたからね、引き伸ばして読みましたよ。貴方は彼女を愛していて未練ばかりじゃないですか?」
「確かにそうだ。でも…」
「でも…、何ですか?」
「手紙にも書いたんだが、持病を持っているんだ。その持病が一筋縄に行かない奴でさ、もう数年しか生きられないんだ。そのことは裕子も知っている。でも彼女はそれでもいいって言ってくれたんだ。でも、俺の死後、彼女は一人残されてしまうんだぜ。だから、今、ここで別れたほうが彼女は幸せになれるじゃないって思うんだ」
高志は持病が何かは聞かなかった。個人的なことで、聞いてはいけないと思ったからだ。
「本当に良いんですか?未練はないんですか?命が短いからこそ、彼女と一緒にいたいと思わないのですか?」
「良いんだ。」と竹内は言葉少なく言った。
「分かりました、俺、彼女の携帯電話番号を聞きました。電話をして、もう一度話しをしてきます」と高志は言った。竹内の決心は固いのだと感じたからだ。
「悪いな。本当に申し訳ない」
「いいですよ。気にしないでください。じゃあ、また連絡します」と高志は言って、電話を切った。
ペーパーナプキンに書かれた裕子の電話番号を自分の携帯に登録をして、電話をかけてみた。
「山田です」と裕子がでた。
「先ほどの高橋です。」
「竹内先輩に話をしてくれましたか?」
「ええ、貴方の気持ちは伝えました。でも…」
「駄目だったんですね」
「駄目とか、そう言わないでください。僕はまた貴方に会って、話をしたいと思います。今日の夜、また会えませんか?」と聞いてみた。
「分かりました。じゃあ、またホテルのあの場所で」
「いや少し、飲みに行きませんか?」
「じゃあ、ホテルにもバーがあるので、そこで」
「分かりました。7時に待ち合わせしましょう」
「ええ、」と裕子は承諾をした。
「じゃあ、後ほど」と言って高志は電話を切った