第四章第5話 真の光
ミナの身体が吹き飛ばされ、神殿の柱に激突した。
崩れ落ちる彼女の姿に、グランは思わず駆け寄ろうとした。
だが、ダフ二スの気配がそれを許さない。
「さあ、終わりにしようか。君たちの“現実”は、ここで崩壊する」
黒い霧が渦を巻く。
空間が歪み、地面が揺れる。
ダフ二スの魔法——《虚構魔法》が発動した。悪魔の得意とする精神操作魔法の奥義ともいえる魔法だった。
「この魔法はね、君たちの“信じているもの”を壊すんだよ。絆、希望、未来——全部、嘘にしてやる」
霧の中に、幻が現れる。レイの故郷が焼け落ちる映像。
セリアは体中に虫が這いずり回り、生きたまま虫が体中を巣くう夢。
ルカとミリが矢を放っても、誰にも届かない夢。
グラン自身も、ギルドが崩壊し、仲間たちが消えていく幻を見せられた。
「くっ……これは……!」
心が揺らぐ。魔力が乱れる。それが、虚構魔法の狙いだった。
だが——そのとき。
「……光よ……どうか……」
ミナの声が、かすかに響いた。意識は朦朧としている。
けれど、その祈りは確かに届いていた。
「誰か一人の力じゃない……みんなで……明日を生きるために……」
その言葉に、グランの胸が熱くなった。ミナの祈りは、誰かに頼るものではなかった。
誰でもできること——仲間と協調し、未来を信じて努力すること。
それが、“真の光”だった。
「……そうかよ。だったら、俺たちで証明してやる!」
グランが立ち上がる。雷が再び拳に宿る。セリアが剣を構え、レイが魔法を詠唱し、氷の刃を纏う。
ルカとミリが互いに頷き、風の流れを読む。
「虚構なんて、ぶち壊してやる!」
グランの雷が霧を裂く。
レイとセリアの剣が幻を断ち切る。
ルカとミリの矢が、真実の軌道を描いてダフニスの胸を貫いた。
「ぐっ……があああああっ!」
ダフ二スが苦しむ。
霧が揺らぎ、空間が戻り始める。ミナの祈りが、仲間たちの行動によって“形”になった。
それは、誰か一人の奇跡ではない。みんなが、明日を信じて動いた結果だった。
——これが、“真の光”。
「……なるほど。君たちは、ここまで来たか」
ダフ二スの声が、低く響く。
「4人も始まりの五王を倒しただけのことはあるようだね。」
その身体が、ゆっくりと崩れ始める。まるで、殻が砕けるように。
黒い炎が立ち昇る。それは怒りではなく、静かな意志の炎。
彼の周囲に、無数の記憶が浮かび上がる——かつての戦争、裏切り、孤独、そして祈り。
「私は、ずっと探していた。虚構でもない、暴力でもない……真の支配とは何かを」
その言葉と共に、ダフ二スの姿が変わっていく。
荒々しい鎧が剥がれ落ち、漆黒の法衣が現れる。瞳は、憎しみを捨て、慈愛を湛えていた。
——最終形態《王の相》。
空間が沈黙する。
その威圧は、叫びではなく、静寂で支配するものだった。
「これが……最終形態……?」
グランの雷が放たれる。
レイとセリアの氷の剣が閃く。
ルカとミリの矢が空を裂く。
だが——すべてが、虚空に吸われる。
「……無効化……されてる……!」
光さえも届かない。空間が、王の意志によって閉ざされていた。
「くそ、どうすればええんや……!」
フウリは叫んだ。風が止まっていた。
彼の魔力——風の精霊との繋がりさえも、断ち切られていた。
そのとき、ふと脳裏に浮かんだのは——莉緒の背中だった。
——向かい風の中でも、前を向いていた。
——誰もが諦めた時でも、彼女は歩みを止めなかった。
——あの背中は、風に逆らうのではなく、風を味方にしていた。
「あいつなら……こんな時、どうするやろ……」
フウリは拳を握る。風が、微かに揺れた。彼の心が、風を呼び始めていた。
「ふ……諦めへんに決まってるやろ!」
その瞬間——空間が震えた。フウリの身体が、風の紋章に包まれる。
髪が舞い、瞳が蒼く輝く。
風の精霊——《リュミエール》が、彼の中で完全に覚醒した。
「風よ——俺に力を!」
フウリの叫びが、空間を貫いた。止まっていた風が、再び流れ始める。
それは、ミナの祈りと共鳴していた。
「……誰か一人の力じゃない……みんなで……明日を生きるために……」
ミナの祈りが、空間全体に広がる。
光が、風に乗って届く。グランたちの魔力が再び輝き始める。
「これが……真の光……!」
フウリが風を纏い、空を駆ける。その一撃が、王の空間を裂いた。
グランの雷が、レイの剣が、ルカとミリの矢が——風に導かれ、王の胸へと届く。
「よもや……ここにきて更に力を上げるとは……」
ダフ二スが目を見開き、危険として自分たちを認識する
——風は、背を押す。
——祈りは、空間を照らす。
——そして、仲間の意志が、虚構を超える。
空間が、完全に閉ざされていた。
ダフ二スは静かに立ち、慈愛の瞳でフウリたちを見下ろしていた。
「君たちの“光”は美しい。だが、それは脆い。私はそれを包み込む“虚構”を完成させる」
その言葉と共に、ダフ二スの魔力が膨れ上がる。
虚構魔法——《終焉の構図》。
空間そのものを塗り替える、彼の全てをかけた魔法だった。
「……負けへん。絶対に、負けへん!」
フウリは叫ぶ。
風が、彼の周囲に集まり始める。
グランの雷、レイの剣、ルカとミリの矢——仲間たちの魔力が、風に乗って集まってくる。
「みんなの力、ひとつにするで!」
フウリの胸に、蒼い光が灯る。
それは、仲間の意志が結晶となったもの。
《希望の核》——祈りと絆のエネルギー。
「行くで……!」
フウリが《希望の核》をダフ二スに向けて放つ。
同時に、ダフ二スが《終焉の虚構》を発動する。
——空間が震える。
——光と虚構がぶつかり合う。
——質量と意志の勝負が始まった。
「……くっ……押されてる……!」
虚構魔法の密度は圧倒的だった。空間が歪み、希望の核が押し返され始める。
そのとき——フウリの脳裏に、莉緒の背中が浮かんだ。
——向かい風の中でも、前を向いていた。
——誰もが諦めた時でも、彼は歩みを止めなかった。
——あの背中は、いつも前を向き風を味方にしていた。
「莉緒のためにも……負けてられへんやろ!」
フウリが叫ぶ。
その声に、仲間たちが応える。
「グラン、雷を! レイ、剣を! ルカ、ミリ、風に乗せて!」
全員の魔力が、再び風に乗る。
希望の核が、再び輝きを増す。
空間が震え、虚構が軋む。
「押し切れえええええええっ!」
フウリの叫びと共に、希望の核が虚構魔法を突き破る。
光が、空間を満たす。
ダフ二スの姿が、ゆっくりと崩れていく。
「……見事だ。人間たちよ。だが、これで終わったと思うなよ。真の戦いはこれからだ。魔王が世界を滅ぼすとき、お前たちの命もそこで尽きるのだ。」
ダフ二スは笑いながら消えていった。消えゆく最後まで誇り高い悪魔であった。




