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商人貴族に同情されて婚約しましたが、わたしは家事が大好きです  作者: 畑中希月


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第9話 第一印象は……?(後半ロミーナ視点)

 一階のあとは、三階(わたしが頂いた部屋は、このフロアにあった)、四階と、リヴァさまに案内してもらったわたしは、彼からこう言われた。


「エメルさん、あなたを使用人たちに紹介したいのですが、よろしいですか?」


 使用人こそ、屋敷の生命線!

 常日頃からそう思っているわたしは、何度もうなずいた。


「もちろんです! あ、どうせなら、そのあと家事をさせていただけ……いえ、させてもらえませんか? お屋敷の家事について、使用人の方々にも聞きたいことがあるので」


 まだひょっこり顔を出してしまう謙譲語を丁寧語に直しつつ、頼んでみる。

 リヴァさまは驚いたようだ。


「今日からですか? 館の中を歩き回って、疲れてはいませんか?」

「大丈夫です! 実家ではもっと過酷だったので!」


 リヴァさまは、いろいろな感情が混ざり合ったような渋い顔をする。


「……仕方ありませんね」

「それで、ですね。メイド服を着ても構いませんか? 家事をするならメイド服が一番動きやすいので!」

「……ですが、あなたはオルランド家の奥方になる女性ですし」


「リヴァさまだって乗馬をするときは乗馬服を着るでしょう? それと同じようなものです。あ、ヴァルツィモア本島では、乗馬はできませんね」

「……そういう問題では……。まあ、家事をしてもいいという条件で婚約したわけですし、メイド服は用意させましょう。あなたが着ていたメイド服より質がよく、今風のものを。ただ、メイド服姿で自己紹介だけはやめて――」

「わたしは特別扱いされたくないのです」


 リヴァさまの瞳をじっと見つめるわたしの力説に負けたのか、彼は折れたようだ。


「……わかりました」


 数十分後、わたしの身体にぴったりサイズのメイド服が用意された。メイドが戸惑い顔でわたしにメイド服を着せてくれる。

 着替え終えたわたしを待っていてくれたリヴァさまが、「……やはり似合いますね」と複雑そうな顔でつぶやく。


「では、行きましょうか」


 リヴァさまは気を取り直したように、わたしを連れて二階の大広間に赴く。

 そこには、すでに二十人強の使用人たちが集まっていた。わたしと同居することになったとはいえ、リヴァさまはまだ独身で同居する家族もいない。でも、さすが【八頭の獅子】に数えられる名家。我が家の使用人よりもずっと数が多い。


 そういえば、この数日の間に、「近いうち、あなたに仕える侍女を探すつもりなので、申し訳ありませんが、今はメイドの世話で我慢してください」とリヴァさまに謝られた。

 わたしは全然気にしていないんだけどなあ。だって、人に身の回りの世話をしてもらえるだけで、とってもありがたいことだしね。


 それはともかく、リヴァさまがメイド服姿のわたしを連れて現れたので、使用人たちが一様に当惑したような表情になった。

 リヴァさまがわたしを彼らの前に立たせ、手で指し示す。


「皆さん、こちらが、このたびわたしと正式に婚約したエメルネッタ・パトリツィア・ディ・ラヴィトラーノ嬢です。なぜ、彼女がメイド服を着ているのか、気になっている者も多いでしょう。彼女の趣味は家事だからです」


 いえ、生きがいです!


「エメルネッタ嬢はすぐにでも家事をしたいそうなので、メイド服を着てもらいました。早速ですが、このあと、メイドの仕事の手伝いをさせてあげてください。……エメルさん、掃除・洗濯などいろいろありますが、何がしたいですか?」

「そうですね。選べないくらいですが、掃除でお願いします」


 掃除機も洗濯機もないこの世界。だからこそ、燃える!

 鼻息も荒くリヴァさまに返答したあとで使用人たちの顔を見ると、皆、困惑したような顔をしている。たとえるなら、頭の上に疑問符が一ダースくらい並んでいる状態。

 貴族令嬢が家事をするって、やっぱり相当変なんだなあ。

 でも、リヴァさまからの許可はもらったし、いいよね。


 リヴァさまが直接掃除係のメイドたちを呼び集め、わたしの役割分担を割り振ってくれる。本来なら、メイド長の役割なんだろうけど、たぶん、わたしのためにそうしてくれてる。

 優しいうえに仕事もできる旦那さま……ありがたすぎる。


 わたしは掃除係メイドのチーフから指導を受け、応接室の拭き掃除を始めた。チーフは「慣れていらっしゃいますね」とは言ってくれたけど、なんというか……やはり困惑していて、わたしをどう取り扱ったらいいのか、わからないようだった。


 実家でメイドの仕事を始めたときも同じようなものだったし、そのうちみんな慣れてくれる。

 そう思うんだけど、なんとも言えないモヤモヤのようなものが、私の胸に残った。


   ***


 オルランド家のメイド、ロミーナ・カルツォライロは掃除が苦手だ。

 まだ幼いころ、実家の掃除を手伝っていたら、高価なガラスの花瓶を割ってしまったことがある。両親の結婚祝いに友人たちが贈ってくれたものだったそうで、母は泣き出し、父は呆然としていた。


「……まあ、ロミーナに掃除を手伝わせた俺たちも悪かったわな」


 真面目な靴職人である父の言葉は、ロミーナを責めるものではなかった。

 それが、ロミーナにはいっそうこたえた。


 以来、ロミーナにとって、「掃除」は恐怖の代名詞となった。

 それなのに、【八頭の獅子】オルランド家に奉公できるという名誉にあずかったと思ったら、なんの因果か掃除係にされてしまった。

 しかも、今日の担当はリーヴァリートの婚約者、エメルネッタの寝室だ。


(よりにもよって、変わり者と評判のお方の寝室担当だなんて……)


 エメルネッタといえば、初めて紹介されたときにメイド服を着ており、使用人全員が内心でぶっ飛んだであろう変わり者だ。

 彼女はそのあとで掃除をすることになったので、そばで少しだけ見たが、見た目は「きれいな貴族令嬢」なのに、掃除の腕は自分よりはるかに上だったらしい。

 その辺も、ロミーナにとっては複雑だった。


(なんでお嬢さまなのに家事をするんだろう……わたしたちを使うのがお貴族さまの仕事じゃないの?)


 納得いかない気分で、寝室に置かれている低い棚の前に立つ。上にはルスカスが生けられた、陶器の花瓶が置かれている。


(これ、ものすごく高いわよね……)


 ゴクリと唾を飲み込んだロミーナは、花瓶をよけながら乾いた雑巾で拭き掃除を始めた。触らなければ、花瓶を落とすこともないと思っていたのだが――緊張のせいか不意に手が滑ってしまい、雑巾を持った右手が花瓶に触れた。

 花瓶がかしぐ。

 ロミーナは必死の思いで花瓶を左手でガシッと支え、棚の上に戻した。


「あああ、危なかった……」


 フーッとため息をついた瞬間。


「あら! 危なかったですね。とっさの判断、大したものです」


 聞いたことのあるような声にロミーナが振り返ると、そこには、リーヴァリートの婚約者・エメルネッタが立っていた。

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