赤い髪留め 2
横に座っている中年をとうに過ぎた男性がこちらをじいっと見ていることに気づいた。でも、高志は誰かと喋る気分じゃないから、カウンターをまっすぐ見て、気づかないフリをした。
「君、A高等学校の野球部のファースト、高橋じゃないか?」と隣の男性が声をかけてきた。
なんだ、知りあいか、面倒くさいな、と男性を見てみるとA高校の野球部のOB、竹内先輩だった。
「竹内先輩ですか?」と恐る恐る高志は聞いてみた。
「そうだ、竹内だ、懐かしいなあ」と高志の肩をたたいて、笑顔を見せていた。
「高橋が高校生のころに最後にあったのだから、もう20年以上前のことになるな、いや、懐かしい。お前はこのバーによく来るのか?」
「いや、今日が初めてです」
「そうなのか、実は俺もふらりと今日たまたま、このバーに立ち寄ったんだ。なんだか嘘みたいだが、運命を感じるなあ」と言い、ガハハと笑って、竹内先輩は飲んでいるカクテルを少し飲んだ。
竹内は高志が現役のときに指導のために来ていたOB先輩で、確か年は10歳以上離れていたと思う。そのころの10歳というと、かなりの年齢差を感じたはずだが、竹内はその明るい人柄のせいか、実の兄のような存在のように感じていた気がする。
「竹内先輩はまだ、野球部に指導に行ったりしているんですか?」と高志は尋ねた。
「いや、野球部に顔を出していたのは、会社勤めをしていた20代のころまででね、30歳過ぎて親父のプレス工場を継いでからはなかなか時間が取れなくてさ、もう行かなくなってしまったな」
「竹内先輩の指導はためになりましたよ。しごかれて辛いことも会ったけど、今思えば良い思い出ですね。私もすっかり野球はやっていませんけど、あのころは楽しかったなあって思いますよ」
「そうだなあ、なんだか、けがれのない高校球児だったよな。丸刈りなんかしちゃってさ」
「はは、そうそう、女の子にもてたい時期に丸刈りなんかしちゃって」
「それで今、竹内さんはプレス会社の社長さんをやっている訳ですか、なんだか貫禄が付いちゃって、分かりませんでしたよ」
「あはは、そうかい。太ったり、ふけたり、ずいぶん親父になってしまったな。俺はもう50過ぎになるよ」
「私もそういわれたら、今年40歳になりますからね」
「お互い、年を重ねてきたんだなあ」
「どうですか、会社のほう、景気は」
「それがなあ、一時期景気がいいころは地方にも工場を出したんだけど、今の不景気でね、新しく作った多くの工場は閉鎖したさ。でも、まだ何とか持ちこたえているというところさ。景気が良くなればさあ、いいんだけどなあ。」とため息混じりに竹内は言った。
「そうだ、高橋は仕事で何をしているのかい?」
「システム関係の機器のセールス、営業をしていますよ。だけど、どこの会社も不景気で、なかなか商談成立にはいたりませんよ。商談が成立したとしても、価格交渉で難儀して、結局のところ、会社の儲けなんて微々たるものです」と高志は今日の打ち合わせを思い出して、暗い気分で答えた。
「どこでも似たようなものだな。ところで、君は結婚はしたのかい」
「はあ、痛いとこつかれますな。10年前に結婚はしたんですが、実は、つい1ヶ月前に別れました」
「へえ、そうなのかい。まあ、現代は結婚して死ぬまで一緒に添い遂げる時代じゃあなくなったものなあ。そういうこともあるだろうよ」
それ以上、竹内は高志のプライベートの話には突っ込んでこなかった。それからは、日本の経済、政治のこと、ありきたりの話題をひとしきりした後、また会いたいからと言って、お互いの携帯電話番号を記した名刺を交換した。