第三章第1話 新たな出発
ギルドの裏庭。朝の光が差し込む中、Sは黙々と荷物をまとめていた。
革の鞄に地図を押し込み、風に揺れるマントを肩にかける。その動きは、どこか旅慣れた者の静かな儀式のようだった。
莉緒は少し離れた場所から、その背中を見つめていた。
Sが振り返る。「……俺はまた放浪に戻る。風の流れに従ってな」
その声はいつも通り低く、けれどどこか優しさを含んでいた。
莉緒は一歩前に出る。「僕も、澪を探しに行きます。風が、彼女の方へ吹いているから」
Sはしばらく黙っていたが、やがて口元に笑みを浮かべる。
「お前の風は、いい方向に進んでいる。これからも精進せよ」
その言葉は、師から弟子への最後の贈り物のようだった。
莉緒は深く頭を下げる。「ありがとうございました」
Sは肩をすくめて笑った。「礼なんていらん。さらばだ。」
そして、風の中へと歩き出す。背中は小さくなっていくが、どこか頼もしく見えた。
莉緒はその姿を見送りながら、胸の奥に熱を感じていた。
木々の葉が、風に揺れてささやいていた。
街の外れにある丘の上で、莉緒は静かに目を閉じる。
新しく得たスキル――「姫の気配」。
澪が遺した力が、風を通じて遠くの気配を伝えてくる。
その風は、確かに澪のものだった。懐かしく、優しく、そしてどこか切ない。
「澪が僕を待っている。迎えに行かなくてはいけない」
莉緒はそう呟き、風の向こうに視線を投げた。
ギルドの仲間たちが集まってくる。セリアが眉をひそめて言った。
「この街で少し休もうよ。あんた、まだ傷も癒えてないし」
フウリも口を尖らせる。「うちも、しばらくはギルド飯食べたいな〜。あれ、めっちゃ美味しいねん!」
莉緒は静かに首を振った。
「澪は僕にとって、ただの友達じゃない。別の世界からの笑顔がすっごく可愛くておもしろくて勉強ができる…僕の大事なクラスメイトなんだよ。」
その言葉に、空気が変わった。
セリアが目を細めて、少しだけ微笑む。
「……そうか。澪って人、あんたにとって特別なんだね」
フウリは両手を広げて笑う。「なら、しゃーないな!行くしかないやん!」
ギルドの仲間たちも、次々と声をかけてくれる。
「気をつけてな」「澪ちゃん、見つけてこいよ!」
その声の一つひとつが、莉緒の背中を押してくれる。
莉緒は深く息を吸い込んだ。
「ありがとう。僕、行ってくる」
風が莉緒の髪を揺らす。まるで澪の手が、そっと触れたかのように。
「風が、澪の方へ吹いてる」
その言葉とともに、旅が始まろうといている。
ギルド本部の作戦室。壁にかけられた地図の前で、グランは腕を組んでいた。
その背中は大きく、どこか父親のような安心感がある。
莉緒が一歩前に出ると、グランはゆっくりと振り返った。
「旅に出るんだってな。……ついていってやることはできないが」
そう言って、グランは莉緒の頭に手を伸ばし、ぽんと撫でた。
「お前の成長、みんな見てたぞ。よくここまで来たな」
莉緒は言葉が出ず、ただ頷いた。
グランは地図を指差しながら続ける。
「ゴキヌスの復活と、あの森の異変。ギルド全体で調査を始める。原因を突き止めて、次に備えるつもりだ」
その声には、確かな覚悟が宿っていた。
「お前はお前の風を追え。こっちは任せろ」
その言葉は、莉緒の背中を強く押してくれるものだった。
「……はい。行ってきます」
莉緒は深く頭を下げる。グランは笑って、軽く拳を突き出した。
「風に負けんなよ、坊主」
莉緒はその拳に自分の拳を重ね、静かに頷いた。
街の門前。旅支度を整えた莉緒が、風の向こうを見つめていた。
澪の気配は、確かに風に乗って遠くから届いている。新たなスキル「姫の気配」が、彼女の存在をそっと囁いていた。
背後から足音が響く。
「当然、ついていくわよ。あんた一人じゃ心配だし」
振り返ると、剣を背負ったセリアが立っていた。いつもの凛とした瞳に、少しだけ柔らかい光が宿っている。
続いて、フウリが荷物を抱えて駆け寄ってくる。
「旅ってことは、うまいもん食えるってことやな! うち、もう腹減ってきたわ!」
その調子に、莉緒は驚いたように目を見開き、そして少しだけ笑った。
「……ありがとう」
その言葉に、セリアは肩をすくめて「礼なんていらないわよ」と言い、フウリは「うちの胃袋に感謝してな!」と笑う。
三人が並んで街の門をくぐると、ギルドの仲間たちが集まっていた。
見送りに来てくれたのだ。誰もが笑顔で、けれど少し寂しそうに手を振っている。
「気をつけてなー!」
「澪ちゃん、見つけてこいよ!」
「お前らなら大丈夫だって、信じてるからな!」
その声の一つひとつが、莉緒の胸に染み渡る。
彼らの想いが、風に乗って背中を押してくれるようだった。
莉緒は空を見上げる。風が髪を揺らし、頬を撫でていく。
「風が、澪の方へ吹いてる」
その確信が、足元に力を与えてくれる。
「行こう、風の向こうへ」
莉緒の言葉に、セリアとフウリが頷く。
三人は一歩ずつ、街の外へと踏み出す。
空は高く、風は優しく、そして旅は始まった。




