第36話 ドミッティラの画策(ザイラ視点)
「お母さま、お母さま! 聞いてくださいな!」
館に帰るなり、ザイラはドミッティラを探し回った。ドミッティラは居間で不機嫌そうにお茶を飲んでいた。ザイラが部屋に駆け込むと、ティーボウルを持つ手を止める。
「どうしたの、ザイラ? はしたなくてよ」
「どうしたもこうしたも……エメルネッタがオルランド商会の錬金術師として活躍していて、元首に表彰までされたそうです! それが原因で、わたしは友人だと思っていた人たちにひどい侮辱を受けたのですよ! 本当に忌々しい!」
ドミッティラは細い眉を寄せた。
「待ってよザイラ。エメルネッタが錬金術師になった? 錬金術師なんて、一朝一夕でなれるものではないでしょ。あの、ろくな教育も受けていないエメルネッタが? 何かの間違いではないの?」
「じゃあ、令嬢たちがわたしをはめるために嘘をついたということですか!?」
「……そういえば、エメルネッタの祖父は錬金術に傾倒していた、と聞いたことがあるわね。収集した本が図書室に残っているかもしれない」
ドミッティラはつぶやきながら考え込んでいたが、やがて卓上のベルを何度も鳴らした。
現れたのはコスタンツォとベルタだ。同時に呼ばれ、顔を見合わせた二人に、ドミッティラは尋ねる。
「あなたたち、エメルネッタと親しかったわよね? エメルネッタが錬金術をこっそり学んでいたという話を聞いたことがない?」
「存じておりません」
「わたくしもでございます」
「本当に?」
「はい」
二人は同時に即答した。
ドミッティラはしばし無言だったが、やがて口角を釣り上げる。
「コスタンツォ、ベルタ、確かあなたたちの子どもが三人、他家に奉公に行っていたわね?」
コスタンツォの表情に警戒が浮かんだ。
「……さようでございますが、それが何か?」
「その子たちには盗癖があることにしましょ」
「は?」
「あなたたちの子どもらが奉公に行っている家の夫人は、全員、わたしのお友達なの。だから覚えていたというわけ。友人と使用人、どちらを信用するかなんてわかりきったことでしょう? せっかく両親と同じ使用人になれたと思ったのに……盗癖がある子たちなんて、誰も使いたがらないわよねえ」
コスタンツォもベルタも顔をこわばらせ、絶望に近い表情をしている。
(ふーん。この二人、エメルネッタをかばって嘘をついていたのね)
コスタンツォは前に説教臭いことを言ってきた。家令とはいっても使用人のくせに。その妻であるベルタも、こちらにおもねるような態度を全く見せないのが気に入らない。
ザイラは胸がすくような思いでこの光景を見守っていた。
ドミッティラが再び尋ねる。
「で、エメルネッタは錬金術を学んでいたの?」
長い沈黙があった。苦渋の色を色濃く浮かべながら、コスタンツォが返答する。
「――エメルネッタさまは、独学で錬金術を学んでいらっしゃいました」
「そう。エメルネッタが元首に表彰されたそうだけど、あり得ること?」
コスタンツォが息を呑む音がした。ベルタが泣きそうな顔で夫の腕に触れ、制止するように首を横に振る。
コスタンツォは一瞬まぶたを閉じたあとで、覚悟したように目を開いた。
「……環境が整い、支援を受けられるのならば、十分にあり得ることかと存じます」
ドミッティラはにこやかに笑う。
「そう。あなたたちはもう下がっていいわよ」
コスタンツォが焦った様子で食い下がる。
「奥さま、子どもたちの件は……」
「ああ、そうだったわね。悪いようにはしないわ。下がりなさい」
今まで黙っていたベルタが、驚くほど真剣な表情で口を開く。
「奥さま、エメルネッタさまの幸せを壊さないでください。そのような権利は誰にもございません」
ドミッティラの舌打ちが響く。
「下がりなさい」
「行こう、ベルタ」
コスタンツォがベルタの肩に手を置き、彼女を連れて去っていった。
彼らが退出するなり、ドミッティラが叫ぶ。
「素晴らしいわ! この家の相続権を持っているだけじゃなかった。エメルネッタは金のなる木だったのね!」
ザイラは母親の頭がおかしくなってしまったのかと思い、恐る恐る呼びかける。
「お母さま……?」
「元首に表彰され、名高い錬金術師となったエメルネッタが戻ってくれば、あの忌々しい使用人たちもきっと戻ってくる! それどころか、いくらでも忠実な新しい使用人を雇えるわ! それだけじゃない。商会を設立して、エメルネッタに商品を作らせればいいのよ! 今のヴァルツィモアは商業が陰っているから、商品を次々と海外に輸出すれば、国中がわたしにひれ伏すわ! そうなれば、以前のような栄華が……!」
「ああ、そういうことですか」
納得したザイラに、ドミッティラはギラギラした目で告げる。
「あなたの縁談もきっと決まるわ。いくらでも名家との縁談が舞い込んでくる」
「そ、そうですよね……!」
ザイラは期待に胸を高鳴らせた。【香草茶の会】に参加したときの屈辱が消えていくような気がした。
(あの娘たちに、思い知らせてやるわ……! 絶対にわたしのほうが素晴らしい縁談をつかんでみせる!)
そう思ったあと、ザイラはふと気づいた。
「お母さま、どうやってエメルネッタを取り戻すのですか?」
ドミッティラの赤い唇が三日月の形を描く。
「まずは噂を流そうと思うの」




