第四章第8話 真なる英雄君臨
澪の声が、僕の胸の奥に響いた。
——あなたは、英雄になれる。
その言葉が、僕の中に光を灯した。温かくて、切なくて、涙が出そうになる。
澪の命が、祈りが、魂が——僕の中に流れ込んでくる。
「澪……」
僕の身体が、震えた。でも、それは恐怖じゃなかった。
剣を握る手に、力が戻ってくる。それは、澪の魔力でも、創造神の加護でもない。
——澪の“想い”だった。
空気が変わった。魔王が澪にとどめを刺そうとした瞬間——
「待て」
僕は立ち上がった。足が震えていた。でも、剣はしっかりと握れていた。
魔王が、僕を見た。
「わっぱ……まだ立つか。しぶといな」
その声には、わずかな揺らぎがあった。今までの“絶対”が、ほんの少しだけ崩れた。
魔王の瞳が揺れる。
「その力……まさか……」
初めて、魔王が一歩後退した。その姿を見て、僕は確信した。澪の祈りは、届いている。
創造神の力は、僕の中にある。
「僕は……澪の願いを継ぐ。
この世界を、守るために」剣が光に包まれる。それは、澪の魂。創造神の意志。
そして——僕自身の覚悟。
魔王が剣を振るう。僕は、それを受け止めた。
腕が痺れ、足が軋む。でも、心は折れなかった。
「何!…私の剣を受け止めるとは……」
魔王が、低く呟いた。風が、僕の周囲を渦巻いていた。
澪の祈りが、創造神の力が、僕の剣に宿っている。それは、ただの魔力じゃない。
——世界を守りたいという、魂の叫びだった。
「……行くよ」
僕は剣を構えた。風が、剣にまとわりつく。まるで、剣そのものが生きているようだった。
魔王が、剣を振り上げる。
その動きは、今までと変わらない。けれど——僕には、見えていた。
その軌道。その隙。その“揺らぎ”。
「はあああっ!」
僕の剣が、風を裂いた。一閃。
その一撃が、魔王の身体を吹き飛ばす。
「……っ!」
魔王が、地面に叩きつけられる。砂煙が舞い、空気が震える。
「その力……まさか……わっぱめ覚醒しよったか!」
魔王が、初めて声を荒げた。その瞳に、恐れ——いや、警戒が宿っていた。
僕は、剣を握り直す。風が、さらに強く巻き上がる。
それは、澪の魂が僕を支えてくれている証だった。
「僕は、もう逃げない。
澪の願いも、僕の想いも——全部、この剣に込める!」
再び、剣を振るう。二撃目。風が唸り、魔王の防御を貫いた。
「ぐっ……!」
魔王が、後退する。だが——そのままでは終わらなかった。
「ならば……見せてみろ。貴様の新しい力を!」
魔王が、闇の魔力を纏い、剣を振るう。
その一撃は、空間を裂き、風を押し返すほどの威力だった。
「っ……!」
僕は剣で受け止める。腕が痺れ、足が軋む。でも、心は折れなかった。
互いの剣が交差する。
一撃、一撃が、命を削る。風と闇がぶつかり合い、空が唸る。
「これが……真なる英雄……!」
魔王が、震える声で呟いた。その瞳には、もはや侮りはなかった。
——僕は、魔王と“対等”に戦っている。
そして、僕は最後の一撃を構える。風が、剣に集まり、光を帯びる。澪の声が、心に響いた。
——今よ、莉緒。
「うおおおおおっ!」
剣が、空を裂く。だが、魔王はそれを受け止める。
光と闇がぶつかり、爆風が辺りを包む。
互角。ついに、魔王との戦いは“対等”になった。
「次で終わらせる……!」
僕は、剣を構え直す。風が、静かに舞い始める。風が、僕の背を押していた。
澪の祈りが、剣に宿っている。創造神の加護が、僕の魂を包んでいる。
そして——僕自身の意志が、剣を導いていた。
魔王は、静かに剣を構えていた。その瞳には、恐れも焦りもなかった。
ただ、誇りと覚悟だけが宿っていた。
「見せてみろ。貴様の奥義を」
その声は、王としての威厳に満ちていた。僕は、剣を高く掲げる。
風が、剣に集まり、蒼く輝き始める。
「風神と英雄の戯れ——これが、僕のすべてだ!」
魔王が、闇の魔力を纏い始める。空間が軋み、黒い炎が剣に宿る。
「我が奥義——終焉の律動」
風と闇。光と絶望。
英雄と魔王。
すべてが、今——交差する。
「うおおおおおおっ!」
僕の剣が、風を裂いた。魔王の剣が、闇を纏って唸る。空間が震え、世界が揺れる。
一撃。
二撃。
三撃。
互いの剣が、何度も交差する。風が唸り、闇が吠える。
そして——最後の一閃。
「はあああああっ!」
僕の剣が、風神の軌道を描き、魔王の胸を貫いた。
同時に、魔王の剣が僕の肩を裂いた。爆風が巻き起こり、二人の身体が弾き飛ばされる。
「っ……!」
僕は、膝をついた。剣を支えに、なんとか倒れずにいた。呼吸が荒く、視界が揺れる。
——負けた……のか?
その瞬間——魔王が、一歩、前に出た。
だが、次の瞬間。
「……ふ……我の……勝ちだ……」
そう言いながらも魔王は静かに倒れた。
「澪……僕、勝ったよ……」
僕は、剣を地に突き立てた。風が、静かに吹いていた。
それは、澪の微笑みのように——優しく、あたたかかった。
「澪……!」
僕は、剣を放り出して駆け寄った。
地に伏した澪の身体は、あまりにも静かだった。
その顔には、血の跡が残っていて、目は閉じたまま動かない。
「大丈夫か……! 澪……!」
何度呼びかけても、返事はなかった。
その沈黙が、胸を締めつける。
英知究明が、静かに告げた。
《魂の存在を確認できません。彼女の魂は、マスターの中に存在しています》
「……僕の中に……?」
澪の祈りが、創造神の力が、僕に託された。その代償が、彼女の魂だったのか。
——彼女を、救えなかったのか。
「澪……!」
僕は空を仰いだ。
黒い太陽が、まだ空に浮かんでいる。
風が止まり、世界が静まり返っていた。
「ごめん……ごめん……!」
涙が、頬を伝った。澪の声が、もう聞こえない。あの笑顔も、もう見られない。
そのとき——背後で、音がした。
「……!」
振り向くと、そこに——魔王が立っていた。
ボロボロの身体。
胸には、僕の剣の痕が残っている。それでも、彼は立っていた。
その瞳は、まだ——僕を見据えていた。
「……まだ、終わっていない」
その声は、低く、重く、空気を震わせた。
まるで、死の底から這い上がってきたような声だった。
「我は、まだ終わっていない……人間ごときに負けておれるか!」
「すべてを道ずれしてくれる!」
魔王は、両腕を広げた。その身体から、黒い魔力が噴き出す。
地が裂け、空が歪み、禍々しい渦が生まれた。
「我が命を代償に……次元の門を開く……!」
空間が悲鳴を上げるように、裂けた。そこに現れたのは、黒く蠢くゲート。
その奥からは、見覚えのある風景がちらりと見えた——僕たちの、元いた世界。
「このゲートの先は……お前たちの世界だ」
魔王の声は、もはや血を吐くようだった。
その瞳は狂気に満ちていた。
「さぁ……止めれるものなら……止めてみろ……!」
その言葉を最後に、魔王は崩れ落ちた。だが、ゲートは消えない。
むしろ、魔力が暴走し始めていた。
黒い魔法が、ゲートの奥へと流れ込んでいく。
このままでは——僕たちの世界が、澪のいない世界が、滅びる。
「……澪……!」
僕は、澪の手を握った。冷たい。
でも、その指先に、微かな光が宿っていた。
《……マスター……》
英知究明の声が、僕の中に響いた。
《彼女の魂は、あなたの中で震えています。祈りが、まだ……終わっていません》
その瞬間、僕の胸に——澪の声が届いた。
「……莉緒くん……お願い……」
澪の祈りが、僕の中で脈打つ。世界を繋ぎ、命を紡ぐ力。
「……僕は、澪を失いたくない……! 世界も、澪の想いも、全部守る!」
僕は立ち上がった。剣を握り直す。その刃には、澪の光が宿っていた。
「魔王……お前の絶望は、僕たちの希望には届かない!」
ゲートに向かって、僕は走った。
澪の祈りとともに——世界を守るために。




