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第三章第6話 水底の誓い

海が、鳴いた。

ネイレアの咆哮が水底を震わせ、都全体に重低音のような衝撃が走る。

水圧が跳ね上がり、建物の壁が軋み、海流が逆巻く。

その巨体から、黒い霧が噴き出した。

濃密で、重く、まるで海そのものが腐食していくような気配。

霧は渦を巻きながら空を覆い、やがて都の中心へと落下していく。

「……来る」

莉緒が息を呑む。

霧の塊が、彼女の目の前に着地した。

水が弾け、瓦礫が揺れる。

周囲の音が消え、ただその霧だけが、世界の中心に存在していた。

ゆっくりと、霧が晴れていく。

その中から現れたのは――人型の影。

莉緒と同じくらいの身長。

だが、その存在感は、空間を支配するほどに濃密だった。

右目は深海のような青、左目は灼熱のような赤。

オッドアイが静かに莉緒を見つめる。

手には、黒銀に輝く大槍。

装束は海の神官のようでありながら、どこか獣の気配を纏っていた。

小柄な姿。

だが、空気が重い。

魔力が凝縮され、圧縮され、練り上げられた圧倒的な存在感が、周囲の水を震わせていた。

「……これが、真の姿……?」

莉緒の声は、震えていた。

ネイレアは、何も言わない。

ただ、静かに海を見下ろしていた。

その瞳の奥には、人間を超えた何か――神でも魔でもない、純粋な“王”の意志が宿っていた。

黒い霧の中から現れた人型のネイレアを前に、空気が張り詰めていた。

だが、フウリは一歩も引かなかった。

「ワイらは他の五王を倒しとんねん。同じ土俵やったら勝てるで!」

その声は、恐怖を押し殺した挑発。仲間を鼓舞するための、意地の言葉だった。

だが――次の瞬間。

「……っ!」

空間が揺れた。

ネイレアの姿が、消えた。いや、速すぎて目で追えなかっただけだった。

フウリの体が、瓦礫の山へと吹き飛ばされる。石が砕け、煙が舞う。

「フウリ!」

莉緒が叫ぶ。

ネイレアは、まるで、何もなかったかのように元の位置に戻っていた。

「誰に勝てると言った?」

その声は冷たく静かだった。だが、言葉の一つ一つが海を凍らせるほどの威圧を帯びていた。

「お前たちの人生は、今ここで終わる」

その瞳には、憐れみも怒りもなかった。

ただ、王としての絶対的な意志。命を奪うことに、何の感情も抱かない者の目だった。

セリアが剣を構え、莉緒が魔力を練る。だが、ネイレアの存在が空間を支配していた。

動けば、死ぬ。

そう本能が告げていた。瓦礫の中で、フウリがゆっくりと立ち上がる。

口元から血を流しながらも、目はまだ死んでいなかった。

「……まだ、終わってへんで……」

ネイレアは、微かに首を傾げた。その仕草すら、王の余裕に満ちていた。

ネイレアの一撃で吹き飛ばされたフウリの姿を見て、莉緒は震える指先で魔力を集中させた。

その瞬間、彼女のスキル《英知究明》が自動的に起動する。

脳内に、冷静で無機質な声が響いた。

「警告。対象は五王ネイレア。かつてない強敵です。戦闘継続は極めて危険。逃走を推奨します」

その言葉は、感情を一切含まない。

ただ事実として、今目の前にいる存在が“規格外”であることを告げていた。

「……逃げろって……?」

莉緒は呟いた。

確かに、逃げれば命は助かるかもしれない。

だが――この都は?澪は?ミナは?

逃げた先に、何が残る?

ネイレアは静かに海を見下ろしていた。

その姿は、まるで逃げる者を見送る神のようだった。

「……逃げられない」

莉緒は拳を握りしめた。

「ここで終わらせるしかない。澪を取り戻すために、私たちはここまで来た。だったら――この王を越えるしかない」

スキルの警告は、再び響いた。

「推奨行動:撤退。生存率:2.4%」

「それでも、やる」

莉緒の瞳に、風の魔力が宿る。

その光は、恐怖を越えた覚悟の色だった。

水面が砕け、戦場は海中へと移った。冷たい水が全身を包み、視界は揺れ、音は歪む。

それでも、莉緒・フウリ・セリアはネイレアに挑んだ。

ミナは岸辺から祈りを捧げる。四人の想いが交錯する中、戦いは始まった。

ネイレアの槍が、空間を裂いて迫る。その軌道は予測不能。

フウリが魔法陣を展開するも、放った雷は水を伝って拡散し、ネイレアの周囲で弾かれた。

「くっ……魔力が流れる……制御できない……!」

セリアが剣を振るう。水の抵抗を受けながらも、渾身の一撃を放つ。

だが、ネイレアは槍の柄で受け止め、剣身に亀裂が走った。

「このままじゃ……折れる……!」

莉緒の風も、海中では思うように広がらない。

渦を巻いても、ネイレアの魔力の壁に吸収されてしまう。

「風が……通じない……!」

ネイレアは無言のまま、槍を振るう。

その一撃で三人は海底へと叩きつけられた。水泡が舞い、血が滲む。

絶望が、静かに広がっていく。端で見守るミナは、拳を握りしめた。

街の痛み、澪の叫び、仲間の苦しみ――すべてが胸に迫る。

「お願い……この街の痛みを、力に変えて……」

ミナは祈った。

声にならない願いが、魔力となって空へと昇る。その瞬間、海中に微かな光が差し込んだ。

莉緒の風が揺れ、セリアの剣が震え、フウリの魔法陣が再び輝く。

「……これは……ミナの魔力?」

莉緒が呟く。

ミナの祈りが、三人の魔力に共鳴したのだ。

不安定だった魔力が、街の記憶と痛みによって安定し始める。

「まだ……終わってない」

セリアが剣を構え直す。

「この街の痛みが、私たちを支えてくれるなら――折れない!」

フウリが魔法陣を再構築する。

「祈りが届いた。なら、もう一度撃つ!」

莉緒の風が、海流と共鳴し始める。

「ミナ……ありがとう。今度こそ、通す!」

ネイレアは静かに槍を構える。だが、先ほどまでの圧倒的な優位は、わずかに揺らいでいた。

戦いは、まだ終わらない。絶望の底で灯った祈りが、希望へと変わり始めていた。

海中に満ちる魔力の流れが、確かに変わった。

ミナの祈りが街の痛みを魔力へと変え、それが三人の力に共鳴している。

フウリが魔法陣を展開しながら叫ぶ。

「魔力が通るようになってきた! 今なら、撃てる!」

セリアが折れかけた剣を握り直し、海流を切るように前へ出る。

「一気に畳みかけるわよ! このまま押し切る!」

莉緒の瞳が風の輝きを宿す。

「風神の戯れ、最大出力でいく! ミナの祈り、無駄にはしない!」

三人の魔力が、海中で交差する。

風が渦を巻き、雷が軌道を描き、剣がその中心を貫く。

そして岸辺では、ミナが両手を組み、祈りを続けていた。

「この街の痛みよ、彼らの力となれ……」

その声は、魔力の波紋となって海へと広がる。

四人の力が、ひとつに融合し始める。

魔法・剣・祈り――異なる力が、共鳴し、重なり、ひとつの技へと昇華していく。

「詠唱、開始!」フウリが魔法陣を三重に重ね、雷の紋章を刻む。

「剣よ、裂け!」セリアが剣を掲げ、魔力を刃に纏わせる。

「風よ、踊れ!」莉緒が風を操り、三人の魔力を包み込む。

ミナの祈りが、中心に灯る。

その光が、三人の魔力を安定させ、増幅させていく。

「合技――《トリプルディストラクション》、詠唱開始!」

海中が震えた。ネイレアが静かに槍を構える。

だが、先ほどまでの圧倒的な優位は、確かに揺らいでいた。

希望が、技となって形を成す。反撃の狼煙が、今、上がった。

海中に、風が舞った。

莉緒の魔力が渦を巻き、ネイレアの動きを封じる。

その風は、祈りによって強化され、神速の拘束となって槍の軌道を狂わせた。

「今だよ、セリア!」

莉緒の叫びに応え、セリアが剣を振るう。

折れかけた剣が、祈りの光に包まれ、刃を取り戻す。

一閃――ネイレアの防御魔法を裂き、鎧の核を露出させた。

「フウリ、撃って!」

セリアの声に、フウリが雷の魔法陣を三重に重ねる。

「雷霆穿心――!」

雷が海を裂き、ネイレアの胸部を貫いた。

核が砕け、魔力が暴走する。

その瞬間、ミナの祈りが最後の導きを与えた。

「この街の痛みよ、彼らの刃となれ……!」

祈りの光が、三人の魔力を束ね、核へと収束する。

《トリプルディストラクション》――三位一体の技が、ネイレアの心臓を撃ち抜いた。

ネイレアが咆哮する。

「ふはは……人間風情が……ここまでとは……」

その声は、誇りと驚愕が混じっていた。

槍が砕け、体が崩れ、魔力が霧散していく。

残されたのは、鍵の欠片――澪を封じていた聖域への鍵の一部だった。

海が静まり返る。都に、久しぶりの静寂が訪れた。

水底には、祈りの光が差し込み、街の痛みを優しく包み込む。

莉緒は、鍵の欠片を手に取った。

その瞬間――微かな気配が、彼女の胸に届く。

「……澪……?」

遠く、意識の底で、誰かが名を呼んだ気がした。

それは、確かに澪の声だった。まだ遠い。けれど、確かに生きている。

「待ってて。必ず、迎えに行くから」

莉緒の言葉に、ミナが微笑む。セリアとフウリも、静かに頷いた。

戦いの余韻が静かに海を包み込む。

崩れた神殿の跡地に、祈りの光が差し込んでいた。

都はまだ傷ついている。けれど、そこには確かに希望が芽吹いていた。

ミナは岸辺に立ち、莉緒たちを見送る準備をしていた。

その瞳には、深い感謝と決意が宿っている。

「本当に……ありがとうございました」

ミナは一礼する。

「いなくなった人たちは、もう戻ってこない。でも、だからこそ――彼らに誇れるような都を、これから私たちが築いていきます」

莉緒は静かに頷いた。

「ミナの祈りが、私たちを救ってくれた。あの光がなかったら、ネイレアには勝てなかった」

セリアが笑う。

「次に来るときは、剣じゃなくて花束を持ってくるわ。復興した都を見せてよ」

フウリも手を振る。

「また、絶対遊びに来るから! そのときは案内よろしくね!」

ミナは微笑みながら、懐から一枚の紙を取り出した。

「それと……封印していたはずのネイレアが、なぜ復活したのか。私たちでも調査を進めます。何かわかったら、すぐに連絡します」

莉緒は鍵の欠片を見つめた。

あと一つ――それが揃えば、澪を完全に取り戻せる。

「私たちは、次の欠片を探しに行く。澪の意識は、まだ微かだけど……確かに生きてる。だから、絶対に見つける」

ミナは風に髪を揺らしながら、静かに言った。

「この都は、あなたたちの帰りを待っています。いつでも、帰ってきてください」

別れの言葉は、優しく、力強かった。

三人は背を向け、歩き出す。

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