第四章第2話 澪の歩み
白い空間の中、澪と莉緒は並んで歩いていた。
聖域の出口へ向かう道は、まるで風のない静かな回廊のようだった。
その沈黙の中で、澪がぽつりと語り始めた。
「……あの日、台風の中で、黒い手に掴まれて……莉緒と離れ離れになったあの瞬間。すごく怖かった。何が起きてるのかも分からなくて……でも、どうにかしなきゃって、必死で足掻いた」
莉緒は黙って澪の横顔を見つめる。
澪の声は震えていたけれど、どこか芯のある響きだった。
「そのとき、胸の奥が熱くなって……魔法に目覚めたの。無意識に手を伸ばして、黒い手に魔法をぶつけた。そしたら、ほんの一瞬だけ隙ができて……その間に逃げ出したの」
白い空間に、澪の記憶が淡く浮かび上がる。
風に乗って漂うような映像。黒い空、裂ける雲、澪の小さな背中。
「それからは、風を頼りに動いた。風が吹く場所には、誰かの気配がある気がして……いろんなところを隠れながら、少しずつ進んだ。怖かったけど、風が味方してくれてる気がしたの」
莉緒は、澪の手をそっと握る。
「そんな時にね……懐かしい気配を感じたの。風が教えてくれた。莉緒が、この世界に来てくれたって。すごく嬉しかった。涙が止まらなかった」
澪の瞳が潤む。
でも、その涙は悲しみではなく、再会の喜びに近かった。
「会いに行こうって思って、風を辿って向かってる途中だったの。そしたら……風が急にざわめいて、莉緒のピンチを知らせてきたの」
「それ、きっとゴキヌスと戦ってた時だ」
莉緒が頷く。
「莉緒が死んじゃうって……そう思った。だから、私の分身を風に載せて、急いで向かわせたの。魔法で作った、私の意識の一部。少しでも力になりたくて」
莉緒は目を見開く。
「……あの時、一瞬だけ澪が見えた気がした。やっぱり、あれは……」
澪は微笑む。
「でもね、その魔法を使ったことで、私の場所がバレちゃった。始まりの五王の一人——焔王ヴァルグに。すぐに見つかって、私は聖域に閉じ込められたの」
空間が少しだけ震える。澪の記憶が、聖域の白に染み込んでいく。
「風も吹かない、誰もいない場所。すごく寂しくて……たくさん泣いた。でも、莉緒がきっと見つけてくれるって、信じて待ってた」
莉緒は澪の手を強く握り返す。
「見つけたよ、澪。絶対に、もう離さない」
澪は頷いた。
「うん。魔王を倒して、戻ろう。私たちの世界へ。風の通る、あの教室へ」
聖域の出口が、光を帯びて現れる。
二人は手を取り合い、風のない空間を、風を信じて歩いていった。




