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第二章第10話 再集結

莉緒は深く頭を下げる。

「S……本当に、ありがとうございました。

あなたがいなければ、俺は風神の戯れに辿り着けなかった」

Sは火を見つめながら、静かに笑う。

「礼などいらん。だが、忘れるな。風は誰かのために吹くものではない。

風は、ただ吹く。お前がそれを纏うなら――お前自身が、風となれ」

その言葉は、剣技の奥にある哲学だった。

風は自由で、誰にも縛られない。だが、誰かの願いに寄り添うこともある。

莉緒は拳を握り、空を見上げた。風が、彼の決意に応えるように吹き抜けていった。

囲炉裏の火が静かに揺れる中、Sは剣を手に取った。その動きは、かつての戦士のそれとは違っていた。老いた手は震えていたが、その瞳は若者のようにギラギラとした光を宿していた。

「私も行こう。ゴキヌスを倒す戦いに」

Sの声は低く、しかし確かだった。莉緒が驚いたように顔を上げると、Sは微笑んだ。

「もう剣を振るうには、身体がついていかんかもしれん。対して役に立てないかもしれない。

だが……老人でも、できることはある。戦いは、剣だけじゃない。支える者がいてこそ、前に進めるものだ」

囲炉裏の火が、過去の影を映す。かつて、Sは仲間と共に世界を救った。

その時の剣は、若く、鋭く、迷いがなかった。今は違う。だが、心はあの頃と同じだった。

「封印が解けたのは、私たちの責任でもある。ならば、最後まで見届ける義務がある。

…それに、もう一度、あいつと向き合いたい。あの時の決着を、今度こそ終わらせるために」

莉緒はゆっくりと頷いた。その背に、風が吹いた。それは、過去と今を繋ぐ風だった。

 街に戻った莉緒たちを、柔らかな夕陽が迎えた。

街の喧騒が遠ざかるように、医務室の扉を開けると、そこにはセリアがいた。

窓辺に腰掛け、夕陽を浴びながらぼんやりと外を眺めていた彼女は、莉緒の気配に気づくと、ゆっくりと振り返った。

「……おかえり。修行の成果は得られた?」

莉緒は頷きながら、少し照れくさそうに笑った。

「うん。風神の戯れ、なんとか形になったよ。まだ完璧じゃないけど、Sには合格って言われた」

セリアは安心したように息を吐いた。

「よかった。あんたが無茶するから、ずっと気になってたんだよ」

莉緒は彼女の隣に腰を下ろし、窓の外に目を向けた。

街は少しずつ活気を取り戻していたが、どこか張り詰めた空気が残っていた。

「……フウリは?」

莉緒が静かに尋ねると、セリアは目を伏せた。

「あなたが修行に行った後、一度も姿を現してないよ。

ギルドにも戻ってないし、街の誰も見てない。まだ帰ってきてないと思う」

その言葉に、莉緒は拳を握った。

あの自由奔放でうるさい精霊が、今はどこにもいない。

「……きっと、どこかだらしなく寝てるんだろう。そう信じたい」

莉緒の声は、風に乗るように静かだった。セリアは頷いた。

「うん。あの精霊は、大事な時にはきっと主役の登場や!とか言ってドヤ顔で帰ってくるよ」

窓の外では、風が街路を撫でていた。

それは、再会の風であり、まだ見ぬ仲間への祈りでもあった。

 翌朝、ギルドの一室。窓から差し込む光が、静かに三人の影を落としていた。

莉緒は椅子から立ち上がり、ゆっくりと口を開いた。

「……僕は、もう一度、森へ行く。ゴキヌスを止めるために。今度こそ、終わらせる」

その言葉に、セリアは目を細めて頷いた。

「風を纏った莉緒なら、きっと届く。……でも、無理はしないで」

Sは腕を組み、火のような瞳で莉緒を見つめていた。

「風は、吹くべき場所を選ぶ。お前がその場所を選んだのなら、迷うな。

……私も行く。後ろから支える風になる」

三人の間に、言葉以上のものが流れた。

それは、覚悟の共有。

そして、再び立ち上がる者たちの静かな誓いだった。

そのときギルドの扉が重々しく開いた。

現れたのは、白銀の髪をなびかせた男――ギルドマスター・グラン。かつて「雷の剣」と呼ばれた伝説の冒険者だ。

「……遅れてすまん。この一大事、俺も是非行かせてもらう。」

その声に、Sがゆっくりと振り向く。

二人の視線が交差した瞬間、空気が変わった。

「……グラン。生きてたか」

「お前こそ。40年ぶりか……老けたな、S」

「お互い様だ。だが、腕は鈍ってない。試してみるか?」

「はは、昔みたいに森を吹き飛ばす気か? ……だが、今は若い奴らの背中を守る方が先だな」

莉緒とセリアは、二人の会話に息を呑んでいた。

伝説の戦士たちが、今、自分たちと同じ戦場に立とうとしている。

「莉緒よ。お前が“風”を選んだなら、俺は“雷”で道を拓く。……一緒に行こうぜ」

グランの言葉に、莉緒は深く頷いた。

「……はい。俺たちの物語は、ここで終わらせない」

世代を超えた意志が、ひとつの炎となって灯った。

さらに、ギルドの前に数人の影が現れた。皆で広場に降りていくとその正体が分かった。

彼らは王都からの援軍――精鋭冒険者たちだった。

「王都評議会より派遣された、特務隊《白鷹》です。ゴキヌスの脅威、王都も無視できませんでした」

隊長の女性は、莉緒たちに深く一礼した。

「あなた方の戦いは、すでに王都にも届いています。敬意を表します。そして、共に戦わせてください」

セリアは目を見開き、Sは静かに頷いた。

グランは肩をすくめながら言う。

「……珍しいな。王都が腰を上げるなんて。だが、ありがたい」

「数は少ないが、腕は確かだ。風と雷に、鷹が加われば――勝機はある」

莉緒は拳を握った。

仲間が増えた。想いが重なった。この戦いは、もう孤独ではない。

ギルド前の広場は、朝の光に包まれていた。空気は澄み、風が静かに通り抜ける。

その中で、仲間たちが少しずつ集まり始めていた。

剣士たちは黙々と刃を研いでいた。砥石の音が、まるで鼓動のように響く。

その目は鋭く、迷いはない。剣はただの武器ではなく、彼らの意志そのものだった。

魔術師たちは呪文の詠唱を繰り返していた。指先に魔力を宿し、空気を震わせる。

その姿は、まるで風と語らっているようだった。若き冒険者たちは、仲間と語らっていた。

不安もある。恐れもある。だが、それ以上に、誰かと共に戦えることへの誇りがあった。

セリアは魔術の調整を終え、莉緒の隣に立った。

Sは少し離れた場所で目を閉じ、風の流れを感じていた。

グランは腕を組み、広場を見渡していた。それぞれが、それぞれの物語を背負っていた。

過去の痛み、今の願い、未来への誓い。そのすべてが、この広場に集まっていた。

「……風が、集まってる」

莉緒が呟いた。セリアが頷く。

「うん。みんなの想いが、風になってる」

広場の真ん中にある丘の上に立つと、風が頬を撫でた。

朝焼けが空を染め、遠く森の輪郭が霞んで見える。莉緒は目を閉じ、風の音に耳を澄ませた。

風は気まぐれで、時に優しく、時に荒ぶる。

けれど、風が吹く場所には、必ず何かが動き出す。

それは変化の兆しであり、運命の呼び声でもある。

「風って、誰かの想いに似てるよね」

隣に立つセリアが、ぽつりと呟いた。莉緒は微笑む。

「うん。見えないけど、確かにそこにあって。誰かを動かして、誰かを繋いでくれる」

セリアは小さく頷き、風に髪を揺らした。

「私たちも、風に導かれてここまで来たのかもね」

その言葉に、莉緒は静かに目を開けた。

広場から丘へと続く道に、仲間たちの姿が見えた。

剣を背負った者、魔術の光を纏う者、静かに歩む者。

それぞれが、それぞれの物語を抱えて、今ここに並び立つ。

グランが無言で頷き、Sは風を感じるように目を細める。

セリアは一歩前に出て、莉緒の肩に手を置いた。

「行こう、森へ」

莉緒の声は、風に乗って広がった。その瞬間、風が強く吹いた。

まるで、彼らの決意に応えるように。風神の戯れ――それは、運命を弄ぶものではなく、

運命を動かす者たちの合図だった。丘の上で、彼らは並び立つ。

それぞれの過去を背負い、未来を見据えて。

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