赤い髪留め 13
数年後、竹内はこの世を去った。通夜の席で野球部の仲間と談笑をしていると、竹内の息子さんに声をかけられた。
「高橋さん、父が生前お世話になりました」
「お世話になったのは私ですよ、竹内先輩の野球の指導は楽しかったですからね」と言った。
「ちょっと、お話したいことがあるので…」と息子さんは神妙な顔つきで、通夜の席から廊下に高志を連れ出した。
「あの、父に好きな女性がいたことは知っていますよね」
「ああ、ええ、まあ」と高志は裕子のことを思い出して、口ごもった。
「父は彼女を本当に愛していたようです。死に際に私だけに伝えました。そして、彼女に自分の愛用していた時計を形見として渡してほしいと。でも、僕は彼女の連絡先を知らないといったら、高橋さんがご存知と言ったので」
「はあ、」
「本当にご迷惑かと思うのですが…。私は父が会社を立て直してくれたおかげで何とか会社を続けております。父のために、最後に、願いを叶えてあげたいと思っているんです」そういって、息子さんは涙を流した。
「分かりました。間違いなく届けますよ」と高志は時計を受け取った。
その時計は見た目やずしりとした重さに高価なものであることが分かった。この時計を毎日のように身につけて、竹内は会社再建に奔走したのであろう。そして、その時計を身につけて、裕子の手を握り、愛を語ったのだろう。竹内の人生がぎゅっと凝縮してつまった大切な時計に違いない。高志は竹内の魂を裕子の元に連れて行くのだと思った。
「ありがとうございます」と息子さんは深々とお辞儀をした。
前に“優秀な息子”と竹内が言ったように、礼儀の正しい、誠実そうな青年だった。彼が会社を継ぐのなら、竹内も安心してあの世に向かうだろう。
高志は翌日、裕子に電話をした。そして竹内が亡くなったこと、竹内の形見に時計を届けることを告げた。
裕子は竹内のことを思い出して、また泣き出すのだろうか。裕子のその後の人生と将来に思いをはせながら、彼女のことを想った。
一方でまた、裕子に会える、そう思うと高志は胸が高鳴る思いだった。赤い髪留めを彼女はつけていてくれているだろうか?
春が来ている。竹内が彼女と別れた春。高志が彼女を抱いた春。桜の蕾がもう膨らみ始めている。