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赤い髪留め 3

 桜が散り始めた数ヶ月後、竹内の存在など忘れかけたころに、竹内から電話があった。また、あのバーで会いたい。すぐにでも相談したいことがある。竹内の差し迫った、焦った声が携帯電話から伝わってきた。その日の夜に夜9時過ぎに竹内と待ち合わせをした。

 仕事を終えて、再会をした日と同じバーに向かうと、竹内はすでに、あの日と同じカウンターで一人飲んでいた。

 ホールのスタッフは高志ことを覚えていたのか、もうお連れ様はいらっしゃっていますよと、竹内の隣を案内した。

 「竹内さん」と高志は声をかけた。

 「おう、高橋、来てくれたか」と竹内は大きな声で答えた。高志がバーに到着したのは10時を回っていたころだった。

 「すみません、商談がまとまらなくて急遽、残業が延びてしまって。」と高志は遅れたことをまず詫びた。

 「いや、いいんだ。突然、俺の事情で呼び出してしまったからね。君が謝る必要はないよ。お腹も減っているだろう。まず、何か頼みなさい」と竹内は落ち着いていった。

 高志はソーセージの盛り合わせとビールを頼んだ。

ビールが注がれると、まず乾杯だ、といわれてビールを一口飲み干した。

 「竹内先輩、それで話って何ですか?」と唐突に高志は聞いた。

 「数ヶ月前に突然再会した君にこんなことを頼むのもなんだと思ったのだけれど、君しか居ないと思ったんだ。君とはもう20年近く会ってもいないし、お互いに親しい共通の友人や共通の仕事関係の知り合いが居るわけでもなく、私の家族とも面識があるわけではない。それでいて、君の高校時代の性格から、誠実でまじめなことは分かっている。だからこそ、君に頼みたいと思ったんだ」

 「よく分からないのですが」

 「実は俺は妻以外に愛している女がいてね、その女が俺に会いに昨日から、都内のホテルに滞在している」

 「そうなんですか」

 「恥ずかしい話だが、秋田に工場を作ったときに、単身赴任で工場の立ち上げをしてね、そのときに出会って、ずっと付き合っていたんだ」

 「ええ」

 「付き合ってからもう5年にもなる。単なる浮気ではなく、その女のことを心底愛するようになってしまったんだ。妻と別れて、一緒に暮らすつもりでいた。幸運にも息子は一流大学を出てすぐに、会社に入社をし、専務としてすでに社内の人望も厚くなっている。だから、会社のことは息子に任せて、俺は…、勝手だけれども、社長業も退任し、女と新たな生活をしようと思っていたのさ」

 「ええ」

 「しかしね、突然の景気の悪化で工場は閉鎖、息子だけに会社を任せることはできなくなってしまったというわけでさ、俺は泣く泣く女に別れを告げる電話をしたんだ。そしたら、納得できないから、東京に行く、詳しく説明してほしい。そういって上京をしてきたんだ」

 社長業などをしていると、言いよってくる女も多いだろう、それの精算を俺に頼むのだなと高志は想像した。

 「それで、俺に何かできることは?」と高志は竹内に尋ねた。

 「ここに封筒が2つある。一つはその女と将来暮すためにこっそり貯めた金だ。もう一つは別れの事情を書いた手紙だ。悪いのだが、彼女に渡してもらえないだろうか、こんなこと、いい年をした君に頼むべきではないが、だからと言ってその辺の信用の置けない人間に頼むこともできない」と竹内は目を潤ませながら、うつむき加減で説明した。

 竹内が渡した封筒の一つは金と言っていたが、厚さから想像して、300万円はくだらないと思った。

 「竹内先輩…、でも、これは先輩が直接、彼女に渡さないとその女性も納得できませんよ、きっと」と高志は思ったことを率直に言った。

 「ああ、きっとそうだろう…。俺はその女のことを本当に愛していた、今、この時点でも愛している、だからこそ会ってしまうと、彼女と別れるという意思が緩んでしまうと思うんだ。そして、また中途半端に彼女を傷つけて…」と竹内は頭を抱えていた。

 「分かりました、竹内先輩が悩んでいるのは良く分かりました。俺、やってはみますよ。でも、彼女がどう言うか、納得してくれるか。俺、正直、自信ありませんよ」


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