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第三章第3話 原因発覚

焔の谷の奥へと進む一行。足元の岩肌は赤く脈打ち、吐息すら熱に焼かれそうな空気が漂っていた。空は霞み、遠くの噴煙が空を焦がすように立ち昇っている。

「……澪の気配が、強くなってる」

莉緒が立ち止まり、目を細める。彼女の指先が震えるように前を指し示す。

「この先に、確かにいる……」

進んだ先、洞窟の奥に広がる空間に、異様な魔法陣が浮かび上がっていた。地面に刻まれた古代文字は、赤黒く脈動し、まるで生き物のように蠢いている。空気が重く、熱とは違う圧力が肌を押し潰す。

「この雰囲気……これはただの魔法陣ちゃうで……」

フウリが眉をひそめ、しっぽを震わせ全身で警戒する。

「気をつけて!」

莉緒が一歩、魔法陣に近づいた瞬間だった。

赤黒い光が一気に膨れ上がり、空間全体が赤く染まる。魔法陣が激しく脈動し、次の瞬間――光が弾け、魔法陣は音もなく消滅した。

「……消えた?」

セリアが剣を構えながら周囲を警戒する。

だが、静寂は長くは続かなかった。地面が震え、洞窟の奥から、獣の咆哮にも似た音が響き渡る――。

魔法陣が消滅した直後、地面が低く唸りを上げた。

ゴゴゴゴゴ――。

地響きが洞窟の奥から押し寄せ、岩壁が軋む。空気が震え、熱がさらに濃くなる。

「……来る」

莉緒が呟いた瞬間、地面が裂け、溶岩が噴き出した。赤黒い炎が天を突き、空間全体が灼熱に包まれる。

その中心から、巨体が姿を現す。

空を覆い尽くすほどの大きさ。炎を纏い、鱗は溶岩のように赤く輝き、瞳は燃えるような金色。

その存在が空間の温度を一気に引き上げ、岩肌が軋み、空気が焼けるように歪む。

「……お前は、まさか……ヴァルクか!」

フウリが目を見開き、声を震わせる。

「ヴァルク?」

莉緒が眉をひそめて尋ねる。

フウリは唇を噛みしめ、言葉を絞り出すように答えた。

「かつて世界を滅ぼそうと、邪悪の限りを尽くした炎の王……ゴキヌスと同じく、始まりの五王に名を連ねる最悪の存在。焔王ヴァルクや!」

「なんだって……!」

セリアが息を呑み、剣を握る手に力が入る。

「また……始まりの五王と戦うんか……」

莉緒の声が震える。前回の死闘が脳裏に蘇る。

空気が重くなる。熱だけではない。

圧倒的な存在感――それは、希望を焼き尽くすような絶望の重さだった。

ヴァルクは、ゆっくりと首をもたげ、一行を見下ろすように睥睨する。

その瞳に、慈悲はない。あるのは、焼き尽くす意思のみ。

「ほぉ……我に立ち向かうか、人間よ」

声は地鳴りのように低く、空間を震わせる。

「お前たちのような弱き存在が、我の前で息をするなど――許しがたいことだ。全てを、我がマグマで飲み込んでくれるわ!」

その言葉と同時に、ヴァルクの周囲に魔力が渦を巻き始める。

空が赤く染まり、地面が震え、空間が歪む。

「詠唱が始まった……!」

莉緒が叫ぶ。

ヴァルクの極大魔法――《終焉のレクイエム》。

それは、世界をマグマで塗り潰す終末の魔法。

火山が唸りを上げ、空が裂けるような音が響く。

「止めな……あかん……!」

フウリが構え、セリアが剣を抜く。

だが、ヴァルクの熱は、彼らの魔力すら焼き尽くす。

焔王の咆哮が、空間を揺るがした――。

ヴァルクの巨体が空を覆い、炎が空間を焼き尽くす。

その姿を見た瞬間、レイの瞳が揺れた。

「あの姿……あの炎……間違いない。あいつが……俺の故郷を焼き尽くした」

声は震え、拳は無意識に握りしめられていた。

仲間たちがヴァルクに意識を向ける中、レイの脳裏には、あの日の記憶が蘇っていた。

――幼い頃、静かな村に突如現れた灼熱の災厄。

空が赤く染まり、地が裂け、炎がすべてを呑み込んだ。

家族の叫び、友の声、そして焼け落ちる村の光景。

その中心にいたのが、焔王ヴァルクだった。

「俺は……あの日からずっと……」

レイの声が絞り出される。

「この氷魔法は……あいつを倒すために磨いてきた力なんだ……!」

炎の王に対して、冷気の力で抗う。

それが、レイの生きる理由だった。

「俺が……俺が止めなきゃならないんだ……!」

叫びと共に、レイは両手を広げ、魔力を解き放つ。

氷の魔法が空気を裂き、ヴァルクへと向かって飛ぶ。

だが――。

「……っ!」

氷は、ヴァルクの纏う熱に触れた瞬間、蒸発した。

まるで存在すら許されないかのように、跡形もなく消えた。

「そんな……化け物め!」

レイは膝をつき、地面に手をつく。熱が肌を焼き、心が折れそうになる。

「レイ……!」

莉緒が駆け寄ろうとするが、ヴァルクの咆哮がそれを遮る。

レイの瞳には、悔しさと無力感が滲んでいた。

復讐のために積み上げてきた力が、届かない。

それは、彼にとって世界の終わりにも等しい絶望だった。

だが――その瞳の奥には、まだ消えぬ炎が宿っていた。

ヴァルクの咆哮が空間を揺らす。熱が波のように押し寄せ、地面が赤く染まる。

レイが膝をついたまま、仲間たちは前に出る。

「レイは下がってて。僕らで、あいつを止める!」

莉緒が風の魔力を纏い、両手を広げる。

「《裂空の刃》!」

風の刃が空気を切り裂き、炎の壁へと突き進む。

だが――。

炎の壁に触れた瞬間、風の刃は熱に飲まれ、消えた。

まるで炎そのものが意思を持ち、拒絶しているかのように。

ヴァルクは不敵に笑いながら言った。「ん…それは攻撃のつもりか?」

「風が……通らない……」

莉緒が歯を食いしばる。

「なら、剣で貫く!」

セリアが地を蹴り、ヴァルクの巨体へと跳躍する。

「《剣の極み・穿》!」

剣が光を纏い、一直線にヴァルクの胸元へと突き刺さる――はずだった。

だが、鱗に触れた瞬間、金属音と共に弾かれた。「痒いわ」とヴァルクは一蹴する。

「なっ……!」

セリアは空中で体勢を崩し、地面に転がる。

「そんな……硬すぎる。私でも着ることができないなんて……!」

セリアのスキル剣の極みを使用して切ることができない存在というのは一つしかない。すなわち、ヴァルクが圧倒的な格上であるということを一同はここで改めて認識した。

「なら、爆裂で吹き飛ばす!」

フウリが魔力を集中させ、杖を振り上げる。

「《爆裂・三連弾》!」

三つの魔力球がヴァルクの胴体へと飛ぶ。

爆発が起き、煙が立ち込める――が。

「……嘘やろ」

煙が晴れた先、ヴァルクは微動だにしていなかった。

爆裂魔法は、熱圧により拡散し、威力を失っていた。

「熱が……邪魔をしてる。魔法も剣も、届かない……!」

莉緒が膝をつき、息を荒げる。

三人は連携して攻撃を仕掛けた。

風で裂き、剣で貫き、爆裂で吹き飛ばす――そのすべてが、ヴァルクの前では無力だった。

「どうすれば……」

セリアが剣を握りしめる。

「このままじゃ、世界が……!」

ヴァルクは、悠然と空を見上げる。

その姿は、まるで人間の抵抗など意に介さぬ神のようだった。

熱が、希望を焼き尽くす。

魔法も剣も、届かない。

絶望が、静かに一行を包み始めていた――。

莉緒たちが必死に戦っている中、レイはただ立ち尽くしていた。

氷魔法は届かず、炎に飲まれ、何もできないまま。

その悔しさと無力感が、心の中にぽっかりと空白を作り出していた。

「ごめん……姉ちゃん、父さん、母さん……俺には、無理みたいだ」

膝をつき、拳を握りしめたまま、レイは目を伏せる。

その瞬間、視界が揺れた。

熱の揺らぎの中に、幻影が浮かび上がる。

「姉ちゃん……母さん……父さん……なんで……!」

レイが目を見開くと、そこに懐かしい三人の姿が立っていた。

「お前はそんなもんじゃない」父の声は、静かに、しかし力強く響いた。

「あなたなら、きっとできるわ」母の微笑みは、あの日と変わらず優しかった。

「弱音吐いてるんじゃないわよ」姉の声は、いつも通り厳しく、そして温かかった。

レイの胸に、何かが灯る。それは、氷のように澄んだ決意。

「俺は……まだ終わってない」

立ち上がるレイの瞳に、青白い輝きが宿る。

その瞬間、ヴァルクが再び咆哮を上げる。

《終焉のレクイエム》――詠唱が進み、地面が割れ、マグマが溢れ出す。

空が赤く染まり、世界が崩れ始める中、レイは一歩、前へと踏み出した。

その瞳に宿る氷の光は、炎の王に抗う唯一の希望だった。

ヴァルクの咆哮が空を裂いた。

《終焉のレクイエム》の詠唱が完了し、地面が割れ、マグマが溢れ出す。

炎の王が、世界を焼き尽くそうとしていた。

だが、その中心にレイは立っていた。

氷の瞳に、静かな決意が宿っている。

「雪神の審判――発動」

レイが右手を掲げると、空が一瞬、静寂に包まれた。

次の瞬間、天から舞い降りたのは無数の雪片。

それはただの雪ではない。雪だるまの形をした精霊たちが、くるくると踊りながらヴァルクの周囲を取り囲む。

「くだらん幻想だ!溶かしてくれるわ!」ヴァルクが炎を吐き出す。

だが、レイは一歩も退かない。

「行けえええええっ!」

魔力を込めた叫びとともに、雪の精霊たちが炎を押し返す。

氷と炎がぶつかり合い、世界が震える。

ヴァルクの体が、徐々に冷えあがり、炎の守りが消えていくのを感じた。

「風神の戯れ、――旋風の舞」

莉緒が空中で弧を描くように跳躍し、両手を広げる。

彼女の周囲に風の精霊が集まり、渦を巻くように舞い上がる。

その風は、炎の熱を切り裂き、冷気を運びながらヴァルクの動きを封じていく。

「風神の戯れ改――疾風の刃!」

莉緒の指先から放たれた風刃が、ヴァルクの肩を切り裂いた。

炎の王が苦悶の声を上げる。

「剣の極み――月影一閃」

続いて、蒼真が地を蹴った。

彼の剣は、月の光を纏うように輝き、空間を裂くような一閃を放つ。

その刃は、ヴァルクの胸元を貫き、炎の核に届いた。

炎の王の咆哮は、もはや力を失い、ただの叫びに変わっていた。

「今だ――!」

莉緒とセリア二人が声を合わせ、最後の一撃を放つ。

風が舞い、剣が閃いた。その瞬間、ヴァルクの体は木っ端微塵に砕け散った。

ヴァルクの体は崩れ始めていた。

炎の鱗が剥がれ落ち、空気が冷え始める中、莉緒は一歩踏み出した。

「おい、姫がこの近くにいるはずだ。どこだ?」

声には焦りと怒りが混じっていた。

ヴァルクは笑った。

その声は、崩れゆく肉体とは裏腹に、なおも威厳を保っていた。

「ふ……魔王が連れてきた姫か。奴がこの世界に現れたとき、隙を突いて逃げ出した。だが、逃げ惑う姫を私が捕らえ、今は――聖域に閉じ込めている」

「なんだって……!」

莉緒の瞳が揺れる。

「無事なんだろうな……!」

怒りを押し殺し、絞り出すように問う。

「ああ、無事だとも。だがな……聖域の扉は、三人の五王がそれぞれ鍵を持っている。全部揃えなければ、扉は開かない。つまり――お前が姫に会うことは不可能だということだ。残念だったな。ふはははは!」

その嘲笑が終わるより早く、莉緒の剣が閃いた。

「黙れ……!」

崩れゆくヴァルクの体を、風を纏った刃が切り刻む。

炎の王は、断末魔を上げることもなく、鍵の欠片を残し跡形もなく消滅した。

戦場に静寂が戻る。マグマが静かに消え、地面から湯気が立ち上る。

温泉が、再び命を吹き返していた。

「あと二つ……」莉緒は空を見上げ、澪の姿を思い浮かべる。

「待ってて、必ず迎えに行くから」

そう決意する莉緒であった。

戦いの熱が静まり、温泉の湯気が谷を包み始める頃。

レイは背を向け、ゆっくりと歩き出そうとしていた。

「これから、どうするの?」

莉緒が声をかける。まだ戦いの余韻が残る瞳で、レイの背中を見つめていた。

レイは立ち止まり、少しだけ振り返る。

「俺は……ヴァルクがなぜこの地に現れたのか、調べてみる。あいつがただの偶然でここにいたとは思えない。きっと、何かある」

セリアが腕を組みながら言った。「あんたがいなかったら、あの炎の王には勝てなかったわ。礼を言うわ」

「ほんまやで!」

フウリが笑いながら続ける。「雪だるまが踊り出したときは、うち、夢かと思ったわ!」

レイは少しだけ笑った。

「……俺一人じゃ無理だった。お前らがいたから、あそこまで届いた。礼を言うのは、俺の方だ」

莉緒は一歩前に出て、真っ直ぐに言った。

「ありがとう、レイ。澪を助けるために、俺たちは次に進む。君も、気をつけて」

レイは頷き、氷の瞳に静かな光を宿す。

「また会おう。次は、もっと強くなってるはずだ」

風が谷を吹き抜ける。レイの背中は、もう迷いを抱えていなかった。

そして、彼も僕も歩き出した。次なる戦いへと、氷の足音を残して。

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