婚約者に鍵数えを笑われましたが、吹雪の夜に消えた一本で領民を救い、縁談を選び直します
「まだですの、クレア。客人まで待たせて、たかが鍵をいつまで数えるおつもりです?」
笑い声が、月締めの卓を滑った。
クレアは顔を上げず、古い鍵束から三本を外した。黒塗りの卓に、柄を扉のある方角へ向けて置く。
「一番、正門。受取人は門衛長。貸出、返却ともに署名あり。二番、厨房。受取人はマーサ。署名あり。三番、薬庫。受取人は侍医。署名あり」
待たせていることは承知している。ベネディクトが客の前でのみ、彼女を呼び捨てにしないことも。
「その鍵数えは無駄だ」
ベネディクトは長椅子に背を預け、使用人たちへ顎を振った。
「束に二十七本あればよい。いちいち並べて部屋名まで読む必要がどこにある。皆も早く夕食にしたいだろう?」
厨房から来たマーサは笑わなかった。代わりに、貸出簿を押さえる指を少し強くした。
クレアは十八本目を置いた。
「十八番、冬麦庫。受取人は倉庫番。貸出、返却ともに署名あり」
「だから、揃っているではないか」
「二十七番、会計書庫。受取人はお父様。貸出、返却ともに署名あり」
最後の一本を置き、クレアは扉順の鍵数えを終え、二十七本を束へ戻した。
「二十七本ございます。無駄とおっしゃるなら、一本減ってもお困りにならないのでしょう」
「減ってから探せばよいだけだ」
ヘクターは結論を急ぐ人らしく、短く息を吐いた。
「今月は揃った。締めろ」
クレアは貸出簿と返却簿の末尾へ署名した。
ベネディクトは、自分の杯が空になった時だけは、すぐに気づいた。
* * *
「人前で鍵を並べるなど、みっともない」
二度目の月締めにも、ベネディクトは同じ長椅子にいた。違うのは、吹雪に備えた冬道の相談でロベール公爵が同席していることだった。
クレアは返事をせず、扉順の鍵数えを続けた。
一番、二番。
三番で、彼女の指が止まった。
「薬庫の返却欄が空白です」
「鍵ならあるだろう」
「ございます。最後にお持ちだった方の返却署名がございません」
呼ばれた侍医は戸口で足を止め、上着の内側を探った。出てきたのは、薬庫の副鍵だった。
「申し訳ございません。夜半に持ち出しまして、そのまま……」
「本鍵を返した時刻と、副鍵をお持ちになった理由をこちらへ」
侍医が二つの欄を埋めるまで、クレアは次へ進まなかった。
十八番の冬麦庫は定位置にあり、二十七番まで揃った。署名も揃った。クレアは成功を告げるような顔をせず、鍵を束へ戻した。
「扉順なのは、なぜだ」
ロベールが尋ねた。
「鍵の形を覚えるより、空いた場所を見る方が早いからでございます。紛失した一本が、どの扉のものか分かります」
「すべての貸出人に、署名を?」
「返す方にもです。最後に誰が持っていたかを残します」
ロベールの視線は鍵束から受渡し簿へ移り、そこに留まった。
ベネディクトが鼻で笑う。
「見つかったのは副鍵一本だ。大事にするほどのことではない」
「副鍵一本ですんだのですね」
ロベールが平らに返すと、ベネディクトの笑みは使用人へ向ける時より半分ほど薄くなった。
その日、冬道の相談が終わっても、ロベールは帰らなかった。
三番が束へ戻り、月締めの署名が乾くまで、青い書斎机の傍らに立っていた。
* * *
「三度目に配給を滞らせれば、鍵束はベネディクトへ渡す」
窓板を叩く風の音を割って、ヘクターはそう決めた。
吹雪は予定より二日早かった。使用人の家族と、冬道を越えられなかった村人が館へ避難し、広間と廊下には毛布が敷き詰められている。
冬麦の台帳は四十三袋。
マーサが必要数を書いた紙を両手で持っていた。
「館の者と避難した村の分、四十三袋あれば次の救援まで足ります。けれど、倉庫番が数えたところ、外から確かめられる分が……十二袋、足りないと」
仕事の数字を読む間は歯切れのよい声だった。末尾に記した自分の家族四人の名へ指が触れた時だけ、次の音が出てこなかった。
「婚約後の家政を任せる試験だった」
ヘクターがクレアの鍵束へ手を伸ばす。
「二度はお前の方法に任せた。今度も不足を正せないなら——」
「お父様」
クレアが呼ぶと、その手が止まった。
「三度目の月締めは、まだ終わっておりません」
「倉庫へ行くな」
ロベールの声だけが、風より強かった。
「雪は腰まで来ている。鍵は私が預かる。君はここで待て。倉庫は私の者に開けさせる」
クレアは鍵束を胸元へ引かなかった。ただ、差し出しもしなかった。
「守るために取り上げるのでしたら、ベネディクト様と同じです」
ロベールの手が宙で止まる。
「君を危険から遠ざけたい」
「そのために、わたくしから責任と選択を遠ざけないでくださいませ。鍵がなければ、誰に何袋を渡したかも、誰が最後に倉庫へ入ったかも、他人任せになります」
「吹雪の中を歩かせる気はない」
「では、歩かずに済む方法をお貸しください」
ロベールはしばらくクレアを見ていたが、やがて伸ばしていた手を下ろした。
「命令は撤回する。救援橇を出す。私が立会人になる」
「それなら、お借りいたします」
ヘクターは鍵束を取り上げかけた手を、卓上で裏返した。
「月締めを始めろ」
クレアはその掌には置かず、自分の前へ二十七本の鍵束を下ろした。
* * *
「一番、正門」
配給を待つ者たちの前で、クレアは扉順の鍵数えを始め、一本目を置いた。
広間の長卓を囲むのはヘクター、ロベール、ベネディクト、マーサ、倉庫番、各部署の受取人、村の配給代表だった。壁際には、毛布を肩まで引き上げた避難者たちが並ぶ。
「受取人は門衛長。貸出、返却ともに署名あり」
門衛長が一歩出て、自分の名を確認した。
「二番、厨房。受取人はマーサ。貸出、返却ともに署名あり」
「相違ありません」
「三番、薬庫。受取人は侍医。貸出、返却ともに署名あり」
侍医は今度こそ、本鍵と副鍵の双方を見せてから答えた。
「相違ありません」
一本ずつ。
部屋名を読み、受取人を呼び、二つの署名を確かめる。誰も夕食を急かさなかった。外では風が唸り、広間の奥では空の配給袋が擦れ合っていた。
ベネディクトだけが何度も足を組み替えた。
「いつまでかかる。倉庫に麦がないことは分かっているだろう」
「まだ十二番でございます」
「数え方の問題ではない。不足の責任を——」
「十三番、燻製庫」
クレアが低い声で読み上げると、ベネディクトは口を閉じた。
十四番。
十五番。
十六番、薪庫。
十七番、豆庫。
クレアは次の鍵を取ろうとしなかった。
束の中、扉順に収まっていたはずの場所が一つだけ空いている。十七番の擦れた鉄鍵と、十九番の細い真鍮鍵の間。革紐だけが露出し、指一本分の黒い隙間になっていた。
「十八番、冬麦庫。——ございません」
風が窓板を叩いた。
クレアは空所を隠さず、束を卓の中央へ置いた。続いて貸出簿を開く。十八番の行には名があり、受領時刻もある。
「貸出人、ベネディクト様。先月二十八日、午後三時。貸出署名はこちらです」
ベネディクトは椅子から立ち上がった。
「返した」
クレアはもう一冊、返却簿をその横へ並べた。
同じ日付の同じ行だけが白い。
「返却欄には署名がございません」
「お前が書かせ忘れたのだろう」
「わたくしの署名もございません。返却を受けておりませんので」
「ならば、お前が失くした。鍵束を管理していたのはお前だ」
壁際の使用人へ向けた時、ベネディクトの語尾は鋭く、短かった。ヘクターを見ると、わずかに喉へ引っかかった。
「叔父上、もう十分でしょう。管理の不手際は明らかです。冬麦が足りない時に、くだらない帳面遊びを——」
「貸出署名はあなたのものか」
ロベールが問う。
「署名したことは認めます。だが返した」
「誰へ?」
「クレアに決まっている」
クレアは受渡し簿の脇に、白紙を一枚置いた。
「本日お尋ねするのは、どなたが悪いかではございません。十八番を最後に見た時刻だけです」
まず倉庫番が呼ばれた。
「先月二十八日、午後二時四十分。冬麦四十三袋を確認し、十八番をクレア様へ返しました。こちらが返却署名です」
「その後は?」
「見ておりません」
次に、廊下の清掃をした使用人。
「午後三時頃、クレア様がベネディクト様へ鍵をお渡しになるところを見ました。青い書斎には入りません。廊下を清めて、厨房へ戻りました」
「鍵が返るところは?」
「見ておりません」
門衛長は午後四時、ベネディクトの馬車が裏門から出たと答えた。積荷は麻布を掛けた荷車一台。通行許可には、ベネディクトの名があった。
「荷を改めたのか」
ヘクターが問う。
門衛長は拳を握った。
「いいえ。ベネディクト様が、婿入り後は自分が家政を差配すると。冬支度を遅らせれば、私の役目を替えるともおっしゃいましたので」
ベネディクトが卓を叩いた。
「話を逸らすな! 鍵を返した場所を探せば済む。クレアの部屋でも、帳簿棚でも好きに探せ。青い書斎机を探しても無駄だ、あそこには——」
言葉が切れた。
クレアはゆっくり顔を上げた。
ヘクターも、ロベールも、マーサも動かなかった。
ただ、ベネディクトの目だけが、広間の隅にある青い書斎机へ向いていた。
「ずいぶん詳しい紛失物でいらっしゃいますこと。どなたも、隠し場所についてはお尋ねしておりません」
「違う。いつもお前が、あの机で帳面をつけているから」
「先月から月締めの卓はこちらでございます。青い机を使ったのは、ベネディクト様だけです」
「私の書類を置いただけだ」
「では、拝見しても?」
「勝手にしろ」
声は大きかった。だがロベールが机へ一歩近づくと、最後の三音だけが痩せた。
「立会人として開ける」
ロベールはヘクターへ確認し、ヘクターが頷いた。
青い机には三つの引き出しがあった。上段には封蝋と便箋。中段には領収書。下段は鍵が掛かっている。
「その鍵は私の私物だ」
「でしたら、ご自身でお開けください」
クレアが言うと、ベネディクトは上着の内側から小鍵を出した。指が二度、鍵穴を外れた。
下段の引き出しが開く。
書類の下から、鉄の鍵が一本出てきた。
柄には十八の刻印。
その下には、冬麦十二袋の受領控えが束ねられていた。日付は先月二十八日。搬出人の欄にはベネディクトの署名。代金を受け取った印まである。
ヘクターが控えを一枚ずつ机へ並べた。
「これは何だ」
「余剰分を売っただけです」
「四十三袋すべて、冬季配給用でございます」
マーサは必要数の紙を開いた。
「厨房が十六。使用人家族が十五。館へ避難した村の分が十二。合計四十三です」
「避難者が来るとは分からなかった!」
「冬季配給用の四十三袋から十二袋を売る許可は、どなたの署名で?」
クレアは控えへ指を置いた。
「……私が、余剰と判断した」
「搬出順は?」
「覚えていない」
「どの袋をお売りになりました?」
「入口から右を四袋、奥を八袋——」
ベネディクトの唇が止まった。
倉庫番が顔を上げる。
「冬麦庫は、入って左が古い麦です。右から四袋を抜けば、新しい麦から先に動かしたことになる。私とクレア様しか知らない保管順です」
「私は中を見たのだから知っていて当然だ!」
「先ほど、余剰分だとおっしゃいました」
クレアは受領控えを返却簿の白い欄へ重ねた。
「いつ、どの記録で余剰と確かめたのでしょう。台帳は四十三袋のままです。配給数を十二袋減らす改記もございません」
「書き忘れだ」
「改記時刻をお答えください」
「だから、書き忘れたと——」
「記さなかった時刻ではなく、余剰と判断した時刻です」
答えは落ちてこなかった。
ヘクターが門衛長の通行記録、貸出簿、返却簿、受領控えを順に確認する。村の配給代表にも回し、最後にロベールが日付と署名を読み上げた。
「先月二十八日、午後三時に十八番を借り、午後四時に十二袋を搬出。返却署名なし。鍵は本人だけが使用した机から発見。売却控えの署名も同一。相違は?」
「……ありません」
ベネディクトの返事は、窓板の音に負けた。
「聞こえない」
ヘクターが言った。
「相違、ありません」
十八番はクレアの掌へ戻された。
「倉庫を開けます。中に記録どおりの残数があるか、全員の前で確かめます」
ロベールが自分の外套を取った。
「橇は玄関へ回してある。クレアは私と乗れ。倉庫番と村の代表も同行する」
「命令でございますか」
「依頼だ。君が鍵を持つ。私は道を開ける」
クレアは頷いた。
雪上の移動は短かった。救援橇が倉庫の前まで道を割り、ロベールの者たちが扉を覆う雪を除いた。
クレアは十八番を鍵穴へ差し込んだ。
錠が開く。
倉庫には、三十一袋が残っていた。
倉庫番が一袋ずつ印をつけ、村の代表が数え直した。四十三から十二を引いた数と一致した。
「配給を始めます」
クレアは名簿を開いた。
「厨房、十六袋。使用人家族、十五袋。避難者、十二袋。本日の不足十二袋は、ロベール公爵の救援分で補います。後日、売却分の賠償から返却します」
ロベールが手を上げると、橇から十二袋が下ろされた。
戦うものはなかった。袋を運び、名を読み、受領した者が署名する。それだけで、空だった配給袋が一つずつ膨らんだ。
マーサは最初の一袋を両腕で抱えた。歓声は上げなかった。雪の上へ膝をつき、袋の口へ額を押し当ててから立ち上がる。
「厨房、確かに一袋。残り十五、受け取ります」
配給が終わるまで、クレアは同じ声で数を読んだ。
最後の署名を受け取った時、指先は紙を押さえられないほど冷えていた。ロベールが自分の手袋ごと、その手を包む。
「指が戻るまで離さない」
「鍵はお渡ししません」
「手だけだ」
彼の親指が、クレアの指を一本ずつ確かめた。握り込めることを確かめると、ようやく力を緩める。髪に絡んだ麦殻を一つ取り、黙って掌へ載せた。
館へ戻ると、ヘクターは広間から誰も退出させていなかった。
貸出簿、返却簿、門衛記録、受領控え、配給名簿が長卓に並んでいる。十二袋が救援分で補われ、全員へ手渡されたことも、村の代表の署名で追記されていた。
クレアは古い鍵束を卓上へ置いた。
「ベネディクト様。一度目の月締めで、この方法を何とおっしゃいましたか」
ベネディクトは顔を上げなかった。
「今、それが必要か」
「あなたの評価を根拠に、お父様は鍵束をあなたへ渡そうとなさいました。皆様がお聞きになった場で、訂正なさってください」
爪先が床を擦る。
「無駄だと言った」
「二度目は?」
「……みっともない、と」
「本日は?」
ベネディクトの横には、十二袋を受け取った者たちがいる。青い机には十八番の鍵と売却控えがある。白い返却欄は、まだ白いままだ。
「無駄だと言った。みっともないとも言った。だが今日、その鍵数えに全員が救われた」
クレアは彼の顔を見た。
「ずいぶん詳しい紛失物でいらっしゃいますこと」
俗な一言は、それで足りた。
門衛長が腰から一番の鍵を外した。クレアの卓へ置き、貸出簿に返却署名をする。
マーサが二番を置く。
侍医が三番を置く。
一本ずつ。
使用人たちはベネディクトの前を通り過ぎ、クレアの卓へ鍵を返した。十八番も彼女の手で定位置へ戻る。
二十七本が揃った時、ヘクターは鍵束を持ち上げた。
ベネディクトへではなかった。
全員の前で、娘の両手へ返した。
* * *
「婚約は本日をもって解消する」
ヘクターは公開処分録の一行目を読んだ。
「ベネディクトから家政役を剥奪する。金庫、倉庫、配給物資へ単独で触れる権限も停止。冬麦十二袋の売却代金と救援分を全額賠償させる」
ベネディクトの前へペンが置かれた。
「支領勤務には残す。ただし、物資を動かす時は監督者の立会いと署名を要する。親族の席は失わせない。権限は失わせる」
「叔父上、私は——」
「署名しろ」
ベネディクトは処分録を睨んだ。ヘクターは急かさなかった。村の代表も、使用人たちも帰らない。
やがて、ペン先が紙を引っかいた。
本人の署名の下へヘクター、ロベール、村の代表が立会署名を重ねる。写しは会計書庫と支領の監督者へ渡され、もう一通はクレアが封をした。
婚約も家政権も、口約束では戻せなくなった。
人が退出した後も、ロベールだけは長卓の前に残った。
彼は革袋から新しい鍵束を取り出した。しかしクレアへ渡さず、卓の遠い側へ置く。
「二十七本を数える君だから、自領の鍵を任せたい」
「わたくしではなく、この面倒な鍵数えごとお望みですか」
「それがなければ、君ではない」
クレアは新しい鍵束へ触れなかった。
「家政権は、婚姻によってロベール公爵へ吸収されないこと」
ロベールは紙を引き寄せ、自筆で一項目を書いた。
「使用人が、主人を通さず家政責任者へ直訴できる窓口を残すこと」
二項目。
「わたくしの私財と家費を別の帳簿にし、双方の移動に署名を要すること」
三項目。
「私室の鍵は、わたくしの許可なく複製なさらないこと。危険を理由に、わたくしの管理する鍵を取り上げないこと」
ロベールのペンが一度止まった。
「危険な時は、傍にいることを求めても?」
「求めるだけでしたら」
「断られたら?」
「理由をお聞きくださいませ」
彼は四項目目を書き終えた。
「鍵を奪わない。扉を塞がない。危険を理由に家政権を停止しない。必要な人員と道具を用意し、最終判断は共同署名とする」
末尾に、ロベールが署名した。
クレアは一字ずつ読み、余白へ自分の署名を置いた。
それから古い鍵束をヘクターの前へ置く。
「こちらは、すべて揃えてお返しいたします」
ヘクターは両手で受け取った。
「証拠を待たず、お前から鍵を取り上げようとした。すまなかった。これは、お前が守った家の鍵だ」
「これからは、お父様ご自身も、家政物資を動かす際は会計官の監督と共同署名をお受けくださいませ」
「ああ。処分録へ追記しよう」
ヘクターはそれ以上を言わず、受渡し簿を開いた。
最初の欄には、監督者に付き添われたベネディクトが支領の物資庫の鍵を借りる記録が作られた。鍵番号、用途、返却期限。貸出人と受取人の二つの署名。
ベネディクトは監督者の署名の隣へ、自分の名を書いた。
クレアはその欄が埋まったのを見届けてから、ロベールの前へ戻った。
「新しい鍵束は、何本ございますか」
「まだ数えていない。君と数えるために待っていた」
ロベールが革袋を開く。
クレアは一本目を取り出した。彼は奪わず、その隣へ二本目を並べる。
新しい受渡し簿の最初の頁には、二人の署名があった。
「では、お受けいたします。鍵も、縁談も」
冷えの残る指を、ロベールの手袋が下から包んだ。
二人は鍵の数を、最初から数え直した。




