第二章第12話 勝利、そして
ゴキヌスが断末魔の咆哮とともに崩れ落ち、黒い霧となって空へと消えていった。
その瞬間、静寂を破るように、仲間たちの歓声が響き渡った。
「やった……!」
誰かが叫び、次々に声が重なる。
Sは剣を地面に突き立て、肩を落としながら深く息を吐いた。
その顔には、安堵と達成感が入り混じっている。
グランはその場に座り込み、空を仰いだ。
「ふぅ……終わったんだな」
彼の瞳には、戦いの余韻と、どこか寂しげな光が宿っていた。
地面には、戦いの痕跡が残る。
焦げた草、砕けた石、そして仲間たちの足跡。
だが、空気は一変していた。
重く淀んでいた気配は消え、澄んだ風が吹き抜ける。
その風は、まるで祝福のようだった。
誰もがその風に身を委ね、しばし言葉を忘れた。
「……終わったんだよね」
リリスがぽつりと呟く。
その声は震えていたが、確かに希望を含んでいた。
莉緒は剣を収め、玉座の方へと歩き出す。
その背中には、静かな決意が宿っていた。
ゴキヌスを倒したことで得たもの――それは単なる勝利ではない。
澪の気配、そして新たな力。
それらが、次なる旅の扉を開こうとしていた。
「みんな、ありがとう」
莉緒が振り返り、仲間たちに向けて微笑む。
その笑顔に、誰もが応えた。
疲れ切った顔の中に、確かな誇りと絆が宿っている。
戦いは終わった。
だが、物語はまだ終わらない。
風が、遠くの気配を運んでくる。
澪の、温かく懐かしい気配を――。
莉緒はそっとペンダントに触れ、目を閉じた。
その気配は確かに、風の中に生きている。けれど今は、追いかける時ではない。
「……さぁ、帰ろう。街へ」
その言葉に、仲間たちは静かに頷いた。誰かが笑い、誰かが肩を貸し合いながら、
彼らはゆっくりと歩き出す。
燃え尽きた森を背に、夕暮れの空の下――
それぞれの胸に、澪への想いと新たな希望を抱いて。
風は優しく吹いていた。まるで、澪が「おかえり」と囁いているかのように。
街に戻ったその夜、広場では即席の宴が開かれていた。
戦いの疲れも、傷も、今だけは忘れて――ただ、勝利の喜びを分かち合うために。
焚き火がいくつも灯され、テーブルには料理と酒が並ぶ。
ギルドの職人たちが腕を振るった料理は、どれも香ばしく、腹を空かせた戦士たちの胃袋を満たしていた。
「本当によくやったぞー!」
グランが豪快に笑いながら、莉緒の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「お前が最後まで諦めなかったから、みんなが踏ん張れたんだ。誇れ、莉緒」
「……ありがとう、グラン」
莉緒は少し照れくさそうに笑いながら、グランの手を振り払う。
けれど、その目には確かな誇りが宿っていた。
白鷹のメンバーも、ギルドの仲間たちも、あちこちで笑顔を交わしていた。
「誰も死ななかったなんて、奇跡だよな」
「ほんとほんと。あの魔力の嵐の中で、よく全員無事だったもんだ」
「でも……森、一つ消し飛んでしまいましたよね?」
莉緒がふと、焚き火の向こうにいるグランに問いかける。
「周りへの影響、大丈夫なんですか?」
グランは酒をあおりながら、にやりと笑った。
「ああ、問題ない。あの森は魔力の循環が早い。三日もすれば元通りさ。モンスターたちも、また勝手に戻ってくるだろう」
「三日で再生って、どんな成長速度してるんだよ……」
莉緒は思わずツッコミを入れたが、周囲は笑い声で包まれた。
「今日は飲むでー!」
フウリが大声で叫びながら、ジョッキを掲げる。
「勝利の酒は格別や! 莉緒も飲め飲め!」
「いや、私はまだ未成年……」
「細かいことはええねん! 祝いじゃ祝い!」
その横で、セリアがすでに頬を赤らめていた。
「ふふ……莉緒ちゃん、ほんとにすごかったよぉ……最後の一撃、かっこよかったぁ……」
「セリアさん、酔ってますよね?」
「酔ってないもん……ちょっとだけ、ちょっとだけよ……」
セリアはふらふらと莉緒の肩に寄りかかり、くすくすと笑う。
「最後の魔法、素晴らしかった」
Sが静かに近づき、グラスを掲げた。
「君の集中力と判断力、見事だった。あの瞬間、全員が君に託していた」
「……ありがとう、S!」
莉緒はグラスを受け取り、そっと乾杯した。焚き火の火が、仲間たちの顔を照らす。
笑い声、語らい、そして時折こぼれる涙。
それぞれが、この勝利に何を賭けていたのか――その重みが、今ようやく報われたのだ。
この宴は、終わりではなく始まりの合図。
仲間たちの絆が深まり、次なる旅への力となる。夜空には星が瞬き、風が優しく吹いていた。
それは、澪の気配を運ぶ風――そして、未来へと続く風だった。




